天帝の時代
「500年前まで、世界はまさに一つでした。種族・文化・身分にかかわらず、すべての者が天帝という巨星に惹かれ、讃え、従った。国同士の諍いもなく、魔物については存在すらしていませんでした。
なぜ天帝という人物がこれほどまで人心を集めたのか。それは彼のカリスマと、古代宝具の力のおかげでした。天帝伝説というおとぎ話がありますね? あれらに書かれていることは、祖母曰く、事実なのそうです。新しい町が欲しいと民が言えば山を拓き、船を通す水路が欲しいと言えば運河を作り、日照りが続けば雨を降らし、神獣を手懐け乗り物にして……それらはすべて古代宝具によるものだったのです。
天帝の時代は、まさに人類の平和と繁栄を象徴する時代であったそうです。」
そこまで話すと、長老の顔に憂愁の影が差した。
「天帝の時代は、唐突に終わりました。祖母は当時、王都に住んでいたそうですが、ある日突然、天帝の住む大宮殿の方から、大地まで割れそうな凄まじい音が何度も聞こえてきたそうです。王都の民が大宮殿に着いた時には、大宮殿は崩壊していました。その日を境に天帝は、その一族も含め、すべて姿を消してしまったのです。
そして統治者を失ったことで、これまで表面化してこなかった部族間ごとの対立感情が爆発しました。そこから400年の長きにわたり、戦争の時代が続いたのです」
その後、100年前に、各部族の代表によって組織された世界政府の樹立により、戦争が終結したという史実は、学校でも習うことだ。
「天帝が消えて500年、これまでほかに古代宝具を起動したという話は記録に残っていません。古代宝具を使えるのは天帝しかいない……皆がそう考えていました。しかし、遂にあなたという存在が現れた。古代宝具を扱える唯一無二の存在、天帝の力を引き継ぐ者、それがあなたです」
「一体どうして俺がそんな力を……」
「それは、あなたには魔力がないからです」
長老は紅茶で一旦喉を潤し、先を続ける。
「私は、古代宝具を長年にわたり独自に研究していました。そこでわかったのが、古代宝具は、大人より赤子、あるいはエルフよりヒューマンといった、魔力レベルの低い者が触った時ほど、起動こそせずとも、より強い反応を示したのです。
そこで仮説を立てました。本来魔道具の起動に必要な我々の魔力が、逆に古代宝具にとっては起動の妨げになっているのかもしれない、と。そこで私はこのエリエルに、魔力レベルが0の者を探すよう、命じていたのです」
そしてエリエルは方々を探している最中、コルバ郡の領主が郡のあちこちの町や村で魔力検査を実施しようとしていることを耳に挟み、うまく検査役の魔術師として雇ってもらった、ということらしい。そして遂に魔力レベル0の者を、すなわちベルカを見つけた。
ベルカは腕を組んで唸った。
天帝と同じ力が、なぜか俺には宿っている。それは世界からすれば、きっと脅威だ。何せ俺がその気になればこの世界を一つにまとめる、言い方を変えれば世界の独裁者になり得るかもしれないのだから。俺には天帝にあったカリスマはないし、出自もただの村人だ。上に立たれたら、貴族はもちろん、そこらの商人ですらいい顔をしないだろう。石を投げられても仕方ない。
リーヤが連れ去られたことで確かに自分の無力を呪いはした。
だがまさか、こんな物騒な力を背負うことになるとは思いもしなかった。
「はあ……まあでも、大体話はわかりましたよ。
それで、あなたが俺を探していた理由はなんですか。さっきまでいたエルフは、俺のことを救世主とか言ってましたけど、一体何をさせようとしてるんです?」
ベルカは身構えたが、長老は静かに笑うだけだった。
「話が長くなりましたし、食事にでもしませんか? 村から歩き通しで、きっとお腹を空かされていることでしょう。もう下に用意ができてるでしょうから、是非召し上がってください」
そういえばここまで上る途中の階で、大きなテーブルに料理が次々と並べられていくところを見たな。やっぱ里で一番偉い人はご飯も豪勢なんだなと羨ましく思ったが、なるほど、俺たちのために用意してくれていたのか。
途端にお腹がぐうと鳴った。
「天帝の後継者ともなると、お腹の虫も大きいですね」
長老が悪戯っぽく笑い、ベルカは真っ赤になってうつむいた。