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4.奥さまは資格マニア

◆◆◆◆◆


「アハハハハッ! ……あーあ、おかし。徳栄ちゃん、オチの付け方、うまーい!」


 けらけらと円佳は腹を抱えて笑っています。

 夫がウィットに富んだユーモアを披露したからです。

 私も口もとを手で隠しクスリと笑うのですが、年のせいかテンポは遅れがちです。

 笑いも会話のキャッチボールさえも、反射神経を必要とし、当然のことながら若者の方がすばやく反応するものです。

 なんだか負けたようで、悔しいのです。




 仄暗いダイニングルーム。

 ロウソクの炎が灯った燭台モチーフの、きらびやかなロココ調5灯クリスタルウォールシャンデリアの灯りが12帖を照らしています。

 アンティークダイニングテーブルに、私と円佳で腕によりをかけて作った手料理がずらりと並んでおります。

 3人は舌鼓を打ちながら、ときおり会話を交わし、ワインの酔いでさらに話が弾み、しまいには支離滅裂になっていく夕方のことでした。


 それはそうとわたくし――こう見えて資格マニアなのでございますの。

 料理検定を筆頭に、健康食アドバイザー、野菜スペシャリスト、スイーツコンシェルジュ、薬膳コーディネーター、生活習慣病予防アドバイザーと、食に関することはそこそこ精通しているつもりです。


 話は脇に逸れますが、他にも――珠算二段、暗算三段、行政書士、国内旅行業務取扱主任者、秘書検定、販売士検定、園芸装飾技能士、おさかな検定、天然石検定、花検定、フラワーカラー検定、神社検定、お寺検定、きもの文化検定、メイクセラピー検定、茶道文化検定、アロマセラピー検定、クラシックソムリエ検定、編物検定、江戸文化歴史検定、世界遺産検定、危険物取扱者、アマチュア無線技士、建築CAD検定試験、移動式クレーン運転士、ガス溶接技能者、小型船舶操縦士etc.etc.と、自慢じゃありませんが、変わり種もたくさん持っているのです。




「ねえ、円佳さん。つかぬことを伺いますけど」と、私は牛フィレ肉のステーキを切り分けながら言いました。今宵はA4ランクの神戸牛、極厚シャトーブリアンにバルサミコソースを添えております。さっぱりとした味わいがたまりません。「あなたは本当に私であるようだけど、いつから存在するようになったのです? ちゃんと私としての過去の履歴もあるようです。もし私の一部であるならば、なぜ分裂していまに存在するのかしら?」


 左斜め向こうで食事している円佳は手をとめ、私を下からのぞき込み、唇の両端を吊りあげました。

 反対側のテーブルについた徳栄と目配せし、首をすくめました。


「まーた、奥さま。難しいことをおっしゃって。まるで禅問答みたい。あたし、頭がおバカなので、なに言ってるか、ちょっとわかんなーい!」


「なぜうちの夫に近づいたのですか。映画館で会ったというのは意図的だったのではありませんか?」


 思えば当の私も23の春に、なにを血迷ったのかブライアン・デ・パルマ監督のギャング映画を観にいき、偶然居合わせた徳栄と意気投合し、今日に至るのでした。

 そう――この円佳が夫と不倫した馴れ初めこそ、私と夫が出会った、そっくりそのままの再現だったのです。


「徳栄ちゃんとはホント、偶然ですって。たまたま席が隣だったにすぎません。あたし側のひじ掛けに、こんなふうにポップコーンの容器のっけてたら、ふとした拍子に隣の方の股間にこぼしちゃったんです。それが徳ちゃんだったんですぅ。そうだよね!」


「そ」と、夫はとりなしました。フィレ肉を頬張り、くちゃくちゃと湿地帯でも歩くような音を立てます。「塩味ならまだしも、キャラメルだったんだ。おかげで白いスラックスが台無しさ。どうしてくれるんだい、この落とし前!」


「ね。そこから映画の話で盛りあがったんだよね!」


 私は目頭を押さえました。

 この娘に質問して、まともに返事が返ってきたためしがありません。


「生まれた年号と生年月日を言ってみなさい。私の分身であるならば、なぜズレが生じてるのです」


「生年月日は奥さまとおんなじ、12月24日のクリスマスイブ。――でも、年号は教えてあげなーい!」


「また誤魔化す」と、私は手のひらでテーブルを叩きました。「ハッキリ言うのです。あなた、のらりくらり、かわしてばかり」


「おいおい、野暮なこと。女性に年を聞くのは失礼ってもんだ。若いんだからなおさらだ」と、徳栄はナプキンで口を拭いながら、呆れた口調で言いました。「せっかく君たちが作ってくれた料理もまずくなる。君が2人いると、家は倍どころか、もっと華やいで見えるっていうんだ。もっと素直に喜べよ。なんでこの神秘を解き明かそうとする。謎は謎のままでいいときもあるさ」


「そだよね」円佳は赤ワインを傾け、ひと息に流し込みました。相当できあがっているようです。「奥さまときたら、真実を追究しようとグイグイきちゃうんだから。余裕なさすぎ。もっと大らかにいきましょうよ!」


 私は酔いにまかせて、いきり立ちました。


「そんな子どもだましに引っかかりません。いったい、なにが狙いなんです。この家に入り込んできたからには、目的があるはず。それをあなたの口から説明なさい!」


 円佳は呂律のまわらぬ調子で、でたらめなファンファーレを口ずさみました。


「たったひとつの真実見抜く!――見た目は子ども!」


「あそこは大人!」


 すかさず徳栄がおどけます。


 このように、角を突き立てようとする私のあらゆる疑問に対し、ことごとくスペインの闘牛士マタドールのように身をかわすのです。

 まんまと踊らされる徳栄も徳栄です。

 結局、3人の共同生活に入って早1カ月になるというのに、なにひとつ情報は得られません。

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