アレクとバルとユーリ
ダスティンは、学園の教師業と兼業で「冒険者」をやっている。
冒険者とは、「冒険者ギルド」と呼ばれるギルドに登録している人のことを指す。だから、実際に「冒険」しているかどうかは関係がない。街中で仕事をしているだけでも、冒険者ギルドに登録していれば、立派な「冒険者」だ。
冒険者が行う仕事は多岐にわたるが、一番求められるのは魔物の討伐だ。こまめに倒していかなければ、魔物の数はあっという間に増えていく。軍が出ることもあるが、軍の仕事は他にもあるから、魔物討伐のためだけに常に人員を確保しておけない。そのための冒険者という職業だ。
はっきり言えば、命がけの仕事である。それを、教師という安全で安定した職業に就きながらも続けている理由は、気分転換というか憂さ晴らしというか、そんな感じである。ムカつく貴族の教師や生徒たちへの鬱憤を、魔物で晴らしているのだ。
そんなダスティンがアレクシスたち三人に会ったのは、彼らが十二歳の頃。初めての魔物との戦いに怯えている彼らを助けた、そこからの付き合いだ。もっとも、あの頃は三人がこんな大層な身分であったことなど、欠片も思わなかったのだが。
「……ったくなぁ。今年は王族やら何やら有名な奴が入ってくるから、顔と名前は一致させておけって言われて渡された絵姿に、お前ら三人が入ってたんだ。俺がどんだけ驚いたか、知らないだろ」
そう言うと、三人とも苦笑を浮かべた。あの頃の彼らに、自分が教師をやっていることを話したことがある。そのときに困ったような顔を見せたので気になっていたのだが、つまり身分がバレてしまうことを気にしていたのだろう。
だが今はその話はいい。ダスティンは本題に移ることにした。
「さて、ユーリ。さっきのはどういうことだ? 知ってるよな? 平民クラスの生徒の情報は教えられないぞ」
同じように話していい、ということは呼び名もそれでいいはず。そう思って、ダスティンは遠慮なく名前を呼び捨てにした。
そんなことを思いつつも、向ける目は厳しい。しかしユーリはしっかりその目を見返した。
「分かっています。それでも、先生からの信頼があれば教えて頂けるはずですよね」
そう、それがたった一つの例外だ。
貴族には秘匿される平民の情報だが、教師からの信頼を得て、情報を悪用することはないと判断されれば、教えることもできる。
だが、そう簡単に情報の開示はしない。こうして話す場を設けたからといって、リィカの情報を教えることと同じではないのだ。
とは言っても、ダスティンに直接聞いてきたことは悪くない。貴族クラスの教師は、そもそも情報開示の権限がない。それがあるのは平民クラスの教師、しかも自らが担当している生徒たちのみ。つまり、リィカに関しての情報開示の権限を握っているのは、ダスティン一人だ。
誰がそんな権限を持っているのかなどを知っているのは、学園の教師のみ。たとえ王族でも知りはしないだろうが。
ユーリが真剣な表情で、話を続ける。
「僕はずいぶん実力を上げたと思っています。一位を取れる自信もありました。けれど二位でした。――どんな子なのか、どんな魔法を使うのかを知りたいんです」
正直、気持ちは分かる。貴族クラスの教師たちは、ユーリが一位を取れなかったことに驚いていた。本人も、それだけの実力があると思っていたのだろう。そこを上回る生徒が現れれば、知りたいと思う気持ちは理解できる。
だがそれでも、ダスティンの脳裏にリィカの姿が浮かぶと、それを教えるのは躊躇いが先に出る。
「いいかユーリ、あいつは魔法使いでお前は神官だ。同じ魔法を使うって言っても、分野が違う。そりゃあテストじゃ一緒にされちまうが、比べたところで意味がないだろう?」
「僕にとっては、意味のあることです」
全く引く様子がなく、ダスティンは困る一方だ。
「あいつは常識外れだ。意識すると、失敗するのはユーリだぞ」
「常識外れ?」
ユーリが問うように言葉を返すと、ダスティンはため息をついた。
「できればそれで納得してくれ。それ以上説明しようとすれば、教えるしかなくなるんだ」
「でしたら、教えて下さい」
間髪入れずに言ったユーリに、ダスティンの目が揺れた。
「本当にリィカのことは気にするな。別にユーリが弱いわけじゃないんだ。あいつがおかしいだけ。下手に教えて、ユーリが駄目になってしまう方が怖い」
「……そこまで言いますか」
ユーリがここでようやく迷いを見せたことに、ダスティンは安堵する。
実力がある人間が、さらに上位の人間を意識した結果、無理をして体や心を壊してしまうという話は、そんなに珍しくもない話だ。下手にリィカの情報を教えれば、ユーリもそうなる可能性が高い気がするのだ。
このまま納得してほしい。そんなダスティンの気持ちに、しかしユーリは言った。
「――それでも、教えてほしいです」
そう言われて、ダスティンはため息をついた。これはもう無理だなと思う。その一方で、これまで黙っていた二人が口を開いた。
