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不遇の花詠み仙女は後宮の華となる  作者: 松藤かるり
1章 華仙女は花を詠み、花で祓う
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1.不遇の華仙女(1)

 生きることは罪深いのだと、華仙(かせん)紅妍(こうけん)は知っている。

 笑ってはいけない。泣いてもいけない。感情を表に出し自己表現をすることは一族を不快にさせ、自らへの責め苦が増えるだけであると、物心ついた時には学んでいた。一族に疎まれ、虐げられることは日々の常であり、おかしなことではない。この立場を恨んだり、悲しんだりするようなこともなく、幼き頃から耐えるしかなかった。


白嬢(はくじょう)! 紅妍!」


 その生活が十六年続いた時である。昼餉(ひるげ)を終え、庭掃除の支度をしていた紅妍の耳に、(せわ)しない足音と悲鳴に似た呼び声が届く。

 呼んだのは華仙(かせん)一族の婆だった。顔には老いた(しわ)がいくつも刻まれているが、足腰は強く、その年齢にしてはしっかりとした足取りをしている。杖を持ち歩いているのは体を支えるのではなく、気に入らない者の脛を叩くためであると紅妍はよく知っていた。木杖は無骨な見た目その通りに硬く、ひとたび脛を叩かれれば青く腫れた。婆は紅妍の祖母にあたる人だが、本人は紅妍を疎んじているため、祖母と呼ばれることを厭う。

 その婆が血相を変えて、名を呼んでいるのだ。嫌な予感がして、紅妍の顔が強ばった。他のところにいたのであろう、白嬢も慌てて駆けつけてくる。


「祖母様、如何なさいました」


 恭しく白嬢が声をかける。紅妍にとって白嬢は姉にあたるが、白嬢は婆を『祖母』と呼ぶことが許されている。

 婆は、膝をつき頭を垂れる二人を見渡した後、険しい表情を崩さずに告げた。


「大都の使者がここにやってくる。若い者たちを隠さなければならない」


 大都とは、この国『(こう)』の中心地であり、大都にはたくさんの人がいて、たくさんの家があるらしい。それらは高い塀に囲まれて守られているのだそうだ。紅妍は大都を見たことないが、そういう場所であると話に聞いていた。

 大都には髙の帝が住まう豪壮華麗な宮城がある。大都よりも高い塀を何重にも積み上げられて守られ、選ばれし者しか入ることができない場所らしい。

 ここは大都より離れた険しい山奥。ふもとの村人でさえ、ここに華仙一族の隠れ里があると知るのはわずかだ。そこに大都の者がやってきたとなれば一大事である。紅妍は婆が慌てる理由に納得した。


「使者はなぜこの場所に……」

「わからん。だが我らは華仙一族。このような日がいつか来るとは覚悟していた」


 ことの大きさを把握したらしい白嬢は血色を欠いた顔をしている。胸中の恐怖は留めきれず、手がかたかたと震えていた。


「長はこれより使者と面会する。お前たちは裏の倉庫へ。床板を外して(むろ)に隠れるのです。それから――」


 老いた瞳は侮蔑をこめて鋭くなり、紅妍を捉える。


「お前の仕事はわかっているな、白嬢を守れ。その腕、その足。命を投げ出してでも白嬢を守れ。今日までお前の命を永らえさせてきたのは、白嬢を守るためと思えよ」


 紅妍は小さく「はい」と応えて、深く頭を下げた。それでも婆の気は晴れず、眉間を歪ませ鋭く睨みつけながら続ける。


「何代も平穏に隠れ住んできたというのに、この凶事はお前がいたから起きたことであろう。忌み痣を持つ娘が生まれたがために、華仙の平穏は侵されたのだ。お前を殺さず生かしてやったのは白嬢を守るためだ。わかっているだろう」


 婆が伝えたいことはよくわかっている。万が一の時、白嬢の身代わりになって身を差しだせと命じているのだ。これに似たことは何度も言われている。庇護対象が白嬢から長や婆と変わることはあれど、紅妍を軽視するのはいつも変わらない。いつだって殺せる存在を生かしていることに感謝しろ、と言葉を結ぶのだ。

 これらの言葉は慣れている。いつだって身命を(なげう)つ覚悟ができていた。ただ、虚しくは思うのだ。同じ血を分け合った白嬢と自分。生まれつき手に忌み痣があったというだけで奴婢(ぬひ)の如く扱われ、白嬢のように生きることを許されなかった。慣れた言葉に感情は揺さぶられないが、虚しさは雫のようにぽたりと、心のどこかに落ちていく。それがどこに落ちたのかは、紅妍自身もわからない。


