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不遇の花詠み仙女は後宮の華となる  作者: 松藤かるり
2章 いつわりの妃
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3.花は語り手を待つ(2)

 庭は桂花が植えられている。花は咲かせていないものの丹桂(きんもくせい)銀桂(ぎんもくせい)の木が揃っていた。さすが秋の名を冠する宮といったところか。これが咲けば芳しい香りを放つことだろう。

 そして目立つのは芍薬(しゃくやく)だ。桃白色の芍薬がめいっぱいに花を広げている。

 その近くを紅妍が通った時である。


「あら……芍薬が」


 そのうち一輪の芍薬がぼたりと地に落ち、これに気づいた藍玉が声をあげた。落ちた芍薬は弱っても咲き頃を終えてもいない。花弁は瑞々しさを保っている。


「綺麗なのに勿体ないですね。花の形だって崩れてやいないのに」


 地に視線を落として藍玉が嘆く。その隣で、紅妍はじっと芍薬を見つめていた。


(もしかすると――)


 花が不自然に崩れる時、音を立てる時。それは花の報せと呼ばれている。そこに華仙術師がいることに気づいた花が、何かを伝えようとしているのだ。

 紅妍は芍薬を拾い上げた。ここには秋芳宮の宮女もいるため長く花詠みをしていれば不審がられてしまう。落ちた芍薬を愛でるふりをしながら、目を伏せる。意識は両の手のひらにのせた芍薬に向ける。

 花に満ちる水に合わせて、溶けるように。自らを絹糸のように細めて花の中に流れ込んでいくのを想像しながら語りかけた。


(あなたが視てきたものを、教えてほしい)


 おそらくこの芍薬は紅妍に伝えたいことがあったのだろう。花の記憶は探さずとも容易に流れ込んでくる。紅妍の意識が、それを捉えた。




 鮮やかに映る。そこには庭を眺める女人がいた。女人が見つめる先には庭手入れをする宮女がいて、咲き終えた菊を摘んでいた。菊が終わる頃ならば晩秋か初冬だろうか。空気は冷えているように見える。


『わたくし、春が好きなのよ』


 物腰柔らかな声である。女人は、上級宮女よりも良い襦裙(じゅくん)(さん)を着ている。おそらく妃だろう。


『どのお花が好きなんです?』


 庭の手入れをしていた宮女が振り返って聞いた。妃であろう女人は庭の、芍薬が咲いていた場所を指で示す。


『芍薬よ。あれは美しい花を咲かすでしょう。みなは牡丹と芍薬の見分けがつかないと言うけれど、わたくしは見分けるのが得意なの。好きだから違いがわかるのよ』

『なるほど』

『雪が溶けたら、芍薬は咲くかしら』


 そう言って妃は庭を見渡した。その時である。


(あの歩揺は――)


 しゃり、と音を立てて揺れる。結い上げられた妃の髪で銀歩揺が揺れていた。それは間違いなく、先日見た鬼霊がつけていたのと同じもの。

 息を呑む紅妍を知らず、宮女は妃に向けて微笑む。


『もちろん咲きますとも。楊妃様のために咲かせてみせましょう。楊妃様の部屋から見える場所に、紅の芍薬を植えましょう』


 その妃は、楊妃と呼ばれていた。




 意識が戻る。身の奥に寒の杭を打つような空気は一変し、晩春の香りに満ちる。紅妍が瞳を開くと、手中にあった芍薬は枯れていた。


「華妃様? どうされました?」


 芍薬を持ったまま動かぬ紅妍を案じた藍玉が声をかけている。紅妍は「大丈夫」と答えて顔をあげた。


「あら……その芍薬、急に枯れてしまったんですね。可哀想に。だから落ちたのね」


 紅妍の手中にある芍薬を確認した藍玉は残念そうに言った。花詠みしたとは言えず、紅妍はその枯れ花を空に流しながら頷く。

 花はつぼみでも、咲かぬ前でも人の世を見ている。芍薬は、この記憶を紅妍に見せたかったのだ。楊妃が春の訪れを待つ記憶を。


(あの銀歩揺が楊妃の物だとするならば……)


 紅妍は庭の奥を見やる。花詠みにいた宮女は、楊妃の部屋から見える場所に紅芍薬を植えると話していた。となれば紅芍薬が植わっている近くに部屋があるはず。


「あの紅芍薬を見たい」


 紅妍が囁くと、藍玉が声をひそめて耳打ちする。


「何かわかりました?」

「たぶん。確証を得られるかもしれないから、紅の芍薬が欲しい。もしも近づけないようならば一輪持ち帰るだけでもいい」

「任せてください」


 藍玉は頷いた後、秋芳宮宮女の元へと向かう。

 予想通り、宮女は紅芍薬の近くに紅妍たちを案内しようとしなかった。手入れが済んでいないだのと言い訳をつけている。藍玉は「一輪分けて頂けます? 華妃様が気に入ったので」と早々に交渉を切り替えている。

 下級宮女は顔をしかめていたが、案内するよりは一輪摘んだ方がよいと考えたのだろう。少し待っていると手折られた紅芍薬が紅妍の元にやってきた。


(紅芍薬を花詠みすれば、わかるかもしれない。急いで冬花宮に戻らないと)


 紅妍らは下級宮女に礼を伝え、秋芳宮を後にした。


***


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