凶行の結果
学園長室へ行くまでの間にも色々とあった。
まず、兵士がもう一人来た。その手には魔封じの枷があり、リィカが目を見張り、ナイジェルが暴れる。だが、あっさりと抑え込まれて魔封じの枷が付けられた。
そしてさらには、慌てた様子のアレク、アークバルトとレーナニアが駆け寄ってきた。事情を聞こうとする彼らに、学園長が穏やかな笑みのまま「後で聞いて下さい」とキッパリと言っていた。
心配そうなアレクにリィカも「またあとで」とだけ伝え、そして学園長室の中へ入った。
ジャラッと音がして、リィカはそちらを見る。もちろん、それはナイジェルを拘束している魔封じの枷が立てた音だ。兵士は手を離してはいるものの、ナイジェルのすぐ後ろに控えている。そこまで拘束する必要があるのだろうかと思ったリィカに、学園長が声を掛けた。
「リィカさん、それでは何があったのか、説明してもらっていいですか?」
「は、はい」
ナイジェルを気にしつつも頷いて説明するが、正直そんなに話すことはない。学園に向かっていたら現れたナイジェルが、突然短剣を持って向かってきたこと。生活魔法では止められずに、混成魔法を使用したことくらいだ。
「狙われた理由に心当たりは?」
「……ええっと、あるようなないような?」
理由など聞かれたところで、リィカは分からない。殺そうとするまで恨まれる覚えはないものの、政治的な思惑も色々ありそうなので、まったく「ない」とは言い切れない。ただ、あの時の様子からして、ナイジェルの個人的なものではないかとは思う。
「なるほど。ミラベルさんとセシリーさんからは、何かありますか?」
学園長に問われて、ミラベルとセシリーは顔を見合わせる。とはいっても、状況はリィカが説明したとおりだ。付け加えることはほとんどない。ミラベルが、今回の騒動がナイジェルの個人的感情に基づくものだ、というリィカの考えに賛同した程度だ。
「なるほど。――では、ナイジェルさんに伺いましょうか。なぜ、リィカさんを殺そうとしたのでしょうか?」
「悪いのは小娘だ! 俺は悪くない!」
学園長室に入ってから静かにしていたナイジェルだが、された質問の語尾と被るように叫んだ。
「平民の血が混ざったこの小娘が現れなければ、俺はこんなことにならなかったんだ!」
「つまり、リィカさんがナイジェルさんの前に現れたことが悪いことで、だからリィカさんを殺そうとしたということですか?」
「そうだっ!」
そんな無茶なとリィカは思ったが、口にはしない。ここは学園長に任せるべき場面だろう。だが、チラッと見えたミラベルの沈鬱な表情が気になった。そういえば、先ほど「魔法を使えなくなった」と言っていたが、あれはどういう意味だったのか。
「魔法が使えなくなって、焦っていますか?」
「…………!」
ナイジェルの肩が跳ね上がった。リィカも考えていたことを言われて、目を見開く。学園長は、冷静に話を続ける。
「気持ちは分かりますし、おそらく父君や周囲の人たちからも何かを言われているのでしょう。しかし、それは決してリィカさんのせいではありませんよ」
「だからっ! この小娘の、あの凶悪な魔法を見てない奴が、偉そうに言うなっ!」
ナイジェルの叫びは、まるで悲鳴だった。何のことかと考えて、思い至ったのはレンデルから聞いた、《天変地異》に怯えているという話だ。
「確かに私は見ていませんが、キャンプに参加した教師や生徒は見ています。しかし、他の誰も……」
「そいつらがおかしいんだよっ! あんな凶悪な魔法、俺たちに放たれたらどうするんだよっ!」
「そんなことしないですよ……」
学園長の言葉の途中で叫んだナイジェルの言葉に、リィカは思わず口を挟んだ。《天変地異》を考えなしに使うと思われるのは心外である。
そんなツッコミに、学園長は少しだけリィカに目を向けたが、すぐナイジェルを見る。
「ナイジェルさん。どんな事情であっても魔法が使えなくなってしまったあなたに、また使えるように教えていこうと思っていました。しかし、リィカさんを殺そうとしたのは、明らかな犯罪です。殺人未遂を犯した者を、この学園に置いておけません」
「は?」
ナイジェルが呆然と聞き返す。学園長は厳しい表情のまま告げた。
「本来であれば、キャンプの時にリィカさんへ攻撃したという時点で、その話が上がってもおかしくなかったのでしょうが、あの時は陛下方も忙しかったですからね」
キャンプのとき、魔物を食い止めているリィカの背後から魔法を放った。あれも殺人未遂と言えるだろうが、その後のどでかいドラゴンやら魔族やらのせいで、ナイジェルの件は些事として受け流されたのだ。
その後、ベネット公爵の件などもあり国王も忙しく、追求する前にレイズクルス公爵によってもみ消されてしまった。一応、ナイジェルからリィカへの謝罪という形を取っただけで、不問とされてしまった。
「しかし今回はそうはいきません。ナイジェルさん、あなたを退学処分とします。そしてこのまま、罪人として兵士に引き渡します」
