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【第一章改稿中】転生したヒロインと、人と魔の物語 ~召喚された勇者は前世の夫と息子でした~  作者: 田尾風香
第一章 魔王の誕生と、旅立ちまでのそれぞれ

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貴族校舎にて

 中間期テスト結果発表のその日の朝、ダスティンは貴族校舎へ足を踏み入れていた。というか、授業がある朝は必ず来ている。


 だが、毎年この日は憂鬱だった。普段は教室へ入っている生徒たちが、発表を見るために廊下へ集まっているからだ。貴族の生徒たちが集まっている中、教師とはいえ平民の自分が通っていく。これがかなり神経をすり減らす。


「あれ、平民だろ」

「何でこんなところに平民がいるんだよ」

「先生だからって、平気で貴族の校舎に立ち入るんじゃないって」


 ああやはりと思いながら、気にしないように下を向いて歩く。下手に反応すると、相手を刺激する。聞こえない振りをして、なるべく体を小さく丸めて、素早く通り過ぎるのが無難だ。


 こういうとき、貴族校舎に立ち入らなくて済む生徒たちは羨ましいと思う。それでも、間違って入り込んでうっかり遭遇して逃げ出した、などという頭が痛くなるような真似をしてくれた生徒もいたのだが。


 思い出すとため息をつきたくなるが、ここは心を無にして通り過ぎる場所。早く行こうと思っていたダスティンに、思わぬ声がかけられた。


「ダスティン先生、お久しぶりです!」


 貴族校舎で名前を呼ばれる違和感に、顔を上げた。そして近寄ってくる生徒を見て、顔を引き攣らせた。


(こんなところで会うのか。……というか、今まで会わなかったのが奇跡か?)


 ダスティンは、わざわざ自分から会いにいこうとは思わなかったし、それは相手も同様だったのだろう。だが、会えば素知らぬふりをするつもりもない、というところだろうか。


 近寄ってくる生徒、つまりは第二王子であるアレクシスの顔を見て、ダスティンはそんなことを思う。引き攣った自分の顔を見て、アレクシスは苦笑しているのが分かる。


 そしてさらに、近寄ってくる生徒の顔も見えた。ダスティンには見覚えがありすぎた。この国の騎士団長の息子バルムート。そしてもう一人は、神官長の息子ユーリッヒ。


「お久しぶりです」

「その節はお世話になりました」


 挨拶されて、さてどうしたものかと思っていると、周囲が妙に静かになっていた。チラリと視線を巡らせれば、生徒たちが一様に愕然とした顔をしている。


(そりゃそうか。この有名人たちが平民教師に親しげに話しかけただけじゃなく、丁寧な言葉遣いまでしてたらな)


 アレクシスもバルムートもユーリッヒも、()()()と同じ言葉遣い。あの頃は全く気にしなかったが、今この場所だと違和感がすごい。


「先生と知り合いなのか?」


 そうアレクシスに聞いた生徒の顔を見て、ダスティンはまたも顔を引き攣らせた。王太子アークバルト。その後ろには、婚約者であるレーナニアもいる。有名人たちが勢揃いだ。


 さて、ここはどうしたらいいんだろうか。悩んでダスティンが目を泳がせた。だが、その答えが出る前に、ダスティンに詰め寄ってきた生徒がいた。


「いいところで会えて良かったです。ダスティン先生、あの一位の子のこと、知っていますよね? どんな子ですか?」

「は?」


 ダスティンは()で対応してしまった。詰め寄ってきたのは、ユーリッヒだ。ふと壁を見ると、そこには試験の結果発表が掲載されている。


 なるほどと思う。「あの一位の子」とは、リィカのことだ。

 正直なところ、リィカに無詠唱がある以上、ほぼ間違いなく一位を取ると思っていたので、試験結果は何も意外に思わなかったダスティンだ。だが、ユーリッヒは納得できなかったのだろう。


 だが、それを聞くなとツッコみたい。それが禁止であることくらいは、当然分かっているはず。ダスティンがそう思っていると、アレクシスがユーリッヒの頭を叩いた。


「ユーリ、いきなりこんな場所で聞くな」

「学園のルールに従えと言ったのは、アレクじゃないですか」

「時と場合ってのがあるだろう。少なくとも、衆人環視の中でする話じゃないぞ」


 その二人のやり取りの方が、ダスティンには意外だった。あの頃のやり取り、そのままだ。王族や貴族という身分を脱ぎ捨てていた「冒険者」の中だけでのやり取りではなかったのか。


「まぁ、そうだな」


 ダスティンはつぶやいて、笑みを浮かべた。変わっていない彼らが嬉しい。そして、彼らの狙いも分かった。「学園のルールに従え」とはつまり、禁止事項の例外を狙っているのだ。純粋にただ会ったから声をかけてきたわけではない。彼らには彼らの目的があるというわけだ。


「分かりました。アレクシス殿下とバルムート様、ユーリッヒ様は一緒に来て下さい」


 さすがにこの場で、あの頃と同じようには呼べない。敬称を付けて呼ぶと、三人そろって目が寂しそうな色を帯びる。だが、希望通りに話をする場を設けてやるのだから感謝しろと思いつつ、残り二人に視線を向ける。


「申し訳ありませんが、王太子殿下とヴィート公爵令嬢にはご遠慮頂きたいのですが」


 その発言に、周囲の生徒たちがザワついた。だが、ダスティンも分かっている。教師ではあっても平民に過ぎないダスティンが、王太子に直接声をかけたこと。挙げ句に、王太子と婚約者を省こうとしていること。何と無礼な奴だと、思われているのだろう。


 だが、禁止事項に関わっていることだ。ダスティンも生徒の身分に怯むわけにはいかない。会うのは初めてだが、聞く話から判断すれば、この程度で怒るような人物ではないはず。


 それでも緊張を隠せないでいたが、アークバルトは周囲の生徒たちを牽制するかのように一瞥して、ダスティンを見た。


「かしこまりました。アレクたちとどういう知り合いなのか気になりますが、それ相応に信頼を得ているようですので、我々が割り込むわけにはいきません。言われた通りに遠慮させて頂きます」


 丁寧に言って、小さくだが頭を下げる。平民であろうと教師は教師だと、敬う態度がにじみ出ている。それを感じ取った生徒たちがさらにザワついたのを感じながら、ダスティンは頭を下げた。


「――感謝いたします」


 想像以上に大物かもしれない。王太子にこんな態度を取られたら、今後何かあったとき無条件で味方をしたくなる。とはいっても、あの頃から付き合いのあるアレクシスたち以上に信頼できるようになるかどうかは、また別の話だ。


 そう思いつつ、アレクシスたちを見た。


「三人ともついてこい……じゃないな。こちらです、一緒に来て下さい」


 うっかりあの頃と同じような言葉遣いをしてしまい、慌ててダスティンはごまかしたのだった。



※ ※ ※



 ダスティンが向かった部屋は、教師と生徒が面会やら指導やら、とにかく色々な目的で使われる部屋だった。


 三人を座らせてダスティンもその前に座る。話を切り出そうとして、言葉遣いに悩む。すると、先手を打ってきたのはアレクシスだった。


「先生、以前と同じように話してくれると嬉しいです」


 深々とため息をついた。本当はそんなことは駄目なのだろうが、それでも笑う。


「じゃあ、そうさせてもらうか。久しぶりだな、三人とも」


 そう答えれば、三人とも嬉しそうな顔を浮かべたのだった。


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