リィカVSセシリー③
「なぜわざわざ距離を詰めるんだ。遠方から攻撃していればいいものを」
リィカが剣を弾き飛ばされたとき、おそらく一番慌てたのはアレクだっただろう。バルが止めていなければ、試合に割り込んでいたかもしれない。
「セシリーに合わせたんだろうさ。一応、申し込まれたのは剣の試合なんだから」
バルもアレクの言いたいことは分かる。リィカの方からわざわざ接近戦を仕掛けたのだ。そんなことをしなくても、と言いたくもなるだろう。何をどうしたところで、接近戦ではセシリーの方が強い。
「ユーリも同じことをやってたな。やって、ブレッドに剣を飛ばされてたぞ」
「……そうなのか?」
アレクが聞いたのはブレッドである。そのブレッドは、非常に不満そうにしつつも視線を逸らせた。
「うっさいな」
その様子にアレクは察した。その後の流れまで、この試合と同じだったんだろう。
「本気の戦いを挑んでおいて、油断したのか」
「格上との戦いで、剣を飛ばしたんだぞ。勝ったと思って何が悪い」
「格上だからこそ、わずかなチャンスを活かさないでどうする? そこで勝ったと思ってしまう辺りが、本気で命のやり取りをするつもりがなかった何よりの証拠だ」
ブレッドが言葉に詰まる。それを宥めるようにバルが苦笑して、間に入った。
「その辺にしとけ、アレク。ブレッドだって分かってるさ。ユーリにキツイ言葉をもらってるしな」
「それもそうか。……悪かったな、ブレッド」
「別に、いいさ。言ってることは何も間違ってねぇ」
そうは言いつつ、アレクとは目を合わせようとしないが。
ブレッドなりに色々考えているんだろうと判断し、アレクはリィカに目を向ける。そして、僅かに眉をひそめた。
「……拳にエンチャントをかけて、手は大丈夫なのか?」
リィカの剣の持ち方が、微妙にぎこちない気がした。
※ ※ ※
リィカは剣を握る。なるべく自然に持っているように見せているが、通じているだろうか。
ズキンズキンと手が痛む。先ほど、自分の右手の拳にエンチャントをかけて攻撃した。それがどう作用したのか、かなりの痛みだ。
利き手の右じゃなく左手にすれば良かった、と今さらながらに思うが、多分左手ではうまく攻撃を命中させられなかっただろう。あの状況では、右手にエンチャントをするしか方法が浮かばなかった。
(やっぱり、あの一撃で終わらせちゃえば良かったかな)
変なことを思わなければ、今頃は「いたいー!」と叫んで、ユーリに治してもらうことができたのに。けれど、あの隙を突いた攻撃で終わらせてしまうのは、セシリーのためにならないと思ってしまったのだ。我ながら偉そうな考えだと思うが。
だがそのせいで、今痛いのを隠して我慢して、こうして剣を構える羽目になってしまったのだが。
「行くよっ!」
その宣言と同時に、セシリーが斬りかかってきた。それを、リィカは受けずに躱して対応する。受けたところで、この手で受けきれる自信はない。
(さて、どうしようかな)
このままでは、追い込まれるのはリィカの方だ。接近戦では、どうしたってセシリーの方が強い。そして一番の問題は、セシリーが剣技を使わずに普通に剣を振るってきていることだ。
剣技を放つには、多少の“溜め”が必要だ。距離をあけて発動される剣技三つはもちろん、近距離で発動される直接攻撃の剣技でも、その溜めの時間に魔法を唱えることは可能だ。
だがセシリーは剣技を使わず、普通に剣を振るってきている。そのせいで、魔法を唱える余裕がない。セシリーはきっと、ここまでの戦いの中でそのことに気付いたのだ。
(落ち着け。焦るな)
そう言い聞かせる。この状況こそが、元々自分たちが剣を習い始めた理由だ。近接戦を仕掛けてくる相手を、剣で動きを止めて魔法を唱える。リィカの剣はそのための剣だ。
「……っ!」
だが、言うほど簡単なわけじゃない。痛みがある今は特に。
全てはかわせず、時には剣で受け流す。右手の痛みに剣を手放しそうになるが、そうしたら負けだ。二度目の油断は期待できない。
(まだだ。落ち着け)
必ずどこかで反撃のチャンスは来る。きっと、この状況に焦りを見せるのは……。
「――!」
セシリーの動きが大きくなった。大きく振りかぶって、一気に勝負を決めようということか。でもそれは……。
――ガギィンッ!
