確信
暁斗、幼児化します(笑)。
リィカの伸ばした手が、暁斗の頭に置かれた。
そして、手がそのまま後頭部に移動していくのを感じて、暁斗はくすぐったい気持ちになる。
父の、ぐしゃぐしゃ撫でる手とは全然違う、優しい手つき。
すごく恥ずかしいけど、でも、どうしようもなく、嬉しい。
「――これで、いい? 暁斗」
「もう少し、撫でて」
おねだりすれば、また手が優しく動く。
(母さんの手も、こんな風に優しかったのかな)
もしそうなら、もう二度と母のことをキライだなどと言えない。
『成功したら、頭を撫でてほしい』
暁斗は、リィカにそうお願いをしていた。
どうして、そう思ったのかは分からない。
でも、優しいリィカに、母の姿を重ねてしまったリィカに、何となく甘えたいという気持ちはあった。
その気持ちが、もしかしたら、父がリィカに指輪を渡したのを見て、高まったかもしれない。
男性から女性に送る指輪と言われて、真っ先に出てくるイメージは、エンゲージリングだ。だから、どうしても、特別な意味を感じてしまう。
父が渡したのは指輪じゃなくて、魔道具だ。だから、そこに特別な意味はないはずだ。
それでも、高まった気持ちは、どうすることもできなかった。
教えて、と頼めば、引き受けてくれた。
自分のやりたいことを後回しにして、自分を優先してくれた。
怒っても、見捨てる様子もなく、頑張れと言われて、嬉しかった。
最後まで、ちゃんと付き合ってくれた。
他の誰かから聞いた話じゃなく、夢の中の母親じゃなく、自分が何となく抱いていた、母親のイメージ。
こういう人だったら良いな、と思っていた母のイメージに、リィカは、合いすぎるくらいに合っていた。
同い年なのに、変なのは分かってる。
でも、本当にリィカが前世の記憶を持っていたら、精神面ではきっとずっと、自分より年上だから。
(もう少しだけ)
その手の優しさに、浸かっていたい。
暁斗が何も言わないからだろう。リィカはずっと頭をなで続けていた。
少しうつむいた暁斗の顔は、恥ずかしそうで、でも嬉しそうに口元が綻んでいる。
そんな二人を、泰基は呆然と見ていた。
何かを言おうと口を開いて、でも結局何を言いたいのか分からない。
やがて、暁斗が、頭を撫でていたリィカの手を取った。
「――ありがと、リィカ」
照れくさそうに笑った暁斗の顔は、見たことがあるようで、初めて見る表情だった。
(ああ、そうか。あの表情は……)
まだ剣道を習い始めたばかりの頃。
子供の剣道大会に出場したとき。
余所の子たちは、両親そろって応援に来ているところが多かった。
勝って両親のところに戻って、父親に褒められると、笑いながら得意げな顔を浮かべる。
暁斗も、そんな顔はたくさん見せていた。
でも、母親に褒められた時の子供の顔は、ちょうどあんな照れくさそうな顔だった。
(どこまで、気付いているんだろうか)
暁斗は、凪沙を知らない。
だから、自分が気付いた、凪沙の表情とか仕草とか、そういうもので気付けるはずもない。
それでも、きっと何かを感じてる。
(もう、確信がないとかは、無しだな)
間違いない。リィカは、凪沙だ。
暁斗の頭を撫でる手が、顔つきが、完全に凪沙だった。
(まずは、リィカと話そう)
この馬車での移動中は無理だろうが、モルタナに到着すれば、二人で話せるチャンスもあるだろう。
そこからスタートだ。
――しかし、そんな泰基の覚悟とは裏腹に、モルタナで話のできるチャンスが巡ってこないことを、今はまだ知らなかった。




