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理不尽を切り裂く刃

 ベルカは立ち上がった。ベルカだけが立ち上がっていた。助けようとする者は誰もいない。だがベルカは堂々としていた。痛みをこらえ、震える足に力をこめ、ダンジョンの主をまっすぐ見据えた。

その姿に、一人ひとりと目に光が宿っていく。心に火がともっていく。


 リーヤもその一人だった。

「私が……守る……私はあんたの……お姉ちゃんだからっ……!」

 リーヤの杖から癒しの光がほとばしり、ベルカの体を包み込んだ。ベルカの傷が、瞬く間にふさがっていく。


 そしてベルカは、最後の攻撃に出た。

 ゴブリンロードの足を切りつけ、腹を切り裂き、上へ上へと駆け上っていきながら、目につくところを片っ端から斬っていく。ゴブリンロードの体は硬く、与えられるのは切り傷だけ。それも、膨大な魔力が生み出す自然治癒力により、すぐに塞がってしまう。


 それでも、ベルカは斬り続けた。何度吹き飛ばされようと、それで皮膚が裂け、骨が折れようとも、すぐにベルカは次の攻撃へと移る。リーヤが回復魔法をかけているから、ベルカもケガはすぐに回復する。しかし痛みは防げないし、体力だって戻らない。身も心もとっくに限界のはずだった。だがそれでも、ベルカが止まることはない。いったい何がベルカをそこまで突き動かすのか。


(この世の理も捻じ曲げかねない大いなる力の果てに、何を欲する? 富か、権力か、名声か)

 幻の中で出会った騎士の言葉が、ベルカの頭をよぎった。

「大きな力で弱い者を蹂躙する。俺の思う理不尽とは、まさにおまえのことだよ」

 万象珞が光を放つ。ベルカの背中に、天帝の紋(エンペレスト)が浮かび上がる。


「終わりだ……っ!」

 紋章が燦然と輝き、六宝剣を形成する糸が勢いよく伸び、短剣だった六宝剣はゴブリンロードの肩まで届くほどの巨大な剣へと変貌した。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

咆哮するベルカ。その間、一体どれだけの斬撃がゴブリンの王に入っただろう。ベルカの剣の動きは、まるで悩んでいた画家が突如閃きカンバスに書きなぐるが如く、速さと狂気に満ちていた。だがその一刀ごとにより、あれだけ硬かったゴブリンロードの体は、まるで豆腐のように切断されてゆく。荒々しいのに太刀筋に一切の乱れはなく、ゴブリンロードも自分が切られているという自覚すらないように見える。


 そして唐突に、ベルカは腕を止めた。


 何が起こったか理解できていないゴブリンロードは、今度は自分の番だと斧を振り上げる。


 その瞬間、まずゴブリンロードの肩と腕に切れ目が入った。驚いて後ずさると次は足に、今度は腹に、胸に、首に、最後に顔に全身に切れ目が浮かび上がった。


 ベルカはゴブリンロードに背を向けて六宝刀の刃をしまう。


 ゴブリンロードはすべてを悟り、敗北の悔しさを断末魔にこめた。 


 そして無数の欠片となった体から大量の黒い霧をまき散らし、跡形もなくなった。


「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 兵士達から歓声が上がる。エリエルが足を引きずりながらやってきて、「やりましたね」と笑った。リーヤに治してもらいたかったが、ベルカに魔法を限界までかけ続けていたせいですっかりのびていたので、もう少し我慢してもらうことにした。


「いやいやいや、まさか貴様がこんなに強かったとは! おかげで助かった!」

 さっきまで震えて縮こまっていた姿はどこへやら、領主はベルカのもとへずかずかとやってくると、無遠慮に背中を叩いた。

「検査の時は実力を隠してたのか、貴様も人が悪いじゃあないか、なあ? まあいい、なんといってもこの戦いの英雄であるからして、報酬は期待していてもらってよいぞ! さあ私の兵士たちよ、宝箱の中身を運び出せ!」

 しかし兵士たちは返事をしない。わざと無視している、というよりも、皆の視線はベルカにくぎ付けになっていた。

 それもそのはず、ベルカの背中にはまだ天帝の紋(エンペレスト)が現れたままだった。


「あれって、天帝伝説に書かれているものと同じじゃないか?」

「まさか、天帝様の生まれ変わり……?」

 ざわつく兵士たちに、領主もいまさらながらベルカの姿にはっとなった。

「そんなバカな……こいつが、こんな田舎者が、世界政府の探している天帝の後継者だと……?」


「馬鹿は貴様だ、エッセン卿! 口の利き方に気を付けられよ!」

 エリエルが雷を落とした。

「このお方をどなたと心得るか! 混迷せし世を正さんと、500年の時を経て出でし天帝の末裔、ベルカ・イングス様にあらせられるぞ!」

 戦神の如き一騎当千で以て命を救われた兵士たちにとって、それは疑うべくもなく、一斉に跪いた。リーヤは状況を飲み込めてなかったため訳が分からず周りの真似をし、領主は周りをきょろきょろして立っているのが自分だけだと気づき、慌てて跪いた。


「諸共に偉大なる王を讃えよ、オーデン!!」

「「「オーデン」」」


 全員が天帝への忠誠の誓いをベルカに捧げる。

 そのとき、誓いを立てた一人一人から小さな光が浮かび上がり、それぞれ筋を描きながらベルカのもとへ、正確には万象珞の中へ飛び込んだ。すると伝播するようにベルカにも淡い光が纏い始め、ベルカのむき出しの腕や顔に、面妖なタトゥーが浮かび上がった。目を開いたベルカの瞳の色は、普段の黒色ではなく、金色に輝いていた。


