ナイジェルの今後
授業に戻った後の休み時間に、アレクたちに起こったことを話した。彼らはナイジェルに怒り、リィカの無事を喜んでくれた。なおもナイジェルを気にしていると「気にしなくていい」と言われたが、それはできなかった。
そして、放課後。
リィカは学園長に呼び出されて、この日二回目の学園長室へ行くこととなった。
「いらっしゃい、リィカさん。呼び出して申し訳ないですね」
そう言った後に少し笑う。
「お一人なんですね。てっきり、誰かついてくるのではないかと思ったのですが」
リィカも笑った。
「アレクたちが一緒に来るって言ってたんですけど、一人で行くと断りました。セシリーやベル様も気にしていたんですけど、呼び出されたのがわたし一人だったので、一人で来ました。……問題なかったですか?」
もしかして誰か一緒にいた方が良かったのだろうかと心配になってそう言ったが、学園長は首を横に振った。
「いえ、お一人で問題ないですよ。……あなただけはナイジェルさんのことを気にしていたようなので、お伝えしようと思いましてね」
リィカは僅かに目を見張った。無意識に前のめりになった。
「それで……!」
「ガルズ侯爵家は、ナイジェルさんを除籍しました」
「……え?」
除籍。その意味が飲み込めずに固まる。どういうことかと考えようとしても、思考が定まらない。そんなリィカに、学園長は淡々と告げた。
「つまり、すでにナイジェルさんはガルズ侯爵家の人間ではなく、よってナイジェルさんが何をしようと家には何の関係もないし、引き取りもしない。……親から捨てられたということですね」
「そんな!?」
ナイジェルがどうなるのか、ガルズ侯爵家がどう思うんだろうか、とは思っていた。それでも、親であり子どもだ。簡単に見捨てるなんてことはないと、どこか当たり前のように思っていた。
「今のナイジェルさんは、一人の平民です。リィカさんが極刑を望めばそれも可能です」
「――そんなこと、望みません!」
リィカは叫んだ。好きな相手ではないし、色々言われたしされたが、それでも相手の死を望んだことはなかった。気になるのは、家から捨てられたと知ったナイジェルがどうしているのか、今後どうなるのか。
「今、ナイジェル様はどうしているんですか?」
「むろん、牢に入っていますよ。今後については審議中です。ただ、被害者のリィカさんが何一つ怪我を負っておらず、たいした刑を望むこともないだろうから、このまま放免となる可能性が高い」
「……放免って」
つまり何もなく牢から解放されるということか。それは喜ばしいかもしれない。彼に、帰る家さえあれば。
「一人で街の中に解放されて、そのあとどうなるんですか……?」
行くところもなく、おそらく一人で生きていく術などないだろうナイジェルの行く末など、碌なものにならないだろう。それが分かってしまう。簡単に見捨てた彼の家に対して、怒りさえ湧いてくる。
「やはり思った通りですね。だから陛下に、こんなことをわざわざ確認せずともいいでしょうと申し上げたのですが」
「え?」
「ご心配なく。魔法師団の……副師団長の派閥に属する一人が彼を引き取ってくれるそうです。ガルズ侯爵家にいたときのような生活は望めないでしょうが、それでも一人で野垂れ死ぬことはありません」
「…………」
心からホッとした。別に貴族の贅沢な生活なんてなくても、何も問題にならない。彼が行く場所があるなら、それでいい。
そこまで思って、ふとリィカは疑問に思う。
「それが決まっているなら、なんで極刑がどうだとかって話になるんですか?」
最初から決まったことを伝えてくれれば良かったのだ。極刑だの放免だのという話はいらなかったと思う。そんなリィカの疑問に、学園長は苦笑した。
「陛下がごねたんですよ。リィカさんに二度も危害を加えた奴に、なぜ温情を与えなければならないのか、と」
「……」
「それで、だったらリィカさんに聞いてみましょうという話になりました。聞かなくても分かるんじゃないかと、ヴィート公爵やライアン伯爵は言っていましたが、陛下が譲らなかったので」
「……えっと」
そこでなぜ自分に聞く必要があるのか。普通は国王の言葉が優先されるのではないだろうか。リィカが何を言おうと、国王がそうすると言えば、それに従わなければならないのでは。そんな考えが、リィカの頭の中をグルグル回る。
「国王とて人間ですからね。間違うこともありますし、感情で判断してしまうこともある。それを認めず突っ走るようになった国王は、いわゆる“愚王”と呼ばれます」
「え」
「陛下の場合、周囲が諫めてくれると分かる状況だと、そういうことをわざと口にします。陛下曰く『気分転換』だそうですが。そうやって時々ストレス発散するので、今後リィカさんも気にせずに突っ込んであげて下さい」
「…………」
どう言っていいか分からない。ここに至っても、リィカにとって「国王の言葉は絶対」だった。国王を諫めるなど、考えたこともない。
でも、と考え直す。今までに何度も国王と会って言葉を交わしてきた。アレクを見る目が、母親が自分を見る目と同じだと思った。感情のある普通の人間だ。
「……すぐには無理かもしれませんが」
「ええ、それでいいですよ」
リィカの返答に、学園長は満足そうに頷いた。
「さてリィカさん、これは私の個人的なお願いですが」
「はい?」
「――もしもどこかでナイジェルさんに出会ったなら、少しでもいいので魔法を教えて差し上げてくれませんか?」
目を見開いた。そんなリィカに、学園長はやはり穏やかなままだった。
「絶対にそうしてくれと言うつもりはありませんから、返事もいりません。さて、これで話は終わりです」
出て行くように言われれば、それ以上リィカも何も言えない。その前に、「はい」とも「いいえ」とも答えが決められない。
「ナイジェル様に教える、かぁ」
学園長室から出たところで、小さくつぶやく。教えようとしたところで、教わってくれる人でもない。学園長の言葉は何とも困るものだった。




