セシリーとレンデルからの頼み
アレクとリィカがそろって剣術の授業に戻ると、視線が集まった。アレクは教師のハリスを見ると、頭を下げた。
「勝手に抜けて申し訳ありませんでした。リィカは悪くありません。全部俺の責任です」
「…………そうだな」
ハリスは困ったように相づちを打つ。止める間もなく出て行ってしまった二人に、戻ってきたらどうしてやろうかと考えていたが、アレクに先手を打たれてしまった。
アレクの後ろで困った顔をしているリィカを見る。確かにあの様子を見ていれば、悪いのはアレク一人だ。リィカを怒るのは違うだろう。
ハリスは悩んだ末に、口を開いた。
「分かった。アレクシス、反省しているならそれでいい。それと、もう一人謝罪しなければいけない人がいるのは、分かっているな?」
「……はい」
頭を上げたアレクは、若干うつむき加減に返事をしたが、すぐにしっかり顔を上げる。そして、目を向けた先はカタルだった。アレクに見られて、ビクッとしたのが分かる。
「その、申し訳なかった。……リィカと仲が良いのが、羨ましかったんだ」
「えっ、いえっ、そのあのっ、リィカとは、ほんとにただの友だちでして……!」
カタルがアタフタしている。その反応が、かつてのリィカを彷彿とさせる。そのことすら何となく悔しいと思ってしまう自分に、呆れてしまう。
「分かっている。別に邪推したわけではないんだ。……悪かった」
「は、はい……」
アレクの二度目の謝罪に、カタルはどうしていいか分からない様子だ。このままでは終わらないと思ったのか、割って入ったのはバルだった。
「そんくらいにしておけ、アレク。……それよか、本当に悪いと思ってんなら、カタルの相手をしろ。おれよりアレクの方が相手に良さそうだ」
「あ、ああ、分かった」
戸惑いつつも頷く。カタルがまたもビクッとしたのが分かったが、気にせず練習用の剣を取って構える。カタルが大きく深呼吸したのが分かった。そして剣を構えたときには、臆することなくアレクを見てきた。
「よろしくお願いします、アレクシス殿下」
「ああ」
アレクの返事と同時に、カタルが踏み込んだ。それを受け止めつつ、アレクは手合わせに集中したのだった。
※ ※ ※
「なんか、あっさりだなぁ……」
手合わせを始めたアレクとカタルを見て、リィカは拍子抜けした。何だか二人とも楽しそうだ。どうやって仲良くなってもらうか、あるいはそれは諦めて距離を取るようにした方がいいのか。そんなことを考えていたのに、全く必要なかった。
「剣士なんてそんなもんだよ。相手を認めることができれば、わだかまりなんてなくなる」
「……そんなもんなのかなぁ」
隣に来たセシリーの言葉に、リィカはそれでも納得できない様子だ。けれど、そこでさらに横から声がかかる。
「魔法使いだって似たようなものじゃないかな。魔法をぶつけ合うとわかり合えるみたいなのって、あると思う」
レンデルだ。視線はアレクとカタルに向いている。その言葉にリィカが思い出したのは、やはりというかジャダーカだった。
「そうだね。……そっか、そうだよね」
頷いた。あの時、お互いがお互いに自分の魔法の"好き"をかけてぶつかり合った。だからこそ、こうして今でもリィカの中に、ジャダーカの存在があるのだ。
「リィカ、頼みがあるんだけど」
「リィカ、お願いがあるんだけど」
セシリーとレンデルの声が揃った。リィカは目をパチクリさせて、声が揃ってしまった二人は、顔を見合わせている。レンデルがため息をついた。
「もしかしてセシリーの頼みって、ブレッドがユーリッヒにしてたのと同じ?」
「そうだけど。レンデルは何をお願いしたいわけ?」
「普通に魔法を教えて下さいってだけだよ」
リィカは意味が分からず、首を傾げる。名前が出てきたユーリを探すと、やはり名前の出てきたブレッドと何やら向かい合っている。お互いの雰囲気が、何となく剣呑だ。
「今は剣術の授業だよ」
「分かってるって。だからお願いするだけ。今すぐなんて言わないよ。セシリーもさ、この授業内では無理だと思うけど」
「分かってる。だから頼むだけ」
やはり意味が分からない。いや、レンデルが魔法を教えてほしいというのは分かった。そういえば、混成魔法を使ってみると言っていたが、どうなったんだろうか。
「リィカ、頼みたいことがあるんだけど」
「うん?」
再び改まったセシリーの言葉に、リィカは疑問形で返す。
「あたしと本気で戦ってほしい。魔法抜きで、剣だけで」
セシリーと知り合ってから、こんなに真剣な目を見たのは初めてかもしれない。欠片も冗談が含まれていない。自分に挑もうとする目だ。
「……本気?」
「そう、本気。魔物と……いや、魔族や魔王と戦うくらいのつもりの、本気で。魔法を使われちゃうと勝負にならないだろうから、剣だけで」
リィカは首を傾げた。剣だけで魔族や魔王と戦うなど無理な話だから、それで本気で戦えと言われてもピンとこないというのもあるが、それ以上にセシリーの思うところが分からない。
「……ええっと、なんで?」
「戦ってみたいって、キャンプのときにそう思ったんだ。勇者一行の強さを、肌で感じてみたい。でも殿下やバルムート様とじゃ、感じる以前に戦いにならないから。だから、リィカだったらって思った」
