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魔力レベル0

 歓喜に湧く領主、村人のどよめき、リーヤの母の嗚咽――すべてがどこか遠くから聞こえているように感じる。

 リーヤは黙って幌馬車の方へ歩いてく。その横顔から伝う涙を目にして初めて、ベルカは正気に戻った。


「待てよ、俺が行く! 俺がそいつの代わりになるから! 何も女を連れてくことねえだろ!」

 ベルカは領主の馬まで詰め寄ったが、すぐに兵士に引きはがされた。両脇を二人がかりで固められ、身動きがとれない。


「ふん、女だからなどという理屈が通ると思うか? レベル8は魔術師(メイジ)級、天賦の才、見逃す道理などない」

「何かの間違いです! うちの娘にそんな魔術の才などあるはずが――」


「お言葉ですが」

 エルフの魔術師がリーヤの母親の言葉を遮る。

「魔力レベルは成長とともに上がるものです。ここまで急激なケースは稀ですが、ないわけではございません。すばらしい才能です」

 すばらしい才能という言葉が頭の中で反響する。静かに村で暮らしていたいだけの者にとって、魔力レベルとはすばらしい才能なのか? 戦う力を持っていることが、そんなに偉いのか。弱い人間の立場なんて考えない、全部自分たちの尺度で物を測りやがって。

 

 だけどいくら言ったところで、もう領主の決定は覆らないだろう。だったらせめて、リーヤを守れる場所に自分もいなければ。

「おまえが行くなら俺も行くぞ、リーヤ!」

 啖呵を切ったベルカの髪を、エルフの隣に立っていた兵士が掴んだ。

「小僧、それを決めるのは貴様じゃあない。おい、こいつを測れ」

 髪を引っ張られながらエルフの魔術師の前まで連れてこられ、顔を引き上げられるとエルフの顔が目と鼻の先にあった。エメラルドグリーンの瞳は少しの揺らぎもなく、その奥に潜む感情を読み取らせない。

 だがその無表情は、ベルカの頭に手をかざした瞬間、瓦解した。


「なんだ、どうした」

 兵士が声をかけてもエルフは返事をせず、おそるおそる再度ベルカの頭に手をかざした。再び出たのであろう検査の結果に、エルフは震える両手を一時呆然と見つめると、ぐっと握り隣の兵士を見上げた。

「信じられないことです。隊長、この者は――」

 一瞬、自分にも魔力の才能がついに開花したかと、ベルカは期待する。


「魔力が全く感じられません。つまり魔力レベル――ゼロです」


 領主の兵士たちはきょとんとして、お互いの顔を見合わせると、爆発するようにどっと笑いだした。

「ゼロ!? 赤子にすら及ばぬではないか! 赤子未満の者が兵に志願とは、何の冗談だ!?」

 ベルカは耐えられずに俯いた。絶望して青ざめた顔とは対照的に、強く握りすぎた拳は、食い込ませすぎた爪が手のひらを破り、真っ赤な血を流していた。

 

 ベルカは生まれつき、魔術の才がなかった。

 魔力レベルは個人差はあれども、一般的な成人なら3、低い者でも2はあるといわれている。しかしベルカは今年14になるというのに、一切の魔力を身に着けられていない。

 今の世は魔道具の時代だ。武器や防具はもちろん、農具、ランプ、コンロ、大抵の生活用品は、使用者に魔力がなければ扱えない。幼いころのベルカは、農具も扱えない出来損ないとして村人から邪険にされてきた。耐えられたのは、両親の支えと、リーヤだけが優しく接してくれたからだった。

 山菜を摘みにいった両親が魔物に襲われて死んだとき、自暴自棄にならなかったのも、リーヤが一緒に泣いてくれたおかげだった。

 魔道具を使えない分の農作業の遅れを、体力と力の強さでカバーした。朝から晩まで働いて、倒れるように眠り、そしてまた繰り返す。気づいたころには、魔道具を使わなくても、普通の人と同じぐらいの速さで農作業ができるようになっていた。