「なっ!?」
「わたしも、待ってたんだよっ!」
リィカはガッチリとセシリーの剣を受け止めていた。右手どころか腕全体に衝撃が響くが、根性で耐える。
「《火の付与》!」
エンチャントを唱えることに成功した。剣が炎に包まれ、そこにリィカはさらに魔力付与をする。
大きく燃え上がった炎に、本能的にセシリーが後ろに下がろうとした瞬間、リィカは剣を思い切り振り抜いた。
ギィンと音を立てて、セシリーの剣が手から離れて落ちる。――そして間髪入れずに、リィカはその首元に剣を突きつけていた。
「わたしの、勝ちだよ」
「……そうだね。あたしの負けだ」
セシリーは笑う。それを確認して、リィカは剣を引いて、エンチャントを解除する。そして、その場に座り込んだ。
「つかれたー。いたいー……」
「は?」
セシリーが目をまん丸にする。
アレクが駆け寄り、ユーリも苦笑しつつリィカの元へと歩いてくる。
「リィカ、やっぱりその右手」
「うん、いたい」
「拳にエンチャントなんてかけるからですよ」
「だって、他に方法浮かばなかったんだもん」
「はいはい。《回復》しますから、大人しくして下さいね」
ユーリがリィカの右手を回復している。その様子を見て、セシリーは驚いていた。
「リィカ、ケガしてたの?」
「ケガっていうか何ていうか……。右手にエンチャントかけたでしょ? あれですごく手が痛くなって……。なんで?」
アレクやユーリには、ごまかしていたことがバレていたらしいが、セシリーは騙されてくれたらしい。聞かれたユーリは、肩をすくめた。
「支援魔法以外の魔法は攻撃魔法だと考えると、エンチャントだってそうなんですよ。武器は痛みを感じないでしょうけど、人の身に掛けられれば攻撃になるということですよ」
「……そうですか」
ガクリと肩を落とす。しかし、あそこでエンチャントを使わなければ負けていた。そう思えば、しょうがないのだろう。
「はい、回復終わりですよ。――セシリー嬢も《回復》必要ですか? リィカの攻撃をまともに受けてましたけど」
「……え? あ、いや、あたしは……」
セシリーは攻撃された腹部に触れる。確かにあの時は痛かったが、それだけだ。考えてみれば、その後の攻撃でも痛みに邪魔はされなかった。
「リィカ?」
「一応、加減はしたから。それで重傷負わせちゃっても嫌だったし」
「…………はぁ」
セシリーは大きく息を吐いて、今度は諦めたような笑みを見せた。
「ホントにすごいね、リィカ。右手の痛みだって、全く気付かなかった」
「気付かせないようにしたからね。成功してるかどうか自信なかったんだけど、良かった」
「良かったじゃないよ」
やや憮然と言って、その後リィカに頭を下げた。
「ありがとう、リィカ。本気で戦ってくれて、嬉しかった」
「ううん、わたしこそ。わたしも、まだまだだなぁって思った。もっと練習しないと」
「……あのね、リィカは魔法使いなんだからね? 分かってる?」
確かに剣の腕は「まだまだ」なのだろうが、リィカの専門は魔法である。「まだまだ」な剣で戦ったから試合になったのであって、魔法を使っていたらセシリーは何もできずに負けていたはずだ。
「でも、そういうところなのかも、しれないね」
リィカの……勇者一行の強さは。きっと、どんな戦いも無駄にしていない。自分たちの成長する糧としている。そうしないと、ここまで戦って来られなかったのだ。
「そういうところ……?」
リィカが不思議そうに首を傾げたが、セシリーは笑うだけ。それにさらに不思議そうにしたが、そんなリィカにアレクが手を伸ばした。
「これで終わりだな。リィカ、戻って休め」
「――待ってアレクっ! なんで抱き上げるのっ!?」
そう、今リィカはアレクに横抱きに抱え上げられていた。それをユーリとバルが呆れてみているのだが、リィカもアレクも気付かない。
「疲れたんだろう? 寮まで送っていくよ」
「いいってばっ! 自分で歩けるからっ!」
「気にするな。ここは甘えておけ」
「気にするっ!」
リィカは暴れるが、アレクがあっさり抑え込む。セシリーはキョトンとして、バルとユーリは、旅の間から何度となく見た光景にツッコむ気にもならない。それでもユーリはアレクの後について歩き出した。
「別にこなくていいぞ、ユーリ」
「あなたが本当に寮に送るのかを見届けようと思いまして」
「……なんでだよ」
「そのまんま城に連れ込む可能性があるからだろうが」
バルもついてきた。アレクはムッとなったが、何も言い返さない。その様子に、リィカがギョッとなった。
「お城連れてく気だったのっ!?」
「寮だ寮! 最初からそう言っているだろう! バルもユーリも変なこと言うなっ!」
四人は、普段通りの会話をしながら去っていく。それを見ながら、セシリーも試合場を降りつつ、視線を向けたのはブレッドだった。
「よしっ! ブレッド! 今から手合わせしよう!」
「アホかっ! 今日は休みやがれっ!」
もっともすぎる言葉に、セシリーがやや不満そうにして、そこにミラベルが近寄った。
「その通りだと思うわ。セシリーだって疲れたでしょう?」
「……うん、まぁね」
セシリーは苦笑いしつつ、それを認めた。そして、リィカたちが去っていった方を見る。
「でも、本当にすごかった」
「そうね」
ミラベルも同じ方向を見る。直接戦っていなくても、セシリーの気持ちは分かった。
「私も、もっと頑張るわ。そしていつか、戦いを挑んでみる」
「うん」
笑顔で見合わせて、どちらからともなく寮へと足を進める。
それがほんの一端であったとしても、勇者一行の本気を見た学生たちは、それぞれの想いを持ってその場を去っていったのだった。
――そしてそれは、彼もだった。
「……何なんだよ、剣もあんなに強いのかよ」
ナイジェルだった。




