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13.虜囚、そして飼い殺し

◆◆◆◆◆


 やたらと毛羽立った6畳の畳の間に、私は正座しております。

 壁には湿気の染みがユーラシア大陸そっくりに広がり、ひびの入ってガムテープで補修したガラス窓からは、眩い朝日が差し込んでいます。

 私は姿勢を正し、狭すぎる部屋を見まわしました。


 服役したわけではありません。ここは刑務所のなかではない。


 警察の事情聴取にも、家主自らが屋敷の解体工事をしていたにすぎないと通しました。

 じっさい、都道府県宛の届出を必要とされる、アスベストを含む建材は使われていなかったので、法律的になんら問題はなかったのです。それはハナから存じておりました。

 やり方がいささか荒っぽかったと注意されましたが、ちゃんと重機の免許は持っていましたし、なんのおとがめもなしです。




 安っぽいアパートの一室でした。築60年はくだらないでしょう。

 押入れのふすまには、まるで銃剣道の練習のえじきになったのか、いくつもの穴が開き、煙草の火を押し当てた焦げた跡までついた念の入れようなのです。


 いまではごらんのありさま。

 憩いの我が家を失い、ここに越してきたのです。

 唯一、あの瓦礫の山と化した邸宅から持ち出せた年代物のダイニングテーブルだけが忘れ形見です。奇蹟的に屋根の下敷きにもならず無事でした。この部屋にしてみれば浮いた存在でしたが。


 私たち3人(、、、、、)はその前に腰かけ、食事を囲んでいます。

 もっとも私はご飯に、ロシア産の紅鮭、お味噌汁、ゆで卵、べったら漬。

 徳栄はシリアルに牛乳をぶっかけた犬の餌じみたもの、円佳はボソボソのコッペパンひとつです。


 私はご飯を口にしながら毅然と顔をあげました。

 そして背を丸め、申し訳なさそうに食べている2人に眼をやります。

 円佳はコッペパンをちぎってはコーヒー牛乳にひたし、口に放り込んでおります。着ている服は至るところに穴が開いています。

 私と眼が合うと、不貞腐れた様子でプイと、そっぽを向きました。


 若いままの徳栄なぞ、ふやけたシリアルをスプーンですくって口に運んでは、シナシナと水牛のようにあごを動かしています。

 その姿はすっかり打ちひしがれ、私に合わせる顔さえないらしく、ずっと下を向いたまま。白髪が混じっております。


 一度ならずも、『女房と畳は新しい方がよい』などと口走ってしまったせいで、肩身の狭い思いをしているのは明白です。

 夫は完全に、私に頭があがらなくなりました。

 ざまぁみさらせ、です。


「あの……すみません」と、徳栄は見た目は若者だけど、すっかり去勢された者のように弱々しく言いました。「そこのウェットティッシュ、取っていただけないでしょうか?」


 私は侮蔑をこめた眼でひとにらみし、片手でティッシュの容器を押しました。


「奥さま、コーヒーお代わり」


 円佳も催促します。このところ、ろくにシャワーさえ浴びていないので垢だらけの顔です。長く野放図に伸びた髪もカリフラワーみたいです。


「それくらい、自分でやんなさい。台所にインスタントがあるのですから」


 やんわり言うと、円佳は舌打ちしてマグカップを置きました。眼をしばたたき、唇を噛みしめ、その煤けた顔つきはみじめな生活を呪っているようです。

 開いた口がふさがりません。この期に及んで、この人たちは私がいないと、なんにもできないのですから。それでいて、こちらが下手に出ると、若者はすぐつけあがるのです。

 私は肩をそびやかし、窓の外の眩い朝日に眼をやりました。


 今日もご飯は美味しい。

 どちらが優位か、これで思い知ったことでしょう。

 この2人は一生、飼い殺してさしあげますから。





        了

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