11.destroy!explosion!奥さまご乱心!
これで覚悟を決めました。
いざ出陣です。
キーをひねり、エンジンをかけます。
レンタルしてきたマシンのディーゼルエンジンは一発でかかり、マフラーから白い煙がドラゴンの鼻息のようにあがりました。
身体を揺さぶる轟音。一気に血が滾ります。
極厚の排土板を掲げました。まるでテンプル騎士団が盾を掲げるように。
この掘削・押土・整地用に取り付けられた合金板こそ耐摩耗性・耐衝撃性に優れたボロン鋼材で作られています。明治時代の木造建築など、この盾でぶつけられようものならば、ひとたまりもありますまい。
私はアクセルをベタ踏みしました。
猛然と大型ブルドーザーがダッシュします。
一気に1速から3速に変速。
エントランス両脇のか弱いラムズイヤーを鉄のキャタピラーで蹴散らし、重機後部に装着した野蛮な三本の爪でご丁寧に大理石の地面を耕したあと、まさに雄牛のごとく邸宅めがけ突進します。
正面玄関に真っ向からぶつかりました。
凄まじい破砕音は音楽的ですらあります。
私の身体は前のめりに飛びそうになり、激突した衝撃でシャッフルされましたが、シートベルトはばっちりしています。
なんのこれしき。へいちゃらです。
柱は真っ二つに折れ、風雅な玄関灯などホウセンカのようにはじけ、樫の扉がドミノみたいに倒れました。壁にかかっていたシャガールは、瓦礫の山の上に突き刺さっております。
獰猛なブルドーザーの一撃でこのありさまです。まさに嵐の襲来。
バックギアに入れ、マシンを後退させます。
旋回し、南東部のキッチンおよびダイニングに取りかかることに致しました。
ギャリギャリギャリと鋼鉄のキャタピラーが回転し、きれいに敷きつめた芝生を台無しにします。
ちょいとブレードを押し当てただけで、金木犀は根こそぎ倒れ、祖父の大切にしていた富有柿の老木も、バリバリと折れました。
見るも無残な光景です。
私はダイニングと真っ向から対峙すると、誇らしげに背筋を伸ばし、おもむろに前進しました。
これもアクセル全開。
ますらおぶりなパワーです。油圧チルトが頼もしい。
さすがは建設機械メーカーの売上高、世界シェア2位を誇る日本製だけあります。
空色に塗られた木造建築は他愛もなく砕かれ、壁ごと室内に散らばりました。
ロココ調5灯クリスタルウォールシャンデリアなど、木材の山のなかに埋もれ、ぐしゃぐしゃになっております。
幸いにしてお気に入りのアンティークダイニングテーブルは難を逃れたようです。横にずれただけで被害は免れました。あれはひと仕事を終えてから戦利品として回収しましょう。討ち取った戦国武将の首級のごとく。せめてもの償いです。
食器棚は横倒しになって、なかの色とりどりの食器が割れ、グラスも砕けてブリリアントカットされたダイヤモンドのようにきらきら輝いているのが見えます。
キッチンごと破壊されたようです。
冷蔵庫は亀のようにひっくり返り、水道管が破損したらしく、ペテルゴーフ公園を飾るトレビの泉みたいにじゃじゃ漏れになっています。
私はふたたびバックギアに叩き込み、ブルドーザーをバックさせました。
その拍子に、すぐ眼のまえに瓦礫が落ちてきたのにはびっくり。
どうりで運転台の天井に、なんらかの負荷がかかっていると思ったのです。
瓦礫の正体は2階のバルコニーでした。支える柱をもなぎ倒したので崩落したにちがいありません。
堅牢な運転台のおかげで命拾いしました。いくら私が黄色い安全ヘルメットを着用していても、あんなものを直撃すればいちころでした……。
そのころにはすでに徳栄たちは異変に気づいたらしく、リビングのすぐ外に出て、やめろ!やめろ!と大騒ぎしております。
ですが耳は貸しません。というかディーゼルエンジンの唸りが大きすぎて、人の声などろくに判別できないのです……。
重機の頭を南西部にあるリビングに向けました。
ああ、それにしても操縦桿による快適な操作性。
左右に分かれた2つのジョイスティックは素直に反応してくれます。私の思考とマシンが一体化したような感触はたまりません。
それにくわえて、驚異的なマシンのパワーには眼を瞠るものがあります。
力が漲ってくるようではありませんか。
それもこれも資格マニアたる面目躍如です。
いまから16年前に車両系建設機械運転技能講習を受け、みごと免許を取得したのです。
当時はほんの1日足らずの実技しか体験しませんでしたが、はじめて重機に乗り込んだときの昂奮が甦ります。
非力な人間がいともたやすく土砂を掻き取り、押しあげる力を獲得するのですから、これが落ちつかずにいられますか。
最新式になったコクピットと操作法とはいえ、勘のいい私はすぐ扱い方を憶えました。
目指すは徳栄と円佳のいるリビングルーム。
アクセルを吹かします。マフラーからドラゴンの鼻息。
4サイクル水冷直列EUI直噴式のエンジンが咆哮を放ちます。
芝生には無残な轍がついております。キャタピラーで踏みにじったうえ、重機のお尻に取り付けたマルチシャンクリッパで抉ったためです。
小ぎれいにした庭園を、さらに蹂躙しました。祖父も父も、草葉の陰でお嘆きになられていることでしょう。
破壊され尽くした正面玄関をすぎますと、シュロやソテツの木が邪魔になったので掘削ブレードを掲げ、パワー全開でお見舞いしてやりました。
根こそぎ倒し、車体の下敷きとし、いともたやすく踏み砕きます。
旋回し、重機をリビングに向けます。
ターゲットを捉えました。
私はずり落ちる黄色い安全ヘルメットの位置を正しました。いささかサイズが大きすぎたようです。せめて安全第一のステッカーだけでも似合っていると信じましょう。
サッシ窓を開け、外に出た徳栄が、遭難した者が救難信号を出すように両腕を振っています。必死の形相。
かたわらの円佳は、あんぐり口を開けたまま呆気にとられた様子です。
「やめろ、円佳! おまえの大切な城だろ! なんてひどいことを!」
夫は声を裏返らせ、叫んでおります。