13.虜囚、そして飼い殺し
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やたらと毛羽立った6畳の畳の間に、私は正座しております。
壁には湿気の染みがユーラシア大陸そっくりに広がり、ひびの入ってガムテープで補修したガラス窓からは、眩い朝日が差し込んでいます。
私は姿勢を正し、狭すぎる部屋を見まわしました。
服役したわけではありません。ここは刑務所のなかではない。
警察の事情聴取にも、家主自らが屋敷の解体工事をしていたにすぎないと通しました。
じっさい、都道府県宛の届出を必要とされる、アスベストを含む建材は使われていなかったので、法律的になんら問題はなかったのです。それはハナから存じておりました。
やり方がいささか荒っぽかったと注意されましたが、ちゃんと重機の免許は持っていましたし、なんのお咎めもなしです。
安っぽいアパートの一室でした。築60年はくだらないでしょう。
押入れの襖には、まるで銃剣道の練習のえじきになったのか、いくつもの穴が開き、煙草の火を押し当てた焦げた跡までついた念の入れようなのです。
いまではごらんのありさま。
憩いの我が家を失い、ここに越してきたのです。
唯一、あの瓦礫の山と化した邸宅から持ち出せた年代物のダイニングテーブルだけが忘れ形見です。奇蹟的に屋根の下敷きにもならず無事でした。この部屋にしてみれば浮いた存在でしたが。
私たち3人はその前に腰かけ、食事を囲んでいます。
もっとも私はご飯に、ロシア産の紅鮭、お味噌汁、ゆで卵、べったら漬。
徳栄はシリアルに牛乳をぶっかけた犬の餌じみたもの、円佳はボソボソのコッペパンひとつです。
私はご飯を口にしながら毅然と顔をあげました。
そして背を丸め、申し訳なさそうに食べている2人に眼をやります。
円佳はコッペパンをちぎってはコーヒー牛乳にひたし、口に放り込んでおります。着ている服は至るところに穴が開いています。
私と眼が合うと、不貞腐れた様子でプイと、そっぽを向きました。
若いままの徳栄なぞ、ふやけたシリアルをスプーンですくって口に運んでは、シナシナと水牛のようにあごを動かしています。
その姿はすっかり打ちひしがれ、私に合わせる顔さえないらしく、ずっと下を向いたまま。白髪が混じっております。
一度ならずも、『女房と畳は新しい方がよい』などと口走ってしまったせいで、肩身の狭い思いをしているのは明白です。
夫は完全に、私に頭があがらなくなりました。
ざまぁみさらせ、です。
「あの……すみません」と、徳栄は見た目は若者だけど、すっかり去勢された者のように弱々しく言いました。「そこのウェットティッシュ、取っていただけないでしょうか?」
私は侮蔑をこめた眼でひとにらみし、片手でティッシュの容器を押しました。
「奥さま、コーヒーお代わり」
円佳も催促します。このところ、ろくにシャワーさえ浴びていないので垢だらけの顔です。長く野放図に伸びた髪もカリフラワーみたいです。
「それくらい、自分でやんなさい。台所にインスタントがあるのですから」
やんわり言うと、円佳は舌打ちしてマグカップを置きました。眼をしばたたき、唇を噛みしめ、その煤けた顔つきはみじめな生活を呪っているようです。
開いた口がふさがりません。この期に及んで、この人たちは私がいないと、なんにもできないのですから。それでいて、こちらが下手に出ると、若者はすぐつけあがるのです。
私は肩を聳やかし、窓の外の眩い朝日に眼をやりました。
今日もご飯は美味しい。
どちらが優位か、これで思い知ったことでしょう。
この2人は一生、飼い殺してさしあげますから。
了