追憶―アレク⑧―、そして目覚め
長かったアレクの過去も、これで終わります。
〔アレクシス〕
それからというもの、平和な日が続いた。
何が一番大変だったか、と聞かれて出る答えが、兄上に剣の稽古をしてもらうこと、なのだから、平和だったんだろう。
しばらく、兄上は剣の稽古をしていないらしい。
なんと言っても、まずは体力的な問題があって、剣の稽古どころではなかった。
しかし、今では義姉上以外が作ったものも、食べられるようになっているらしい(この頃から、兄上の婚約者のことを、義姉と呼ぶようになっていた)。
俺も兄上を見た時に、まだ細くはあるが、それでもしっかりしてきているのが分かって、すごく安心した。
そろそろ問題ないだろうからと、剣の稽古が始まったらしいのだが、兄上はいっこうに訓練場に姿を見せていないらしい。
「え? サボっている?」
その話を最初に聞いた時は驚いた。兄上がまさかサボるという行為をすると思っていなかった。
「ええ、そうなんです」
ヒューズ副団長の笑顔が怖い。
「と言うことで、アレクシス殿下。アークバルト殿下を引っ張ってきて下さい」
何が、と言うこと、なのかは分からなかったが、逆らえる雰囲気ではなかった。
兄上の部屋に行くと笑顔で迎えてくれたが、事情を話すと笑顔が固まった。
その表情を見て、本当にサボっていたんだ、と納得してしまった。
「……しょうがない、行くか」
すんなり同行してくれた。どうやって説得したらいいのか、と考えていたので、肩すかしを食らった気分だ。
訓練場では、ヒューズ副団長が待ち構えていた。
兄上の姿を見ると、こめかみがピクッとなったのが分かった。
「おや、アークバルト殿下。初めて来て頂けて、大変嬉しく存じます」
言葉だけは丁寧だが、棘だらけ、嫌みたっぷりで怖い。
「――何でアレクが迎えに来る?」
対する兄上の声は、聞いたことがないくらいに低い。
「国王陛下より、アレクシス殿下を前面に押し出せば、アークバルト殿下も強く出られない、と助言を頂きましたので、それを参考にさせて頂いたまでです」
「――……ぐ……」
「……は? ……俺?」
兄上が小さくうめいたのが聞こえたが、なぜここで俺の名前が出る?
「アレクシス殿下が迎えに行って、それをアークバルト殿下が断れば、アレクシス殿下が責められるでしょう? それが嫌だから来て下さったんですよ」
「――……ぐぐぐ……」
兄上にうめきが大きくなった。――どうやら本当らしい。
「あの、兄上……すいません……」
思わず謝れば、副団長に睨み付けられた。
「……………………はあ。分かったよ。やればいいんだろう」
「最初からそう仰って頂ければ、アレクシス殿下を巻き込まずに済んだんですけどね」
副団長の嫌みたっぷりの返事が返ってきた。が――、
「いや、このまま巻き込む。――アレク、私に剣を教えてくれ」
「……………………は?」
あっさり言った兄上の言葉に、俺は呆然とつぶやいた。
人に教えたことなどないのに、副団長が賛成したせいで、俺はなし崩しに兄上に剣を教えることになった。
すぐに上達するわけもないし、そもそも俺がきちんと教えられていないのもあるだろうが、上手くいかない、と兄上が落ち込んでしまった。
思わず「俺が守るから、大丈夫です」と言ったら、副団長が睨んできた。
「そうやってアレクシス殿下が甘やかすから、アークバルト殿下が調子に乗るんですよ」
と苦言を呈された。そんなつもりはないんだが……。
冒険者も変わらず三人で続けている。
ランクは上げずにDランクのままだ。
ウィニーさんには、「もっとランク上がるのに」と言われたが、今以上に上がると、日帰りできる仕事が少なくなってくる。
流石に、夜帰らないわけにはいかなかった。
そうやって冒険者を続けていくうちに、どうも実力も上がっていったらしい。
ある日、俺もバルも、人外の実力を持つミラー騎士団長に勝ってしまった。
大人げない騎士団長に、次はやり返されたが、それでも、互角と言っていい力を身につけていた。
「ったく、強くなりやがって」
そう複雑な顔をしたミラー団長の表情が、印象的だった。
※ ※ ※
「……ん……」
日差しが目に入って、意識が覚醒する。
自分がベッドに寝ていることは分かったが、状況が思い出せない。
コンコン
控えめのノックが響いて、扉が開いた。
入ってきたのは、リィカだった。
俺と目が合うと、リィカは大きく目を見開いた。
「――アレク、目を覚ました……!」
しがみつかれて泣かれて、やっと思い出した。
あのアルテロ村からの記憶がまったくない。
お腹の痛みは、なくなっていた。
どうやら助かったらしい、とだけ理解して、泣いているリィカに声を掛ける。
「あー、リィカ? 大丈夫だ。俺は大丈夫だから」
黙ってうなずくだけで、泣き止まないリィカに困っていると、また扉が開いた。
バルとユーリだ。
二人も俺を見て、少し目を見開いて、安心したように笑った。
「起きたんだな、アレク。この寝ぼすけが」
そんな事を言われて、ふと不安になった。
「……俺、どのくらい寝ていたんだ?」
「リィカの話も合わせて考えると、丸四日。今日が五日目ですね」
「――………………ああ……」
それは心配もかけるだろう。
さて、リィカをどうしよう。そう思っていたら。
グウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!
俺のお腹が、盛大な音を立てた。
バルとユーリが、必死に笑いをこらえているのを睨んでいたら、顔を上げたリィカと目があった。
目元を拭って、少し恥ずかしそうに笑う。
「お食事、持ってくるね」
リィカが部屋から出て行った。
せっかくしがみついてくれていたんだから、抱きしめるくらいすれば良かった、と見送りながら思った。