「ユーリ、やめた方がいいんじゃないか?」
「そうだぞ。先生がそこまで言うんだ。やめとけ」
アレクシスとバルムートだ。話を聞いて、二人とも不安になったのだろう。だが、ユーリは笑った。
「そうやって心配してくれるんですから、アレクもバルも、僕が失敗しそうになれば止めてくれるでしょう?」
「もちろん止めるが、そもそもだな」
「んな危ねぇことをするなっつう話だろうが」
三人のやり取りを聞きながら、ダスティンはほんのり笑みを浮かべた。相変わらずだなと思う。本当にお互いに良い関係を築いている。あの頃と変わらない。
(――いや、呼び方は違うか。アレク、ね)
バルとユーリはそのままだが、あの頃のアレクシスは「シス」と名乗っていた。さすがに身分バレの警戒くらいはしていたようだ。
そんなことを思っている間も、ユーリは話を続けている。
「それで諦められるなら、話を聞こうとは思いませんよ。二人だって、騎士団長にいくら負けたって諦めなかったじゃないですか」
「それとこれは話が違うだろう」
「そもそも、親父は最初から別次元だぞ。負けること前提だったんだ」
「では、僕もそう思っていれば問題ないということですね」
ユーリがにっこり笑うと、アレクもバルも口を噤んだ。一番口が達者だったのは、そういえばユーリだったなと、ダスティンは思い出す。
(にしても「親父」とはなぁ)
バルの、騎士団長である父親の呼び方に、内心で思う。このアルカトル王国建国から続く、由緒ある侯爵家。その跡取りであるバルが、父親をまるで平民のような呼び方で呼ぶとは思わなかった。
「では、アレクもバルも納得したところで。ダスティン先生、教えて下さい。常識外れの、僕の知らない魔法の何かがあるのなら、それを知りたいです」
二人のジト目を見る限り、ちっとも納得していなそうだが、ダスティンと同じく諦めたのだろう。何も口出ししない。
「分かった、教えるよ。ただ、知ったところでできるものじゃないっていうのは、覚えておけよ」
むしろ簡単に真似できるのなら、すでにユーリ自身が出来るようになっていただろう。リィカの「なんでできないの?」という方がおかしいのだ。
満足そうに笑うユーリを見ながら、ダスティンは口を開く。そして、「リィカが無詠唱で魔法を使う」ことを告げた。
「………………」
反応は無言。三人ともだ。やはりそうかと思いながら、ダスティンはそのまま様子を見る。
「……無詠唱?」
ややしばらくしてユーリが言ったが、やはり呆然としている。
「そうだ、あいつは詠唱しないで魔法を使う。――だから言っただろ、おかしいのはあいつの方だ。意識すれば失敗する」
「い、いやそれは、いやでも……」
ユーリが混乱している。それが分かって、ダスティンはしばらく様子を見ることにした。
魔法を使うためには、詠唱をして魔法名を唱えて発動させなければならない。それが常識だ。詠唱を省略するなど考えたこともないだろう。魔法の実技テストは魔法発動までの時間も内容に含まれる。それをゼロにされてしまえば、敵うわけがない。
あえて言うのであれば、習得した魔法は中級魔法までで、上級魔法と支援魔法はまだだ。だが、本格的な魔法の勉強は学園への入学後。たった数ヶ月でそこまで習得してしまったこと自体が驚きだ。
やがて、多少は立ち直ったのか、ユーリが顔を上げた。
「先生、その子に会って話を聞いてみたいんですけど、いいでしょうか?」
「……言われるとは思ったけどな」
予想通りなのだが、正直言ってほしくない内容でもある。なぜかと言われれば、王太子と遭遇したときと同じ行動をやらかすんじゃないか、という疑惑が抜けないからだ。
「……そうだな。なら条件づきで許可する」
少し考えて、そう切り出した。
「まず、シスとバルはここで話を聞くだけだ」
つい、慣れた「シス」の名が口が出た。マズかったかと思ったが、アレクの表情は変わらない。二人が頷くのを確認してから続ける。
「ユーリは一度だけ会いにいっていいが、その時にあいつがどんな行動しようと、一切お咎めなしとすること。――その条件で良ければ許可する」
「……?」
ユーリが疑問を浮かべた。アレクもバルも同様だ。だが、その条件の理由について話すつもりはない。この条件で良いかどうか、それだけだ。
少し考えた様子のユーリだが、すぐ頷いた。
「分かりました、その条件を受け入れます。その子の外見の特徴を伺いたいんですが」
「……ああ、まあそうだよな」
ここまで話してそれを言わない理由はない。ないのだが、どうしても躊躇ってしまう。だが、条件を守ってくれると信頼しているからこそ、ダスティンは話をしたのだ。であれば、あとは信じるだけ。
「リィカは、明るい栗色の髪が緩くウェーブがかかってる。目の色も同じだな。とにかく見た目が可愛い奴だから、一目見りゃ分かると思う」
ダスティンの言葉にユーリが頷く。だが、ここで思わぬ反応を見せたのが、アレクだった。大きく目を見開いて、「まさか」とその口が動いたのだ。




