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不遇の花詠み仙女は後宮の華となる  作者: 松藤かるり
2章 いつわりの妃
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3.花は語り手を待つ(4)

 どうしたものかと紅妍が思案していると扉が開いた。割った蜜瓜を持ってきた藍玉が戻ってきたのである。


「あら。みなさま、考えこんでどうしたんです。せっかく蜜瓜を持ってきましたのに」


 そこで紅妍は顔をあげた。藍玉は下級宮女の頃から夏泉(かせん)(きゅう)に勤めていたと聞いた。他宮の宮女だとしても藍玉なら知っているかもしれないと思ったのだ。


「藍玉。秋芳宮で庭の手入れを任されていた宮女に心当たりは?」


 すると藍玉は「ええ」とあっさり頷いた。


「知っていますよ。(へき)()ですね。齢が近いので仲良くしていました。最近まで秋芳宮の庭を手入れしていたそうだけれど、故郷に戻ってしまったの。『宮勤めは幸せだ、故郷の者たちを食べさせていける』なんて言っていた子なのに、急に気を病んでしまったのよ。かわいそうに」


 これに清益が動いた。藍玉ににっこりと微笑む。


「さすがですよ、藍玉」

「どういうことかしら。これが伯父上の役にたちまして?」

「もちろんです。さっそく遣いをだして霹児を探しましょう」


 となれば、あとは霹児を見つけ出して話を聞くまでである。話が落ち着いたところで秀礼が蜜瓜を見やる。それから紅妍へ視線をやり、にたりと笑った。


「食べぬのか?」

「……う」

「瞳は嘘をつかぬ。お前、蜜瓜が運ばれてからというもの、ずっとこれを気にかけているじゃないか。我慢せず食べてみればよい」


 確かにその通りではあるが、秀礼も蜜瓜を食べさせたくて仕方ないのだろう。何度も急かされては敵わないので蜜瓜に手を伸ばす。割った蜜瓜には食べやすくするための切り目が入っている。熟して蜜が滴る実をひとつ摘まんで、口に含んだ。


(……なんだこの甘さは)


 口に含んですぐ、濃厚な香りが口中に広がる。柔らかな実は舌先の上で蕩けるようで、歯を立てればさくりと柔らかに吸いこまれていく。何よりもたまらなく甘いのだ。

 あれほど焦がれた蜜瓜が、想像を超える美味しさをしている。これには誤魔化しきれず、紅妍の頬が緩んだ。


 けれど秀礼の前で、美味しいと素直に語るのも気恥ずかしい。迷いながら次の実に手を伸ばす。

 言葉には出さずとも表情や仕草で伝わるのだろう。秀礼は満足そうに眺めていた。


「美味しいだろう?」


 紅妍は恨めしげに秀礼を眺めた。ただ蜜瓜を持ってきただけならば素直にお礼が言えたのだが、小馬鹿にするような態度には逆らいたくなる。くつくつと秀礼が笑った。


「そんな風に睨まずとも、美味しいと素直に笑った方が似合うぞ。ほら言ってみろ」

「……お、おいしいです……」

「どうもお前は笑うのが苦手らしい。表情が硬い。お前の前にいるのは鬼霊ではないのだから、もう少し緩めればいいだろうに」


 そうは言われても難しい。戸惑いながら次の実に手を伸ばす。次々と食べる様子から興味を引かれたようで、秀礼も自らの蜜瓜に視線を移す。


「どれ。私も食べてみよう」


 次いで藍玉、清益も食べる。それぞれが口に含んで――瞬間、みなの表情が強ばった。


「これは……追熟が足りていませんね」


 苦笑いと共に告げたのは清益である。これに藍玉も頷く。


「少し早かったのでしょうね。香りはじゅうぶんですけれど」

「もっと甘い蜜瓜もありますからね」


 美味しい蜜瓜を知っている二人は苦笑いをし、次の実に手を伸ばそうとはしなかった。秀礼も手を止めている。彼も美味しい蜜瓜をよく知っているのだ。

 そんな中で、一人食べ進めているのが紅妍だった。なぜみんな食べないのかと不思議がっている。


「お前……本当に蜜瓜を食べたことがなかったのか」


 秀礼が呟く。追熟の足りていない蜜瓜だというのにおいしいおいしいと食べ進めている紅妍が哀れに見えてしまった。

 それが、面白かったのである。秀礼は微笑みながら紅妍に告げた。


「今度はもっと美味しいものを持ってきてやろう。その時までにお前も笑えるようになれ」

「……善処します」

「藍玉も頼むぞ。毎日、紅妍の頬を揉んでやれ」

「ええ。お任せください」


 頬を揉まれたところで綺麗に笑えるのだろうか。疑問を抱きながら、次の蜜瓜に手を伸ばす。紅妍にとって、それは幸福の甘味だった。

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