表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第一章改稿中】転生したヒロインと、人と魔の物語 ~召喚された勇者は前世の夫と息子でした~  作者: 田尾風香
第十九章 婚約者として過ごす日々

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

676/677

ナイジェルの凶行

「何なんだ、この結果は」

「……申し訳、ございません」


 父親であるガルズ侯爵の、静かな怒りを宿したその一言に、ナイジェルは震えて謝罪した。その震えに気付いているのかいないのか、父親は一切気にすることなく言葉を続ける。


「申し訳ないのは当然だ。私は理由を聞いているのだ」

「……本当に、申し訳ございません」


 繰り返されたところで、ナイジェルは謝罪しかできない。頭を下げたままの息子を見て、父親は「チィッ」とあからさまに舌打ちした。


「まともに魔法を使えるようになるまで、私に顔を見せるな」

「…………」


 何も言えず、ナイジェルは頭を下げたまま。そんなナイジェルを見ようともせずに、父親は立ち去っていく。その姿が遠ざかってからしばらくして、ようやくナイジェルは頭を上げた。呼び出された父親の私室から出る。


 そこには使用人たちが控えていたが、ナイジェルが見るとその視線を避けている。そのくせ、チラチラと横目で見つつ、陰口を叩いているのが聞こえた。


「ナイジェル様、試験結果が悪かったんですってね」

「実技試験で、かなり順位が後ろの方だったんでしょ?」

「あら、私は最下位だったと聞いたわよ」


 ナイジェルに聞こえるように言っているその陰口に、ナイジェルは拳を握るだけで耐える。もっと以前だったらこんな陰口は許さなかったし、そもそも陰口を叩かれることなどなかったのに、今は言われても耐えることしかできない。


 バンッ、とやや乱暴に自らの部屋のドアを閉める。


「このクソバカっ! あの魔法を見てない奴が、好き勝手言いやがってっ!」


 その辺にあるものを投げて、蹴り飛ばす。連日繰り返されるそれに、すでに部屋の中はグチャグチャだ。片付けも追いつかず……そのうち放置され、それでもナイジェルは部屋の中で暴れる。


「この、クソ野郎が……」


 息が切れて、それでも出てくるのは悪態だけだ。どれだけ暴れても、気持ちは晴れない。あのキャンプのときの、リィカの魔法を見てからだ。


 自分たちが馬車に乗っているときに放たれた、凄まじい大爆発を起こした魔法。未だに魔法名すら知らないあの魔法が、もし自分に向けられたとしたら。自分の唱えた魔法が簡単にかき消され、あの爆発に飲み込まれる様が頭に浮かぶ。


「――うっ……!」


 ナイジェルは口元を抑えた。吐きそうになるのを堪える。今では、あの魔法のことを考えるだけで、この調子だ。そのせいで、碌に魔法を唱えることができなくなった。


 最初は父親も心配してくれたのだ。しかし改善するどころか、悪化する一方のナイジェルに、今や向けられるのは冷たい視線と言葉だけ。理由を説明したところで一切の理解は得られず、ナイジェルは今、ただ追い詰められていた。


 大体、いいだけ日付が過ぎた今頃になって、中間期テストの結果について確認されて責められるのもどうなのか。確認するならもっと早くしろと言いたいが、それも言えない。


 何とか脱却したいと、セシリーと試合をすると聞いて見にいったものの、そこで判明したのは剣もそれなりに使えるという事実のみ。何か弱点を見つけて、そこを追い詰めて追い込んでやりたいと思っても、その手がかりすら見つけられない。


「あいつのせいだ。あいつのせいで、俺は……」


 呪詛のようにつぶやく。上手くいかなくなったのはリィカが現れてからだ。全てはリィカのせいで……。


「ああ……」


 何かに気付いたように、ナイジェルは顔を上げる。


「そうか。あいつがいなくなれば、問題は解決するじゃないか」


 口の端を上げて、ニタァと笑う。ブツブツ言いながら、何か計画のようなものを立てている。しかし、すでにそこに正気は見られなかった。



※ ※ ※



 いつもの朝。

 リィカはいつものように、ミラベルやセシリーと一緒に寮から学園へと向かっていた。そんな遠くない道中でのことだった。


「おやおや、公爵家のご令嬢であり、第二王子殿下の婚約者ともあろうお方が、今までと変わりなく寮から登校とは。平民の根性が治っていないのでは?」


 はっきりと名前を呼ばれたわけではないが、前に立って顔を見て言われれば、自分に話しかけられたのだと、嫌でも理解するしかない。


「……おはようございます、ナイジェル様」


 リィカは挨拶した。自分の方が貴族の位が上になってしまったが、言葉遣いはこれでいいんだろうかと思ったが、レーナニアを思い出せば多分問題ないと思う。


 セシリーはあからさまに嫌な顔をして、ミラベルは無表情になる。ナイジェルは相変わらず、自分の婚約者のミラベルに声をかけようとはしない。挨拶くらいすればいいのにと思ってナイジェルを見て、その表情に違和感を覚えた。――その時だった。


「死ねやこのクソ野郎がっ!」


 ナイジェルが突然叫んで、リィカへ向かって走り出した。その手には抜き身の短剣があり、剣先がリィカへ向いている。


「えっ!?」


 さすがに驚いた。驚きつつも、リィカの手がナイジェルへと向けられる。そして、突風が起こった。風の生活魔法《ウインド》だ。


 一瞬だけ強い風を吹かせるだけの魔法。だがリィカが使うと、それは人を吹き飛ばすほどの威力になる。とはいっても、本当に吹き飛ばすのは問題なので、《ウインド》はナイジェルの動きを止めただけに終わる。


