長老謁見
壁のように垂直にそびえた黒い木立を抜けた先に、エルフの隠れ里はあった。出発したその日のうちにたどり着くことはできたが、日が暮れるまで歩かされるとは思わなかった。闇の中でエリエルを見失ってたら確実に遭難していただろう。
進むにつれ、里のいたる所に生えている大きな樫の木に建てられた、エルフのツリーハウスがちらほらと見えてきた。部屋の灯と、街灯代わりに道の脇に植えられた篝火茸の光が、夜の帳が落ちたエルフの里を幻想的に彩っていた。
「このヒューマンは何者だ、エリエル」
雑草や雑木がきれいに刈り取られた、広場のような場所で、二人組のエルフの男に声をかけられた。彼らはエリエルと違って、ダークエルフではなく普通の白い肌のエルフだ。
「このお方は、ベルカ・イングス様。天帝の後継者だ」
エルフ達は眉をひそめた。
「このヒューマンが、長老様がおっしゃる救世主だと?」
訝しげにベルカをじろじろと見るエルフの二人組に、ベルカ自身はまあそりゃ怪しむよなと大して気にもしなかったのだが、エリエルの方が彼らの態度に憤慨した。
「おまえらにはベルカ様の放つ神聖なオーラが感じ取れないのか!」
エルフの二人組とベルカは顔を見合わせて、首を傾げた。
「~~っ! ベルカ様、お渡しした古代宝具をこの者たちに見せつけてやってください!」
あまり力を見せびらかすような真似は好きじゃなかったが、顔を真っ赤にするエリエルが気の毒だったので、ベルカは渋々とエルフたちに六宝剣を見せた。柄から刃を形成して見せると、エルフたちは心の底から感嘆した様子だった。天帝の後継者云々は置いておいて、やはりこの古代宝具とやらを使えるのは、特別なことらしい。
「非礼をお詫びいたします、客人よ。確かにあなたには一度、長老様に会っていただきたい。ご案内いたします」
そうして案内されたのは、特大の樫の木一本を丸ごと住居にした家だった。中に入り、らせん状の階段を最上階まで(ヒィヒィ言いながら)上った。
そこは長机を挟むように木製のソファが2つ置かれただけの客間のようになっていて、奥のソファにはエルフが一人、優雅に紅茶をすすっていた。
「お待ちしていました、ベルカ・イングス様」
長老と聞いていたからにはおじいちゃんが出てくるかと思いきや、見目麗しい女性だった。薄い絹のローブに身を包み、透き通るような翡翠色の髪が腰まで伸びている。
「遠いところからよくぞいらっしゃいました。さあさあ、まずはおかけになってください」
案内の二人組は去り、ベルカとエリエルは長老に勧められるままにソファに座った。注いでくれた紅茶は、一口飲むと甘い花の香りが口の中で広がり、疲れた体を癒してくれた。
しかし先ほどの長老のセリフは妙だ、とベルカは思った。待っていたといったが、俺たちがここに来ることを長老は知らなかったはずだが。
「ふふ、あなた達と私が今ここで話をしている光景は、今朝夢で見ましたから」
ベルカは考えが読まれたことに驚いた。
「夢……ですか?」
「ええ、私には夢を通して、未来を見る力があります。だから、あなたが考えていることも、私に何を聞きたいかも、すべてわかりますよ」
「それは話が早くて助かりますね」
「ですが」
長老は静かに笑った。
「まずは、昔話などさせていただいてよろしいでしょうか。亡くなった祖母から、私がずっと昔に聞いた話、天帝の時代の話を」