エルフの隠れ里
荒らされた村の復旧には数日を要した。家や柵の修理、瓦礫の片づけ、そして死者の埋葬。辛いことの連続で気落ちしていた村人も、すべての作業が終わるころには少しずつ元気を取り戻していた。
復旧にはエルフの助力も大きかった。曰く彼女の魔力レベルは6であり、おかげで魔道具を使った作業はずいぶん捗った。徴兵の際に顔を覚えていた者も多く、はじめは不審がられたが、ベルカが間に入ったこともあって、今では普通に村人と話をしている。
ベルカは今回の件ですっかり村の英雄に祀り上げられていた。魔道具も使えないおまえがどうやってと聞かれはしたが、古代宝具のことを説明しても納得はされないだろうと踏んで、火事場の馬鹿力だとごまかしておいた。
「ベルカ様、足元にお気を付けください」
そして今ベルカは、エルフに連れられて、エルフの故郷だという隠れ里に歩いて向かっていた。村から近いということで何も準備はしなかったが、隠れ里というだけあって人が立ち寄らない山奥にあるらしく、さっきから獣道しか進んでいない。茸を収穫したり狩りをするために森の中に入ることはベルカも時々あったが、こんなところまでは危険だから来たことがない。昼間だというのに鬱蒼とした木々が日の光を遮るせいで辺りは暗く、潜んでいる獣の息遣いが聞こえてきそうなほど静かだった。
どうしてこんなことになったのか。原因は、ベルカがいまだに自分の状況を飲み込めていないからだった。天帝の後継者といわれても、何をすればいいのか、何で自分がそんなものになったのか、何かの間違いじゃないのか、エトセトラエトセトラとエルフに尋ねたところ
「答えは、私の里に来ればわかります」と一言で締められてしまったのだった。
それにしても本当に人の気配を感じない。おそらくもう、魔境に足を踏み入れている。
魔境とは、人の統治が及ばない土地のこと。なぜ統治が及ばないかといえば、その領域は魔物に支配されているからだ。聞くところによれば、魔境は日ごとに拡大を続けているという。そしてその被害に真っ先に会うのは、魔境に近い場所……都市の人間が辺境だと揶揄する地域で暮らす住民である。それこそ、昨日ゴブリンの襲撃にあったベルカの村のように。あるいは、山菜取りに出かけて魔物に殺されたベルカの父と母のように。
「この辺りは大丈夫なのか?」
魔物がいつ現れやしないかと、ベルカは気が気でない。昨日のホブゴブリンのように堂々と出てくるのなら、まだいい。だが茂みから急に飛び出されたり、木の上から降ってきたり、土の中から現れたりと、魔物には色々なやつがいて、それらすべてに気を配ったら体が持たない。
「ベルカ様、ご心配せずとも、なるべく魔物に出くわさない道を通るようにしていますよ。それにベルカ様の六宝剣ならば、このあたりの魔物など、不意打ちを食らったところでなんてことはございません」
それならいいが、と思いつつ、ベルカはさっきから気になっていたことを遂に口にする。
「……なあ、そのベルカ様っていうのはやめてくれないか? 俺は貴族じゃあないんだ」
「そうですね、貴族などという木っ端役人ではなく、あなたは天帝の後継者、将来の大王となるお方ですから」
「言葉尻をとらえないでくれ。何度も言うけど、俺は王様になんかならない」
「ご安心ください、ベルカ様」
エルフはベルカに振り向くと、地面はぬかるんでいるというのに、跪いて忠誠のポーズをとった。
「このエリエル・ラヴプレストが、全身全霊をもってあなた様をお支えいたします故」
「そのポーズもやめてくれ」