 いくら威力を強くしても、元々《ウインド》の効果は一瞬のみ。すぐに風は止む。ナイジェルがリィカを小馬鹿にしたように笑った。


「その程度かよ! 死ねぇっ!」

(一体なんなの)


 目が明らかに血走っている。一体何があったのか。

 近づく切っ先を見つつ、いくつか方法が浮かぶ。城でアレクにやったように《アクア》をぶつけてやろうかとも思ったが、それでは止まらない気がする。――それならば。


「《風防御ウインディ・シールド》!」

「なにっ!?」


 短剣がリィカに届く直前、風の網がその切っ先を止めた。リィカを守るのではなく、ナイジェルの動きを止めるように展開された風の網は、体に絡んで全身を覆っていく。


「うわっ!?」


 ナイジェルがバランスを崩して倒れた。手から短剣が落ちる。絡みついている《風防御ウインディ・シールド》がクッションになるから、怪我はしない。だが、そのせいかナイジェルはもがくのを止めようとしない。


「く、くそ、なんだ、これは。――お、おい小娘! ほどけ!」

「……いや、ほどいたらまた攻撃されるじゃないですか」


 自分から攻撃しておいて「ほどけ」はないだろう。リィカが反撃して、大怪我なり殺されるなりしてもおかしくないところを、怪我一つなく動きを止めたのだ。感謝して欲しいくらいだと思う。逆ギレされそうなので言えないが。


「リィカっ!」

「リィカさんっ!?」


 このときになって、ようやくセシリーとミラベルが我に返ったか、慌てたようにリィカに駆け寄る。周囲がずいぶんザワついている。「先生を呼べ」という声も聞こえるから、きっと誰かが報告してくれるだろう。


「「怪我はっ!?」」


 異口同音に聞かれてリィカは苦笑した。何も攻撃を受けていないのだから、怪我などどこにもしていない。それよりも問題はナイジェルだ。


「わたしは大丈夫だけど、ナイジェル様はどうしよう……。魔法の解除はできないよね?」

「したらまた暴れるでしょうね。魔力は平気なの?」

「うん、それは余裕だけど」


 ミラベルに聞かれて答える。その答えを受けて、ミラベルはまだもがいているナイジェルを見た。その目は複雑そうだ。


「それならば、このまま先生が来るまで待ちましょうか」

「もし詠唱しそうになったら、あたしが小突くよ」


 セシリーが楽しそうに剣を手にしている。ナイジェルの手から落ちた短剣を回収したらしい。


 確かに、今のナイジェルは体の動きが風の網で押さえられているだけ。口は自由に動くから、魔法を使おうと思えば使える。だが、抜き身の剣を向けられて、ナイジェルは真っ青になっていた。


「ふ、ふざけるな! 男爵家の小娘が! 俺を解放しろ!」

「魔法でどうにかしたらどうですか。お偉い侯爵様の息子なんだから」

「…………」


 ギリッとナイジェルが悔しそうに歯を噛んだ。その反応が意外で、リィカもセシリーも少し驚く。この距離なら、確かにナイジェルが詠唱を終えるよりも、セシリーが小突く方が早いだろうが、それでも詠唱すると思ったのだ。


「……今のナイジェル様は、魔法を使えないようなの」


 だから、ミラベルが若干ためらいがちに言った言葉に、驚いた。その二人の……特にリィカの反応に、ミラベルは苦笑した。


「リィカさん、ナイジェル様のこと、全然気にしていないものね。中間期テストの魔法の実技試験の結果、最下位だったことも気付いてないでしょう?」

「最下位!?」


 叫んでナイジェルを見る。Bクラス入りできるほどには、魔法の実力があるはず。少なくとも最下位になど、なりはしないはずだ。


「侍女の娘が、余計なことを言うな」


 ナイジェルがミラベルを睨んでいる。だがリィカは、ナイジェルがミラベルを見るのを、初めて見た気がした。


「誰の娘とか、関係ありません。――ナイジェル様が魔法を使えなくなったのは、キャンプの後からですよね。それはもしかして……」

「それ以上言うなっ!」


 ミラベルがナイジェルに話しかけるのも初めてだ。だがその言葉に、ナイジェルが悲鳴のような声をあげる。一体何があったのかとリィカが思ったところで、近づいてくる魔力に視線を向けた。


「報告を受けて来ましたが、これはどういった状況なのでしょうか」


 穏やかな笑みとともに現れたのは、学園長だった。数人の教師と、兵士を一人連れてきている。


「関係者はリィカさんとナイジェルさんでしょうか。ミラベルさんとセシリーさんは、リィカさんと一緒にいたのでしょうか?」


 問われてミラベルとセシリーが頷く。セシリーは兵士に言われて、手に持っていた短剣を渡していた。学園長が教師たちに指示を出した。


「先生方は、目撃した生徒たちから情報を集めて下さい。それから、リィカさんはナイジェルさんにかけた魔法を解いて下さい。兵士に拘束させますから安心して」


 それを見越して兵士を連れてきたのかと判断して、リィカは言われたとおりに魔法を解く。というか、どういう状況かと聞いておきながら、すでにある程度の情報は掴んでいるということなのか。


 魔法を解かれて、ナイジェルはすぐ動こうとしていたが、兵士にあっさりと抑え込まれている。それを確認して、学園長は言った。


「リィカさん、ミラベルさん、セシリーさん、そしてナイジェルさんは、このまま学園長室へ来て下さい。事情を伺います」


 わざわざ話を聞かなくても全部分かっているんじゃないだろうか、とチラッと思ったリィカだが、素直に後に続いたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