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12/21

夜の宴

 その日の晩はベルカのために宴会が開かれた。広場には木製の円卓と椅子が並べられ、人々は大いに食べて飲み、盛り上がっていた。エルフは菜食主義者だと聞いていたが、卓には野鳥や野兎を使った料理もあり、噂は噂なのだなとベルカは思った。

 ベルカは、結婚式でいう主賓席の、一番真ん中に座らされていた。最初は断ったのだが、主役が目立たなくてどうするのかと長老に説得されてしまい、なし崩し的に席につくことになってしまった。


()()に触れたとき、夢の中で、天帝に会いましたよ、たぶん」

 ベルカは首にかけた万象珞を手に取って長老に言った。

「なんと――何かおっしゃってましたか?」

「自分の子孫が立派に育ってくれて嬉しい、と」

「するとベルカ様は天帝の末裔だったわけですか」

 長老はふふっと笑った。

「なんとなくそうかなとは思ってました。あなたって、天帝像の顔と雰囲気が似ていますもの」

「そ、そうですか?」

「自分じゃ気づかないものですよ。きっと古代宝具(アーティファクト)を扱う力も、天帝の血を引いている故でしょうね。しかも、あなたのご先祖様がこれまで古代宝具(アーティファクト)を使ったことがないということは、その力は順々ではなく、隔世遺伝したのかもしれません。なんとも神秘的ですね」

 

 ベルカは観念したように鼻から大きく息を吐いた。

「言っておきますけど、天帝の後を継いでこの世界を治めようだなんて、そんな気持ちは微塵もありませんからね! ふらふら旅して、困っている人が助けるだけです。好き勝手やらせてもらいますよ」

「それでいいんですよ、ベルカさん」

 長老は翡翠色の髪をなびかせながら優しく笑った。

「戦争が終わって百年。世界は平和を取り戻しましたが、魔物の襲撃、盗賊の跋扈、領主の悪政……見えないところで、たくさんの人が苦しんでいます。あなたはそれらの人々の心に、温かな光を灯してあげてください。小さなその積み重ねが、人々を導くことにつながるのです」

 ベルカは葡萄酒のジョッキを一気に飲み干した。北のシダリア産の逸品だとのことだったが、味はしなかった。


「ただ旅をするならばもう一つ、古代宝具(アーティファクト)の回収もあわせて行ってください。古代宝具(アーティファクト)の強大な力は、人々を助けるのにも、そしてやがて来る魔の脅威を打ち払うためにも、きっと必要になるはずです」

「それは、一体どこにあるんですか」

「残念ながらそこまでは……。他の部族の里で祀られているとも、国の宝物庫に保管されているとも、あるいは荒涼とした大地に置き去りにされているとも、限りません。

 ですのでまずは情報を集めるために、大きな町へ行くといいでしょう。図書館や酒場、冒険者ギルドなど、情報が集まる場所には事欠きませんから」


 このあたりで一番大きい町といえば、コルバ郡都レダニエ。

 リーヤが連れていかれた町だ。


「俺、明日の朝には出立します」

 長老は「まあ」と目を丸くした。

「そんな、もう少し英気を養ってからでもいいんですよ?」

 ベルカは首を横に振った。大変な使命を負ってしまったし今更兵隊になろうとは思わないが、リーヤに一目会うことはできるかもしれない。そう考えただけで気がはやった。


「エリエルにも世話になったな」

 村を助けてくれたことに改めてお礼を言おうとエリエルの方を向いた。しかしエリエルはぼーっとしていて、ベルカのことに気づいていない。よく見たら食事も全然進んでいなかった。

「エリエル?」

 再び声をかけて、ようやくエリエルははっとして「どうかしましたかベルカ様!?」と慌ただしく背をただした。


「何か悩み事でもあるのか?」

 エリエルは気まずそうに顔を俯かせた。

「いえ……ただ少し、別れを惜しんでいただけです。どうか気になさらず」

「えっ……」

 わずか数日の付き合いだったのに、俺のことをそこまで慕ってくれていたとは。いつも仏頂面だから全然そんな風に見えなかったけど、言葉にされると嬉しいものだ。

「エリエル……村を救ってくれた恩、俺は一生忘れない。俺は遠いところに旅立っちゃうけど、戻ってくることがあったら、真っ先にエリエルに顔を見せるよ」

 ベルカは瞳をうるませながら、エリエルに優しく声をかけた。

 顔を上げたエリエルは、なぜか怪訝な様子だ。

「いえ、ベルカ様ではなく、里の皆と別れる話なのですが」

「は?」

 思わず変な声がでた。

「全身全霊でお支えいたしますと、確かに申し上げましたよね」

「あれってずっとついてくるって意味だったの!?」

 ベルカは片手で顔を覆った。

「その、女性と二人旅っていうのは、やっぱよくないんじゃないかなあ!? そのつもりは勿論ない、ないけど何か間違いがあったらって、ご両親も心配されるんじゃないか!?」

 長老がぶふっと噴き出した。

「私はベルカ様のことを信頼しておりますよ、ええもちろん」

「えっ、じゃあ長老とエリエルって……」

 エリエルは首を横に振った。

「捨て子なんです、私。里の入り口に捨てられていたところを、長老が拾って育ててくださったんですよ」

 エリエルは淡々と語り始めた。


「見ての通り私はダークエルフです。エルフとダークエルフは同じエルフ種族でありながら反目しあってます。ですが、里の皆はそんな私を疎んだりせず、里の一員として接してくれました。別れが寂しくないとは申しません。ですが」

 若いダークエルフは、遠くを見つめていた視線を、ベルカへ戻した。

「それでも、私はあなたと旅をしたい。里の代表として、そして天帝を信奉する者として、あなたの力になりたいと思ったのです」

 長老がベルカの手に自分の手を重ねた。

「私からもお願いします。どうかこの子を、あなたの御傍に」

 それは里の長としてというよりも、母としての言葉に、ベルカは聞こえた。


「独りぼっちは心細いと思ってたんだ。これからもよろしく、エリエル」

 正直、これからの旅は不安だ。

 でもエリエルの初めて見せる屈託ない笑顔に、ベルカは何でも来いという気持ちになったのだった。


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