リィカと、アレクとユーリの出会い
アレクの脳裏に、一人の少女の姿が浮かんだ。入学式の前と、素振りをしているときに遭遇した女の子。その女の子とダスティンの言った姿が、ピッタリと重なる。
「おいシス、どうした? まさかって、一体何だ?」
驚いているアレクに、ダスティンも驚いている。それだけではなく、何かを恐れているような表情もあって、それをアレクは疑問に思うが、まずは自分のことを口にした。
「おそらく、その女の子と会ったことがあると思うんです」
「会ったっ!?」
「はい。多分、二回」
「二回もっ!?」
ダスティンがいちいち大声を上げる。顔色が悪い。もしかしたらダスティン自身も何か知っているんだろうかと思いつつ、さらにアレクは続けた。
「最初に会ったときは、短いながら普通に話をしたんですが、二度目は話しかけている途中で、背中を向けて去っていきまして……」
「ああああああっ! やっぱりか、あいつは! 本当に、誰に何をやらかしてるんだっ!」
アレクの話の途中で、ダスティンが叫んだ。頭を抱えている姿に、それをあの少女がやったのが、アレク一人ではないことが分かる。
「他に誰に?」
「……お前の兄君だよ。王太子アークバルト殿下。何も話は聞いてないのか?」
思わぬ名前が出てきたなと思う。
「兄上は特に何も言ってませんでしたが」
「……そうか。怒ってないといいなとは思うんだが」
そしてダスティンが話した内容に、アレクは苦笑するしかなかった。
間違って貴族校舎に入り込み、そこでアークバルトに声をかけられた。しかし、貴族と話をすることさえ怖がったその女の子は、そのまま逃げ出した。そして、後になってからダスティンへ相談があった。
「その程度、気にする兄上ではないので、大丈夫ですよ」
「……まぁここまで何もなかったんだから、問題ないんだろうと判断はしていたけどな」
ダスティンが大きなため息をついた。先生という職業は大変なんだと、アレクは他人事のように考える。
二度目の出会い、あの時の女の子の目には、間違いなく恐怖があった。それがあったから、アレクも無理に呼び止めなかった。
正直に言えば、横柄な貴族と同じだと思われるのは不本意極まりないのだが、そういう貴族が多いことは否定できない。となると、あの女の子もそういう貴族を知っているのだろうと思えば、無理にどうこうしようとは思えなかった。
しかしそうなると、気になるのはダスティンがユーリに出した条件のことだ。
「ダスティン先生、もしかして僕に出した条件って、そのリィカ嬢が僕に会っても逃げ出す可能性があるから、ということですか?」
やや憮然としたユーリが言ったことに、アレクも頷いた。「どんな行動しようと、一切お咎めなしとすること」とは、一体どういうことかと思ったのだが、ここまで話を聞くと理解出来てしまう。
「ああ、そうだ」
「逃げられたら、話も出来ないじゃないですか」
「それでもカウント一回だからな」
あっさり言い切られて、ユーリは不満顔だが、条件を了承してしまった以上は、もう諦めるしかない。
「俺も最初のときは話が出来たから、絶対不可能ではないんじゃないか?」
「そもそも、なぜ最初は話が出来たんですか?」
「そんなの知るか」
あえて言うなら、最初は相手が貴族だなどと考えもしていなかったんじゃないか、と推測はできる。だから、何も考えずに普通に話をした。
という考えをアレクが口にしたら、ユーリがむくれた。
「つまり、もう話は出来ないってことじゃないですか?」
「そんなことを言われてもな……」
言われたところで、アレクにもどうすることも出来ない。ダスティンを見ると、視線を逸らされた。
「当たって砕けるしかないんじゃねぇの?」
「バルまで! 少しはフォローしようとかないんですか!」
ユーリが怒った。
「もういいです! 絶対に話を聞き出しますから!」
「……少しは表情を穏やかにしていけよ」
そんなに目をつり上げていたら、誰だって逃げる。そうアレクが言ったら、ユーリの目はさらにつり上がったのだった。
※ ※ ※
そんな話をした後、平民用の校舎へ戻ったダスティンは、半泣きのリィカに駆け寄ってこられて、動揺を隠せなかった。
ユーリのために、一言くらいリィカに伝えようかとも思ったのだ。「会いに来るから話をしてやってほしい」と言いたかったのだが、それが言える雰囲気ではなかった。
「どうしたもんか……」
長くため息をついたのだった。
※ ※ ※
その日の放課後。
いつものように魔法の練習をしようと思ったリィカは、誰かが自分に近づいてくるのに気付いた。誰だろうと思ってその人の顔を見たリィカは、一気に血の気が引いた。
(ユーリッヒ様だよねっ!?)
絵姿で見た顔。そして、自分が中間期テストで一位を奪い取ってしまった人だ。もしかしたら自分に用事があるわけではないかもしれない、と淡い希望を抱いたものの、視線は明らかにリィカに向いている。
(先生っ、全然大丈夫じゃないですっ!)
この場にいないダスティンに文句を言うが、それで状況は改善しない。どうしようと悩んで、結局気付けばリィカは逃げ出していた。
※ ※ ※
「やっぱり駄目か」
その様子を少し離れた場所から見ていたダスティンは、そうつぶやいた。
場合によっては、間に入って話を取り持とうと思ったのだが、それ以前の問題だ。リィカの、貴族への恐怖心は相当だ。ここで強引に話をさせるのが良いこととは思えなかった。落ち込んだ様子のユーリには悪いとは思うが、ここは我慢してもらおうと決める。
「だがこれは、今後苦労しそうだぞ」
ユーリを抜いての、魔法の実技一位。そんな成績を出しておいて、貴族たちが黙っているはずがない。学園在籍中はともかく、卒業後は間違いなく貴族たちからの引く手あまたとなる。そのとき、リィカの恐怖心がそのまま残っていたとしたら、果たしてどうなるのか。
急遽、特例で入学が決まったリィカ。どんな子かと身構えていたが、素直ないい子で安心していた。魔法にのめり込みすぎているところはあるが、真面目に勉強にも取り組んでいる。常識外れな魔法だけは問題だと思っていたのだが、それ以上に貴族への恐怖心の方が問題だ。
(今はまだ、様子見だな)
クレールム村にいたときに何かがあったのだろうと思うが、それが何かは分からない。ただ、今はまだ踏み込む時期ではないだろう。
学園生活の中で少しでも慣れていってくれることを、祈るしかなかった。