 やっと村のみんなからも一人前として認められるようになってきた。

 リーヤにも、これまで面倒を見てくれた分、何か恩返しができるかもしれない。

 そう思っていた矢先だった。


「待ってくれ! 魔力がなくたって剣くらい振れる! 力は人一倍強い方なんだ、だから――」

「黙れこの出来損ないがァッ!」

 隊長と呼ばれていた兵士の蹴りをまともに受け、ベルカは吹っ飛んだ。倒れた位置は運悪くぬかるみで、ベルカは泥だらけになった。

 

 隊長はベルカのもとに歩み寄り、やや離れた位置から抜刀した。最初は何の変哲もない刀身が、青白く光り始める。この剣もまた魔道具であり、隊長の魔力が注がれ能力を開放しているのだ。

 ふんっ! と掛け声ととともに隊長が剣を振ると、刀身からほとばしっていた魔力が、三日月形のエネルギーの塊となってベルカを襲った。ベルカは反射的に頭を抱えた。

 

 剣から飛ばされた弾はベルカのすぐ脇に着弾した。地面がはじけ、ベルカに泥が降り注いだ。

「その剣はな小僧、魔力レベル4はないと振れぬ代物。剣も持てない無駄飯食らいなど、私のもとで働かせると思うか?」

 魔力レベル0の人間など家畜と変わらんとでもいうように、領主は忌々しげにベルカに言い、痰を吐き捨てた。リーヤはベルカのもとに駆け寄ろうとしたが、隊長に腕を捕まえられてしまう。


「貴様が向かうのはその幌馬車の中だ。おいっ、連れていけ!」

 他の兵士が二人がかりでリーヤを捕まえ、幌馬車の方へ引きづっていく。

「お願い離して! お母さん、ベルカ、私独りぼっちは嫌だよ!」 

 泣き叫びながらベルカはもがくが、鍛えられた兵士二人の力にかなうはずもない。それでも抵抗を続けるリーヤに、領主エッセンは毒づいた

「うるさい小娘だ。貴様を殺せば大人しくなるか? どうせ何の役にも立たんのだ」

 領主が顎で指図すると、隊長と呼ばれていた兵士は一歩踏みこみ、剣を振り上げた。再び刀身に青白いエネルギーが集まっていく。振り下ろした切っ先には、今度は脅しではなく、間違いなくベルカがいる。

 

 もう、いいか。

 親父もお袋も死んだ。

 リーヤもいなくなった。

 大切な人がいない世界なんて、こっちから願い下げだ。


「隊長、お戯れはその辺で」

 エルフの魔術師の言葉で、隊長は振り下ろしていた剣を途中でピタリと止めた。

「何様のつもりだ、エルフ」

「雲行きが怪しゅうございます」

 ああ?と隊長は空を見上げる。確かに厚い雲が北の山からすごい速さで流れてきていた。領主は舌打ちをして、号令をかけた。

「検査は終わりだ! 濡れネズミになりたくなければ、すぐに引き上げて近くの町に行くぞ!」

 

 兵士たちが撤収の準備をする中、エルフの魔術師がベルカを引き起こした。

「すぐにお迎えにあがります」

 そんなことを言っていた気がするが、意味が分からなかったし、呆然としたベルカには追及する気力もなかった。

 兵士たちが去り、やがて雨が降り、皆が家に戻っても、ベルカはずっと立ち尽くしていた。


「ちくしょう……」

 村の外へ続くあぜ道の、その先の地平線の向こうにつぶやく。コルバ郡都レダニエ、リーヤが連れていかれた街に向けて、叫ぶ。

「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 領主の理不尽と自分の無力に対する怒りが全身からほとばしり、びしょ濡れの体は寒さを感じない。膝から崩れ落ち、雨が降り注ぐ地面を何度も何度もたたきつけた。

 後に数多の偉業を成し遂げ、現人神と称えられる男、ベルカ・イングスの伝説は、雨と泥と涙にまみれながら始まったのだった。


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