デート
「次はどうしようか」
手をつながれたまま、アレクに言われて、リィカは口ごもった。
次も何も。
「……剣を見るだけじゃないの?」
「せっかくだから、もっとリィカといたい」
言われて、立ち止まる。
アレクの気持ちは、確かにあの時に聞いた。
はっきり言えば、昨日指先にキスをされるまで、すっかり忘れきっていたが。
相手は王子だ。その事実一つがあるだけで、リィカの思考はそこで止まる。
「リィカ?」
「……どうして」
ポツリと一言。しかし、アレクは困ったように笑った。
視界の端に、食事処が目に入る。
「こんな道ばたで話すのもなんだから、食事でもしながら話そう」
手を引かれながら、リィカはアレクの背中を見つめた。
アレクは、食事に誘うことに結果的に成功していることに気付いて、顔が崩れるのを必死に堪えていた。
「リィカのどうしては、何に対しての疑問だ?」
食事を頼んで届くまでの間、話を始める。
何を聞きたいのか、いくつか候補はあるが、リィカの気に掛かっているのがどれかは分からない。
「……………アレクは、王子様でしょ」
「そこか」
アレクは苦笑だ。
聞かれたところで、どうすることもできない部分だ。
「王子だろうと平民だろうと、関係ないさ。たまたま俺が王子で、リィカは平民だというだけだ」
リィカは、うつむいて何も話さない。
「……例えば、これが婚約だとか結婚だとか、そういう話になると、身分を気にしなければいけなくなるだろうけど、俺は現状そこまでは考えられていない。こうして旅をしているせいだろうけど、自分が王子だっていうことを忘れてしまいそうになる」
むしろこうやって自由にやっていたほうが、性に合っている気がする、とアレクは笑う。
「本当は、言うつもりはなかったんだ。……まあ何というか、リィカのあの格好に耐えきれなくなったから、というのが言ってしまった理由なんだが」
「……………あれは、忘れて」
「今になってそんな事を言うなら、さっさと服を着て欲しかった」
リィカが唇を尖らせつつ、反論した。
「……だってあの時は本当に、アレクが死んじゃうんじゃないかって、いっぱいいっぱいだったから」
「そうだよな。本当に助かったよ」
「元々助けてもらったのは、わたしの方だよ」
アレクは笑って口を開こうとして、食事が届いたので、一度会話を止める。
食べながら、話を再開した。
「理由が何だろうと言ってしまったものは消せないし、だったらもう開き直ろうと思った。――身分のこともあるし、将来どうなるかなんて分からない。でも、少なくとも今は、この旅の間は、身分を気にする必要はない。
だから、素直に気持ちをぶつけてみようと思った。とはいっても、俺も初めての経験だから、どうすればいいのかがよく分かってないんだが。でも、多少はリィカに意識してもらえているようで、嬉しいけどな」
リィカの顔が赤く染まる。
うつむいてしまったが、顔は丸見えだ。
自分を意識してそうなっていると思うと、アレクは嬉しくなる。
「……アレクには婚約者とかいないんだよね」
「ああ。作る必要もなかったしな。昔、俺を王太子にしようという一派もいたから、難しかったというのもあるかもな」
リィカは不思議そうに顔を傾げた。
「アレク、王太子になりたかったの?」
「何でそうなるんだよ。なりたいわけ、ないだろう。父上が朝早くから夜遅くまで仕事をしているのを知っているよ。国王ってさ、本当に大変な仕事だよ。俺じゃ無理。まずやる気がない」
そう話すアレクの顔は、どこか父親を案じているような顔だ。
リィカは、ほとんど国王に会ったことはなく……というか、そもそも怖いから会わなくて全然良かったのだが、どんな親子関係かは知らない。
でもきっと、アレクは父親の事が好きなんだろうな、と思う。
「俺の話は別にいいんだよ。他に聞きたいことはないか? この際だから、全部答えるぞ」
少しリィカは怯んだように見えるが、すぐに口を開いた。
「……えと、なんでわたし、なのかな」
「好きになった理由、ということか?」
「……恥ずかしいから、聞き直さないで」
そう言われても、とアレクは思うが、またも真っ赤な顔をしているリィカを見て、これ以上の突っ込みはやめておく。
その代わりに、質問に答えるべく、頭を悩ませる。
なぜと聞かれると、難しい。
「……多分、最初は一目惚れ、だと思う。義姉上を守って戦っている姿が……いや、魔法を使っている姿か? 魔物の群れを突破しようとしているときに、リィカの姿が目に入って、こう、綺麗だな、と思ったんだ」
あの時を思い出しつつ、遠い目をしているアレクは、目の前のリィカがさらに真っ赤になっていることに気付かない。
「後は、正直俺もよく分からないな。犀からリィカを守って身体を引き寄せたとき、何というか、すごく心地よく感じた、というか……」
「――分かった! 分かったから、もういい!!」
リィカの叫び声に、意識を戻してみれば、その顔の赤さに思わず笑った。
「リィカが聞いたんじゃないか」
「……聞かなきゃ良かったって思ってる」
小さくつぶやいて、うつむいた。
食事を終えて外に出ると、またアレクは手を差し出した。
「もう少し、付き合ってくれ」
少し悩む。一つ、気がかりなことを確認する。
「……昨日、目覚めたばかりでしょ。体、大丈夫なの?」
「一晩寝たらすっかり回復したぞ。出歩いてみるまでは分からなかったが、この調子なら問題ない。明日にも旅立てるくらいだ」
さらに悩んでから、初めてリィカからアレクに手を伸ばした。
「ありがとう」
アレクが見せた本当に嬉しそうな顔に、リィカは目を見張った。
――つながれた手が、何だかすごく恥ずかしい。
次の話で、二章は終了です。