キィンと音が響いた。アレクがカタルの剣を弾き飛ばしたところだった。カタルが激しく息を乱している一方で、アレクは平気な顔をしている。
ずいぶん長く手合わせをしていたなと思うけれど、アレクがほとんど受けに回っていたからだ。攻勢に出れば、一瞬で勝負がついてしまう。そのくらいには実力差があるのだ。
リィカは、セシリーを見た。どういう気持ちでいるんだろうか。なぜ戦いたいのか、その理由は、答えを聞いてもリィカには分からない。自分がジャダーカに挑んだときの気持ちと、似たような感じなんだろうか。
分からない。だからこそ、友だちからの頼みを受けたいと思った。
「――分かった。いいよ、セシリー。勝負を受ける」
「ありがとう、リィカ。恩に着るよ。……最後の悪あがきをしたいから、勝負は五日後の放課後で。いい?」
「うん、いいよ」
リィカの返事にセシリーは軽く頷いた。そして、そのままカタルとの勝負を終えたアレクに向かっていく。それを見送りながら、リィカは複雑な気持ちだった。対等なはずの友人と、距離をおかれてしまったような寂しさを感じる。
「ユーリッヒはいやだって言ってたのに、リィカはあっさり受けたね」
レンデルに話しかけられて、リィカは我に返った気分だ。先ほど、ユーリとブレッドが向かい合っていたのを思い出す。
「そっか。ブレッドも同じことをユーリに言ったんだ」
「うん。そして顔をしかめてあっさりと嫌だって言われて、ブレッドが食い下がってたんだよ」
「ユーリらしいなぁ……」
簡単に想像がつく。リィカのように相手がどんな気持ちだとか、友人だからとか、そんなことに流されるユーリじゃない。面倒で疲れることをやりたくないだけだろう。
「結局は、ブレッドが押し切ってたけど」
「ユーリが押し切られたんだ。それもすごい」
「しつこいから面倒になったんじゃないかな。今度はユーリが魔法を使わせろって言い出してたけど」
「……いやぁそれは」
それこそ遠方からの攻撃で、一撃で終わってしまう。本気でと言われたなら、そうしてしまうだろう。というか面倒で一撃で終わらせてしまいたいから、そう言い出したということだろうか。
「それで、どうなったの?」
「細かいルールは、これから決めることになったみたいだけど」
その言葉に、リィカも考え込んだ。細かいルール決めは確かに必要だ。ただ剣で打ち合うだけなのか。本気という以上、セシリーは剣技も魔法も使ってくるんだろうか。だがそうなると、リィカの方が手も足も出ない。
「エンチャントくらい使わせてくれないと、勝負にならないなぁ」
エンチャントも魔法ではあるが、それの使用許可はほしいところだ。そうじゃないと、「強さを肌で感じたい」というセシリーの希望を叶えるのは無理だろう。
「……リィカ、エンチャントも使えるんだ」
「うん、戦いの中でぶっつけ本番だったけど、やってみたらできた」
「……普通はそんな簡単にできないと思うけどね」
レンデルが諦めたように苦笑した。しかし、すぐ気を取り直して、当初の願い事を口にする。
「リィカ、僕に魔法を教えてほしい」
「……えっと。混成魔法、上手くいかなかったの?」
「《熱湯》の発動は成功した。したんだけど、一回使っただけで魔力が切れた」
「えっ!?」
リィカはマジマジとレンデルを見た。正確には、その内側の魔力を。
「……その前にたくさん魔法を使って、魔力が少なかったとか?」
確かに《熱湯》は混成魔法だし、魔力消費はそれなりにある。けれどレンデルくらいの魔力があれば、一発で魔力が枯渇することはないはずだ。
「そりゃ満タンとは言わないけど、そんなに使ってたわけじゃないよ。なんていうかな、詠唱している間から、ドンドン魔力が吸い取られてるって感じだった」
これでは魔力が全く足りないと思ったレンデルは、ある話を聞いたのだ。
「僕の親戚がさ、魔法師団にいるんだよ。――ああ、副師団長の派閥ね。で、夏期休暇中にリィカに教わったら魔力が増えたって聞いたんだ。それで、だったら僕にも教えてくれないかって思ったんだけど」
そこまで言って、訝しげにリィカを見る。
「……もしかして、普通はそこまで魔力使わない?」
「うん。……その、わたしは混成魔法を使うのに詠唱してないから分かんないけど、たぶん」
「詠唱してないのっ!?」
「えっと、その、やろうと思ったんだけどね。途中でつっかえちゃって、ちゃんと発動しなかったっていうか、何というか……」
最後はエヘヘと笑ってごまかす。キャンプの後、レンデルに混成魔法のことを聞かれたときに言わなかったことを、結局今言う羽目になってしまった。
そんなリィカを見て、レンデルはため息をついた。
「リィカってさ、時々どこかおかしいよね」
「そ、そんなこと、ないと思う」
「いや、絶対ある。まだユーリッヒの方がマシだと思う」
「それはヒドイ」
ユーリの方がマシとは、それは侮辱である。自分がおかしいというなら、ユーリもおかしくなくてはいけないはずだ。
プクッと頬を膨らませたリィカに今度はレンデルが笑った。そして、より具体的な願い事を口にする。
「僕が混成魔法を使うところを見てほしい。それと、リィカも詠唱して使ってみてよ。どこがどう違うのか、知りたい」
「見るのはいいけど、わたしも詠唱するのっ!?」
まさかの苦手な詠唱を頼まれて、リィカは叫んだのだった。