「なっ!?」
兵士がナイジェルの魔封じの枷の鎖を掴み、そのまま引っ張る。ナイジェルがバランスを崩したが、力加減はしているのか転びはしなかった。それを見て、リィカは口を結んだ。
エルモールンティン男爵の娘に、階段から突き落とされたときと同じだ。例えリィカに怪我がなくても、殺そうとした者を学園に通わせることなどできない。あの時はそれで納得した。それなのに、今それをすんなりと受け入れられない理由は……。
「あ、あの! 少しだけ話をする時間、もらえませんか!?」
気付けばリィカは声をあげていた。何を話したいのか分からないけれど、このままにはできなかった。
兵士は動きを止める。学園長を見てから、頷いた。
「いいですよ、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
兵士の手は鎖を握ったままだが、許可をもらえたことにリィカは頭を下げる。だがさて何をどう話したらいいのか、今さら考えていると、先に口を開いたのはナイジェルだった。
「なんだ、恨み節なら聞いてやるぞ」
「……あ。えーとえーと」
結局自分が何を言いたいのか分からないまま、そんなことを言われて、さらに混乱する。が、自分から言いだした以上、何かを言わないと、ととりあえず思いついたことを言った。
「えっと、あの凶悪な魔法は《天変地異》といいます」
「あん?」
「火・水・風・土の四属性がないと使えない混成魔法です。凶悪なのは確かなんですけど、でもわたしよりもっと強い魔族もいましたし、魔王相手には全く効果がなかったので、たいしたことないって気持ちも結構あって」
「…………」
ナイジェルは無言だ。この場にいる学園長も兵士も、セシリーもミラベルもポカンとしている。それに気付かず、リィカは必死に頭を働かせる。
「えっと、つまりだから、そんなに怖がる必要もないです。っていうか、あんなのところ構わずに使ったら、わたしの方が犯罪者になるというか。だから、あまり気にしないで下さい」
「…………ハッ」
やはり無言のナイジェルだったが、耐えきれないという風に、表情が崩れた。
「ハハッ、ハハハッ! なんだこいつアホか! ふざけんなよバカか!」
悪態をつきながらも、笑っている。リィカを小馬鹿にした様子を見せながらも、どこか安堵したような様子も見せている。しばらく笑って、そして言ったのは兵士に向かってだった。
「――もういい。おい、さっさと連れてけ。話は終わりだ」
リィカを見ることなく、何を話すこともなく。ただ、吹っ切った表情を見せたナイジェルは、兵士に連れられるままに歩いていく。それを見送りつつ、リィカは戸惑っていた。
「……なんであんなに笑われたんだろう」
「むしろリィカが何を言いたかったのかを聞きたい」
セシリーのツッコミに、リィカもその答えがあるわけでもなく。
「わたし、何を言いたかったのかな」
言えるのはこれだけである。ただ、何かを言いたかった。言わなきゃいけないと思った。それだけなのだ。そんなリィカに言ったのは、学園長だった。
「リィカさんが気になさることではないのですが、それでも言って下さったことに感謝しますよ」
「え?」
「自分の魔法が、ナイジェルさんに恐怖を与えてしまった。それを気にしたんでしょう? だから魔法について教えた。そうではありませんか?」
「え、あ、そうかも、です」
戸惑いつつも頷いたリィカに、学園長はさらに続けた。
「ナイジェルさんは、キャンプ後から魔法を使えなくなっていました。詠唱しようとしてもできない。途中で止めてしまう。自分の魔法がリィカさんの魔法に飲み込まれる様が浮かんで、それ以上唱えられなくなるんだと、一度だけザビニー先生にそう漏らしたそうです」
「……そう、なんですか」
「それに対して、ザビニー先生も私も何もできませんでした。だから感謝します。退学になったとしても、それでも生徒であったことは確かです。こんなところで終わって欲しくないですからね」
そう言われて、リィカは学園長室の扉を見た。ナイジェルが出て行った扉。もうすでにそこに姿はないが。
「今後、ナイジェル様はどうなるんですか?」
「さて。取り調べとガルズ侯爵家の出方次第ですね。現時点では何とも言えません」
「……そうですか」
ナイジェルの父親とは会ったことがある……はずだ。まだ旅に出る前、暁斗に魔法を教えているとき、レイズクルス公爵と一緒にいた人。正直、公爵の印象が強すぎてよく覚えていない。
けれど、あの公爵と一緒にいるような人が、果たして今回のような事件を起こしたナイジェルを、どう思うのだろうか。
「さて、リィカさん」
学園長に呼びかけられて、リィカの思考は止まった。
「ミラベルさん、セシリーさんも。授業が始まりますので、教室へ戻って下さい。――怪我もなく無事で良かったです」
いつもと同じように穏やかに言われて、リィカは少し笑った。しかしナイジェルがどうなるのか、何となく気になった。




