7.リィカ⑦―1年後
貴族の方々に遭遇しなくなってからは、完全に穏やかだった。
魔法の授業も、ザビニー先生が来なくなった。先生の方から、平民クラスの教師を断った、という話だ。
教えてくれているのは、ダスティン先生だ。
本来、ザビニー先生が来たのは、わたしがいたかららしい。
ダスティン先生の専門は、剣だ。魔法を教えられないわけじゃないけど、魔法の専門じゃない。わたしに教えるなら魔法専門の人の方が良い、と学園側が判断したらしい。
結局は……まあ、相性が悪かった、ってことかな。
ダスティン先生に教わることになった。
中間期、そして二回目の、期末期のテストでも、魔法の実技は一位を取ったんだから、ダスティン先生で何も問題なかったわけだ。
期末期のテストも終えて、今日は一年目の最後。修了式の日だ。
入学式と同じく、貴族・平民合同で行われた修了式が終わって、今は修了パーティーだ。
昔は、ドレスアップして参加してたらしいけど、平民もいるからと、今は貴族・平民関係なく、制服着用だ。
でも、貴族がほとんどの中に、十名程度の平民が紛れるには勇気がいる。
みんな、食事を取るだけ取ったら、パーティー会場を抜け出していた。
で、わたしは、といえば、外に出て何となく空を眺めていた。
色々あったけれど、充実した一年だったと思う。
村にいたときには考えられないことの連続だったけど、凪沙の記憶のおかげで助かった。
それがなかったら、果たして無事に学園生活を送れたかどうか、怪しかった。
「凪沙……」
小さく、その名前をつぶやいてみる。
一体なんで、こんな記憶があるんだろう、と思った事はある。
答えの出ない疑問だ。
ただ、一つ確かなのは、凪沙には心残りがあるってことだ。
二十四歳で死んでしまった凪沙。その後の旦那さんと子供がどうなっているのか、気にしている。
だったら、せめて日本で生まれ変われば良かったのに、こんな異世界じゃどうしようもない。
だから、今度はわたし自身のことを考える。
わたしは、母一人に育てられた。
父親がいないことで、周りからの偏見もあって大変だったと思うのに、それを母がわたしに見せたことはない。
卒業まで、あと二年。
学園を卒業した平民は、その後の就職で有利になるらしい。
だから、きっとその時には母に恩返しができるんだろう。
「がんばろう!」
自分自身に誓う。
そして、そろそろ教室に戻ろうかと思った、その時だった。
穏やかだったはずの学園生活に、最大の例外が訪れたのは。
ーー突然、空が黒く染まった。
今はまだ昼間だ。夜じゃない。
そして、天気が急変したわけじゃない。
まさしく、空が黒くなったのだ。
『さて、ニンゲンたち諸君。我の声が聞こえるか』
空から「降ってきた」声に、固唾を飲んだ。
『我は、魔王である』
「……ま、おう? え……?」
その単語は知っている。
知っているはずなのに、何が起こっているのか、分からない。
『これより、我と我が軍勢はニンゲンの国へ侵略を開始する。これは、宣戦布告である。挨拶代わりに、魔物を放った。より魔力の強い場所へ、多くの魔物が集まるようになっている。では、健闘を祈る』
声が途切れた。
そして、青空が戻る。
けれど、周囲の光景に、ぞっとした。
魔物、魔物、魔物…………。
数え切れないくらいの魔物が、そこにはいた。
※ ※ ※
この世界の歴史の授業では、必ず「勇者」と「魔王」という単語が登場する。
はるか北の地にある魔国。
そこでは、およそ200年に一度、魔王と呼ばれるものが誕生する。
魔王が誕生すると、魔物の動きが活発になる。そして、魔王の手下である魔族たちが、わたしたち人間の土地に攻めてくる。
それに対抗するため、このアルカトル王国には魔王を倒すための聖剣があり、その聖剣を扱える勇者を召喚する魔方陣が存在する。
これを初めて習ったときは、RPGそのままじゃないか、と思ったものだ。
でも、これはゲームじゃない。
わたしの目の前で現実になっている。
どうしたら。
そう考えて、ふとわたしの視界に入る魔物たちが、まったくわたしを見ていないことに気付いた。
見て欲しいわけじゃないけど、なぜ、と思った時。
「いやあああぁああああああああああああああああああ!」
女性の悲鳴が、辺りに響いた。
「だれか、いるの?」
見回したけど、姿は見えない。
見えるのは、魔物だけ。
けど、声が聞こえた方向と、魔物が見ている方向が、一緒であるような気がする。
「…………………っ……」
悩んだのは、一瞬だった。
唇を強く結んで、わたしは声が聞こえた方に駆け出した。
「いた……!」
地面に座り込んで、悲鳴を上げている女生徒。
そして、その人をまさに喰わんとしている、魔物の姿。
「《防御》!」
とっさに、魔法を発動させた。
魔物から、その人を守る。
その間に、近くに駆け寄る。
もう一度、同じ魔法を発動させようとして、強くイメージする。
わたしは、魔法の実技で一位を取れるくらいに、魔法を使えるようになっている。
でも、実は攻撃魔法だけで、他の魔法は使えない。
《防御》だけは、何とか使えるようになった。
でも、それも完璧じゃない。
壁のようなもの一枚を作るだけだったり、四方を囲むようにしたり、と色々形を変えられる《防御》だけど、わたしができるのは、前面に張るだけの、壁一枚の《防御》だ。
詠唱してみても上手く使えなくて、半ば諦めてしまった魔法だ。
でも、今はそれじゃダメだ。
この大量の魔物から、この人を守らなきゃいけない。
「《防御》」
もう一度、唱えた。
ーー成功した。
円柱形の《防御》が、女の人を囲っていた。
一息つく。
そして、その女の人を見て、驚いた。
王太子殿下の婚約者、レーナニア様だった。
「この中にいて下さい。魔物は、わたしが何とかします」
それだけ言って、わたしは大量の魔物に向き直った。