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万象珞の試練

 しばらく行くと砂利道が途切れ、そのまま林の中を少し歩くと、開けた場所にでた。そこには確かに何か建っていたのだろうが、下草に埋もれた石畳に、折れた石柱や瓦礫が残っているばかりで、原形をとどめていなかった。

 

 唯一、見慣れない形の構造物が、綺麗な状態で残っていた。四本の脚が生えたジョッキのような形の台座に、円盤がはまっているような見た目をしている。台座部分は石で作られたものだが、円盤の方は濃灰色に鈍く光る金属でできている。あれが長老の言っていた祭壇なのだろうか。


「では私は、ここでお待ちしております」

「んん?」

 ここまで来たのなら最後まで案内すればいいのに、急にどうしたのかと、ベルカはエリエルの顔を覗き込む。エリエルは、仏頂面を崩していないつもりなのだろうが、目が泳いでいた。

 

 一抹の不安を覚えながら、ベルカは構造物のもとへ一人で向かった。

 近くでよく見たら、円盤の中央には窪みができていて、ペンダントがはまっていた。エンドパーツには、金のメダルに天帝の紋(エンペレスト)を模った透かし細工が施されている。これもまた、村にあった天帝像が身に着けていたものにそっくりだ。

 ベルカは深呼吸して、ペンダントに触れた。

 

 途端に周囲を囲んでいた木々や茂みが消えたかと思うと、雑草だらけの地面が大理石の床に置き換わり、折れていたはずの石柱が整然と奥まで連なるように出現した。ステンドグラスの天井からはまぶしい光が降り注ぎ、辺りを虹色に彩っている。

 ベルカは言葉を失った。さっきまで、自分は森の中にいたというのに、この美しい場所は一体どこだ。

 足元には赤いカーペットが走っており、その先には段差が、さらにその先には豪奢な椅子が一脚。

 甲冑を着こんだ戦士が、肘をついて座っていた。日の光を鎧が反射し、白金色に輝いている。

 戦士はふいに立ち上がり、椅子に立てかけていた、濃灰色の長剣を掴んだ。

 

 刹那、その戦士の姿消えたかと思うほどの速さでベルカに詰め寄り、横薙ぎに剣を振った。ベルカは咄嗟に六宝剣を取り出して一撃を防いだ。あと一瞬遅れていたら、輪切りになっていたところだ。

「なにするんだよっ!?」

 剣撃を受け止めながらベルカは問いかけるが、戦士は答えず、サーリットに隠れた顔では、反応したかもわからない。ベルカが力任せに受け止めた相手の剣を押し返すと、六宝剣の刃から突風が噴き出し、戦士を吹き飛ばした。

 だが戦士は、全身が鎧に包まれているとは思えない軽やかな空中一回転で、難なく態勢を直したかと思えば、離れた場所から長剣を振り上げた。

 

 突如、剣が巨大化した。

 ベルカは身をひねり、振り下ろされた巨大な剣をすんでのところでかわした。剣は床を粉々に砕き、土埃を大量にあげた。

 そしてその砂ぼこりはベルカの姿を隠し、戦士にベルカを見失わせた。

 

 その隙にベルカは驚異的な速さで石柱の陰から陰へ移動し、戦士の背後をとっていた。

 六宝剣の刃が兜と鎧の間にある首の隙間に突き立てられようとする。

 しかし戦士は素早くそれをかわし、さらにベルカの返しの一撃を、大きさを戻した長剣で受け止めた。

 そのまま鍔ぜり合いになり、擦れる刃同士が火花を散らす。


「おまえは、古代宝具(アーティファクト)を手にして何を望む?」

 兜越しのくぐもった声がベルカに問う。

「この世の理も捻じ曲げかねない大いなる力の果てに、何を欲する? 富か、権力か、名声か」


 リーヤが連れ去られた日がフラッシュバックする。あのとき、俺に力があれば兵士を退けることができたかもしれない。

 俺だけじゃない。きっと世界の誰もが、抗えない大きな力によって、今もどこかで理不尽な目に遭い、そのたびに、自らの無力を呪うのだろう。

 そして俺はそんな姿を目の当たりにするたびに、あの日土砂降りの雨の中で泣き叫んだ自分を思い出すのだろう。

 それは、むかつくな。


「この世から理不尽を消す! 気に入らないもの、全部なくしてやる!!」


 相手の剣の力がふっと弱まり、前に倒れそうになったベルカは慌てて態勢を直した。

 目線を外した間に、戦士は構えをとき、ベルカにむけて片手を差し出していた。

 その手の平には、さっき円盤にはまっていたペンダントが、乗せられていた。


「ならば、この万象珞(ばんしょうらく)はおまえの力となるだろう」

 ベルカがおそるおそるそれを受け取ると、周囲の景色が白みはじめ、戦士の体も消えるようにだんだんと薄くなっていった。

 戦士が兜を外した。


「えっ……」

 その顔は、天帝像のものとそっくりだった。

「私の子孫が立派に育ってくれたこと、心より嬉しく思う」

 

 そして視界は真っ白になり、気づいたときには、ベルカは元いた場所で立ち尽くしていた。

「幻、だったのか……?」

 よく見ると、さっきまで見ていた幻の景色に、この跡地はどことなく似ている気がする。きっとあれが、かつての姿だったのだろう。あれも、古代宝具(アーティファクト)の力だったのだろうか。

 

 そこでベルカは自分の手を見てはっとした。いつの間にか、幻の中で戦士が万象珞と呼んでいたペンダントが、円盤の窪みではなく自分の手に収まっていた。


「おめでとうございます、ベルカ様」

 エリエルが傍に寄ってきて言った。

「さあ、早く戻りましょう。皆お待ちしていますよ」

 そんなに祭りの道具が欲しかったのか? とベルカは疑問に思ったが、深く追及はしなかった。

 離れる直前、頑張れよ、と声が聞こえた気がしてベルカは振り向いたが、穏やかな風が野花を優しく揺らしているだけだった。


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