捕縛
馬車の中、話をしているのはほとんどベネット公爵だった。
たまに応じているのが、アレクと泰基だ。
雑談と言っていい話だったが、ベネット公爵が何かを思い出したように顔をしかめた。
「忘れておりました。――勇者様、殿下。北の三国が、魔王軍に滅ぼされました」
馬車の中に驚愕が走った。
が、すぐにアレクが落ち着きを取り戻す。
「……魔王の誕生から二ヶ月で、三国とも落ちたのか。早いな」
「ええ。あとはルバドール帝国頼みですね」
そうも言っていられないんだよ、とアレクは心の中でつぶやく。
どうしても、魔族が入り込んでいた事は、報告せざるを得ない。
それだけ伝えたら、リィカと合流してさっさとここを出て行く。
北の三国が落ちた。
のんびりしていられない理由ができたのは、好都合だ。
※ ※ ※
北の三国、と言われているのは、ルバドール帝国の北にできた、三つの国のことだ。
魔王が誕生し、魔王軍が南下して攻めてくると、ルバドール帝国よりも魔国に近い北にある国は、滅ぼされる事がほとんどだ。
それは分かっているだろうに、気付けば、北に新しい国が毎回のようにできるらしい。
その北の国々が長く持ちこたえられるほど、ルバドール帝国の負担は少なく済むが、今回は早かった。
(もしかして、魔族が入り込んで、内部から滅ぼされた……?)
その可能性に思い至って、アレクは顔をしかめた。
※ ※ ※
リィカは遠ざかっていく馬車を見て呼吸を整えた。
あの馬車に掲げられていた紋章を見て、まさかと思った。
手が震えるのを、押さえられなかった。
アレクたちの会話は聞こえていた。
あの男の放つ言葉が恐ろしくて、後ずさりしてしまった。
結果としては、それで良かった。
一人で残されたが、怖くて王宮になど行けるものではなかった。
動揺していたリィカは、気付くのが遅れた。
リィカの目の前に、兵士らしい服に身を包んだ男が立つ。
「え…………っが……ガハッ……!」
疑問に思う間もなく、突然、その兵士の男が、鞘に入ったままの剣で、腹部を殴ってきた。
溜まらず、うずくまるリィカは、そこで自分が兵士に囲まれていることに気付く。
別の兵士が、やはり剣を鞘ごと振り上げる。
「――――――っ!」
首の後ろを強打され、あまりの痛みに悲鳴すら上げられない。
気を失わないようにするので、精一杯だった。
「……ほう。今のでも意識を保つか。旅に同道するだけあって、平民にしてはマシか」
リィカの正面にいる、最初に腹部を殴ってきた男がしゃべった。
「その顔と体で、勇者様や殿下方をたらし込んだんだろうが、我が国ではそんな女を自由にはさせぬ。――捕らえろ」
「……な……に……」
痛みで何を言われたか、理解できない。
だが、男の指示で、兵士たちがリィカに近寄る。
荷物も剣も取られ、両腕を後ろに取られて、拘束された。
それに驚く間もなく、身体を抱えられ、馬の背にうつ伏せに乗せられる。
「……………っぐ……!」
最初に殴られた腹部が圧迫され、思わずリィカは呻いてしまう。
が、兵士たちが、それを気にすることはなかった。
「帰還する」
リーダーの指示で走り出した馬の背で、リィカはさらに痛む部分が圧迫される。
歯を食いしばって耐える以外、できることはなかった。