 白嬢と紅妍は婆に別れをつげて、裏手にある倉庫へと向かった。婆だけではなく、屋敷全体が慌ただしい。倉庫に近づくにつれ、喧騒が遠く離れていく。庭から外を見渡すと、かすかな土煙があがっていた。場所にして山の中腹だろうか。使者は大勢を連れて山をのぼっているのだろう。


「紅妍。扉を開けてちょうだい」


 倉庫について白嬢が言った。土埃がついた倉庫の扉に触りたくなかったのだろう。

 紅妍は扉を開く。


「暗いわ。何とかならないの」


 倉庫内へ歩を進めた紅妍と異なり、白嬢は倉庫の暗さや汚さに顔をしかめていた。すぐ手燭を探し、それに火をつける。手燭を持った紅妍を先頭にして、二人は倉庫内に入っていった。

 室は冬季の食糧保管として使われていたが、大事なものを隠すのには最適な場所である。室に入るため床板を外す。その作業を行う紅妍に対し、白嬢は木箱に腰掛けて眺めるのみ。そのうち飽いてきたのか唇が動いた。


「早くしなさいよ」

「……はい」


 高圧的な物言いだった。婆や長らが紅妍に辛いあたりをするのを白嬢も目の当たりにしている。この態度が当たり前なのだと認識しているのだろう。

 白嬢は一族の者が村に下りて金子と引き換えに得た美しい衣を着ているが、紅妍は布接ぎだらけの襤褸(ぼろ)を纏っている。髪や肌も汚れている。知らぬ者は二人が姉妹だと気づかないだろう。


「あんたの忌み痣は、ついに一族をも滅ぼすのね」

「……」

「婆はどうしてあんたを生かしたのかしら。わたしならさっさと殺しているのに」


 紅妍は何も言わず、黙々と床板を剥がす。紅妍だって、望んでこの生き方をしているわけじゃない。生まれた時に痣があった。ただそれだけで虐げられる生が決まってしまったのだ。

 土に汚れた手を見やれば、忌み痣がある。火傷の痕のように赤く爛れているが痛みはなく、かわりに痣が消えることもない。痣は中心に正円、四方に楕円の並んだ四枚花のようであった。


「だってそれ、大昔の力が強い華仙術使いにあった痣でしょう? その代に迫害を受けて山に逃れたというのに、再び痣を持つ子がいるなんて凶事の報せよ。ああ、やだやだ」


 この痣が忌み嫌われるようになったのは大昔のことである。花を用いた仙術を使う華仙一族は、当時の帝に重宝され大都に住んでいた。特に花痣を持つ華仙の女は力が強かった。だが仙術とは恐れられるものであり、皇帝が年を重ねるたび仙術使いを疎むようになった。言いがかりをつけられて処刑される仙術使いが増え、その中に華仙一族もいた。華仙の者は何人も殺され、生き延びた数名が逃げた末が山奥、この隠れ里である。


「わたしね、あんたの不気味なところがきらいよ」

「……はい」

「『花の詠み声を聞き、魂を花に渡す』――そんな仙術、今日日(きょうび)必要とされると思って? 長も婆も言っているけれど、仙術を捨てて普通に戻るのが一番なのよ」


 隠れ里に住んで長は何代も変わった。いまや仙術は必要とされない。花痣は一族衰退の印と呼ばれ、仙術が強い証である痣を持つ娘は特に嫌われた。その痣を持つのが紅妍だったのである。

 痣はなく華仙の力も低い白嬢は一族に受入れられている。迫害を受けたことで、華仙一族は仙術師ではなく、普通の人としての生きる道を進みたかったのだ。


「終わりました。室に入りましょう」

「ああよかった。ここは埃くさくていやなのよ。今度はもっと早く床を剥がしてちょうだいね――あ、紅妍が先に入ってよね。蛇や蟲がいたらいやだもの」


 命じられて、先に紅妍が室へと降りる。しばらく開けていなかったこともあり、中はじめついている。目をこらして、何もないことを確かめてから白嬢に合図を送った。


(わたしに痣がなかったら、白嬢と親しくなれたのだろうか)


 時たま思うことがある。叶うことのない『もしも』の話だが、この痣がなければ二人微笑みあっていたのかと想像する。白嬢もまた、恥ずかしい妹を持ったと負い目を抱くこともなかっただろう。

 すべては、この痣のせいである。

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