「エッセン・ロー・ヴァイム・フォン・アイスベヒミアよ」

 まるで天から降ってきた声かと思って、エリエルは思わず天井を見上げた。ベルカの声のはずなのに、ベルカから発せられたものとは思えなかったのだ。


「おのれの町を見させてもらった。中央は外からも大勢の人が訪れているようで賑やかで結構、だがそれに比べ貧民街の廃れようはどう説明する?」

 先ほどまでとは打って変わって、凄まじいプレッシャー。それは責められている領主が一番感じていた。領主は震えあがりながらも、猫なで声でベルカに回答する。

「天帝様、彼らが貧しいのは、ひとえに彼らが働こうとしないからなのです。怠け者が相応の環境に身を置くことの何に不思議がありましょうや」

「白々しい! 貧民街の人間へ斡旋する仕事は過酷かつ低賃金に抑えるように、貧民街で自営する者は取り締まるように、おのれが指示を出しているのだろうが。すべては貧民街の人間を町から追い出すために」

「めっそうもございません! 私はコルバ郡主として民のことを第一に――」


「おのれのところの隊長が全て吐いたぞ。貧民街で起きた火事の真相もな。おのれが兵士に命じてやったのだと」

 調子よくまわっていた領主の舌はびたっと止まった。領主は顔面蒼白で、金縛りにでもあったかのように俯いている。

「今回のダンジョン攻略も、おのれは財宝を欲しいがために町や村から魔力レベルの高い者を無理やり徴兵した……あまつさえ、ダンジョンを侮り、何人もの犠牲をだした。

 おのれは自分の私利私欲のためなら、人の尊厳を、命を、平気で軽んじる男だ。そんなものが人の上に立つ領主の立場にいるなど笑止千万!

 おのれに領主の資格はない! 貯めこんだ汚い財産とともに地位を捨て、官憲の裁きを受けるがいい」

「そんな、どうかお慈悲を――」

 領主はベルカの足に縋り付いたが

「わかったのか!?」

 空気も震え上がるようなベルカの一喝に、領主は観念し、深々と頭を下げた。


 その瞬間、ベルカの背の天帝の紋(エンペレスト)がふっと消え、ベルカは頭を抑えてよろめいた。

「ベルカ様、大丈夫ですか!」

「ああ、なんか色々偉そうなこと口走っちまったな」

 喋っている間、ベルカには意識があった。しかし意志とは無関係に、次々と言葉が溢れてきた。まるで体だけを乗っ取られたみたいに。あれはいったい何だったのだろう。


「ベルカ、あんたねえ……っ!」

 リーヤが近づいてくる。そういえばまだ何も説明していなかった。

「どうよリーヤ、強くなった俺の感想は?」

 にやっとしたベルカの頭に、リーヤのげんこつが落ちた。

「危ないことしてるんじゃないわよ!」

 まさか怒られるとは思わず、ベルカは呆気にとられてしまった。

「あんなバケモノと戦うなんて、いや、そもそもダンジョンに一人で来るなんて何考えてんの!? あんたは死んだお父さんやお母さんの分まで長生きしなきゃいけないんでしょ!? 何が『お前を助けるために来た』よ、かっこつけて! あんた死んだら私は、私はねえ……っ!」

 そしてリーヤは堰を切ったように泣き出し、ベルカの胸に顔を埋めた。

「うええええんベルカぁ、無事でよかった、本当によかったよぅ……」

 ベルカはリーヤの頭をぽんぽんと叩いた。まったく、これのどこがお姉さんだか。いや、お姉さんぶってるからこそ、人一倍心配してくれていたのかもな。


「ゴホン!」

 エリエルがわざとらしく大きな咳をした。リーヤとベルカは思わずぴょんと離れた。


「ベルカ様、こちらをご覧ください」

 エリエルが見せたのは、巻物だった。藍色の表紙は金で縁取られ、軸の両先端には見たこともない水晶が取り付けられている。随分と豪奢な装丁だ。

「私の力で巻物を閉じている留め金をとろうとしたのですが、びくともせず。もしかしたら、これは古代宝具(アーティファクト)ではないのですか」


 エリエルがベルカに巻物を差し出す。すると、首にかけていた万象珞が淡く光りだして、ペンダントが宙に浮いた。ペンダントの先端は巻物の方へ向いている。まるで、開けろといわんばかりに。

 ベルカは巻物を手に取った。そしてエリエルが取れなかった留め金を、あっさりと外した。

 すると巻物がひとりでに開き、光を放ったかと思うと、宙に映像を映し出した。それは大陸全土の地図だった。


四海八紘図(しかいはっこうず)

 ベルカはふと呟いて、リーヤとエリエルの視線を受け、はっとした。

「いや、知ってたわけじゃない。ただこれを開いた瞬間、この言葉が急に頭に流れこんできたんだ」

「それがこの古代宝具(アーティファクト)の名前というわけですか。四海八紘図、これだけ見るとただの地図ですが……」


「ねえ、この星みたいなのは何よ?」

 リーヤに言われてみれば、たしかに地図のあちこちには小さな光の点が記されていた。そしてベルカ達がいると思われる場所には、点が3つ。

「もしかしてこれ、古代宝具(アーティファクト)の位置を示してるんじゃないか?」

「流石ですベルカ様、きっとそうですよ! これで次の目的地も決まりますね!」

「ちょっと、見つけたのは私なんだけど!?」


 そうしてやいのやいのやっていたせいで、周りの注目も集めてしまったからだろう。

 領主がいつの間にか消えていても、しばらく誰も気づかなかった。


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