スチームバースト
宿の裏庭で、ユーリとリィカが、泰基に教わりながら剣を振っているのを、バルは見ていた。
アレクも同じく見ているが、視線がリィカにだけ向いているのが分かって、苦笑を漏らす。
昨晩、部屋でアレクに聞かれた。
「なんで、無詠唱じゃないと魔道具が作れないのか」
「義姉上の魔道具を作ったという神官、実は無詠唱を使えたのか」
と。
バルとユーリは、顔を見合わせてから、全部を説明した。
聞いたアレクの反応は「そうか」の一言。
それ以上、なんの反応も見せないので正直心配もしたが、今のこの様子を見る限り、大丈夫そうだ。
二人の剣の振りは、まだまだだ。
どこがどうおかしいのか、と聞かれても、バルには分からない。
しかし、泰基がアドバイスすると、明らかに二人の動きが良くなる。
アルカトルの王宮にいるとき、泰基が教えて、動きの良くなった王太子殿下を見て、父である騎士団長も驚いていた。
副団長のヒューズとともに、かなり本気で、泰基を騎士団の指南役にしたい、と考えていたようだ。
伸び悩んでいる騎士や兵士は、それなりに多い。泰基が教えれば、もしかしたら改善されるかもしれない、と考えたのは当たり前だと思う。
「身体の動かし方ができていない人に、ただ剣を持たせて振らせても、何の意味もない。どう動かせばいいのかを教えないとな」
王太子殿下に教えた時、泰基はアレクにそう言ったらしい。
しかし、バルは自分がそんな事を教えてもらったことはないし、アレクも同じだろう。
自分たちは、ただ剣を持って振ってきただけだ。
指南役に、と望んだ父たちの気持ちは分かる。
けれど、泰基の、そして暁斗の望みは、元いた世界への帰還だ。
この世界に縛り付けるような事はしたくない。
だから、せめて、どうやって教えているのか、それを学びたいとバルは考えていた。
「ここまでにしておくか」
泰基の言葉で、リィカとユーリが座り込む。
馬車で移動できるからと、今までより時間が長かった。
「《回復》」
唱えたリィカが、内心であれ、と思い、ユーリも「あれ」とつぶやく。
「……なんか、すごく魔法使いやすくなった」
「……見ただけで、魔力の流れが見えたんですけど」
お互いにつぶやいて、視線を合わせる。
「……ユーリ、チェンジで」
「ええ、そうしましょう。――《回復》」
今度はユーリが魔法を唱えて、確かに、と思う。魔法が使いやすいというか、魔力の動きが良い、と言った方が正確だろうか。
「うわあ、本当だ。見ただけで魔力の流れが分かる」
リィカの感動した声が響く。
「俺も確かに、見ただけで分かるな」
泰基もそれに同意する。
アレクとバルが、なんだなんだと寄ってきた。
「……つまり、今までみたいに、いちいち手に触ったりしなくても、魔力の流れが分かるってことか?」
話を聞いて確認するアレクの表情は、微妙に嬉しそうだ。
魔力の流れを見る、という名目で、リィカが手を取ったり取られたりしていたことに、焼き餅を焼いていた事を知っているバルは、小さく苦笑を漏らす。
「何で急にそうなった?」
バルの質問は、当たり前と言えば当たり前だろう。
とはいっても、心当たりは、一つだけだ。
「魔道具作り、かなぁ。かなり集中して魔力を動かすから」
言いながら自分の手を見ていたリィカは、何かに気付いたように立ちあがり、周りを見渡し始めた。が、すぐにションボリする。
「……ここじゃ無理かぁ。街を出てから、良さそうな場所を探そうかな」
「どうしたんだ?」
「混成魔法、使えるような気がしたの。それで、魔法の的になるようなものがないかな、って思ったんだけど」
アレクに答えたリィカの言うように、ここは少し開けた空間になっているだけの場所だ。
下手に使えば、宿や回りの建物に影響がでる。
けれど、リィカの使える混成魔法は、《熱湯》だけ。
ただ熱湯を出すだけの魔法なのだから、的はいらないだろう、とアレクが考えていたら、ユーリが、もしかして、と声を上げた。
「もう一つの混成魔法ですか? 《熱湯》を攻撃用に発展させたという……」
頷くリィカに驚く一同だが、ユーリの表情は面白そうだ。
「では、僕にどうぞ、リィカ。全力で《結界》張りますから、遠慮なく」
一瞬ギョッとしたリィカだが、すぐに面白そうに頷いた。
「分かった。じゃあ、お言葉に甘えて。《結界》壊しちゃっても、文句言わないでね」
「やれるものでしたら、どうぞ」
後衛組二人がいきなり盛り上がり出した。
そこに、暁斗が近寄ってくる。
「みんな、朝ご飯だって……、あれ、どうしたの?」
「……どうしたんだろうな」
困惑している周囲をよそに、リィカとユーリは向かい合う。
《結界》を張ったユーリは、リィカに挑戦的な目を向ける。
その視線を受け止めて、リィカは右手を前に出して、魔法を唱えた。
「《水蒸気爆発》!」
高温の水蒸気がユーリに向かい、《結界》に接触した瞬間に、大爆発を起こす。
「お、おい?」
「マジかよ……」
アレクが慌てて声を上げ、バルが呆然とつぶやく。
泰基と暁斗は声もなく、爆発が収まれば、そこには、かろうじて《結界》の残ったユーリの姿があった。
「あ、壊せなかった」
「いや、壊れてたら大変な事になってただろ、これ」
リィカの言葉に、泰基は思わず突っ込みを入れた。壊れてたら、ユーリは大怪我程度で済まなかったはずだ。
だが。
「僕の勝ちですね、リィカ!」
「……勝ち負けの問題じゃないだろ」
高らかに勝利宣言をするユーリと、悔しそうなリィカに、泰基は頭痛を感じて、頭を押さえた。




