怒りと不安と
「ね、ねぇ! アレク!」
腕を引かれながら、リィカはアレクの背中に呼びかける。教室を出てから、アレクは一度もふり返らない。ただリィカの腕を掴んでズンズン前に進むだけ。
いくら呼んでも答えはなく、アレクについていくのにリィカは早歩きだった。息が切れてきた頃、ようやくアレクが立ち止まる。ホッとしたのも束の間、ふり返ったアレクの表情に息を呑んだ。
「ど、どうしたの、アレク……いつっ」
怖いくらいに無表情だったアレクに、肩を押された。背中が壁にぶつかって痛みが走る。その一瞬後には、アレクが目の前にいて、リィカの両脇にはアレクの腕がある。
「アレク……?」
「……リィカ、俺、言ったよな。俺は独占欲が強いんだと」
「え? えと、うん、その……」
それは何度も聞いた。過去に聞いたそれは、とても恥ずかしかったのに、今はアレクの表情にどこか怖さを感じる。
「なのに、他の男とあんなに仲良く楽しそうにしやがって。いい加減自覚しないと、俺に閉じ込められるぞ」
「……他の男って、カタル?」
「他に誰がいる?」
「……いや、でも友だちだし」
何が悪かったのか、一体何がアレクをそんなにも無表情にさせているのか、リィカには分からない。平民クラスだったときの友人だ。そんな自分が最初に声をかけて話をしたことが、間違っていたとは思えない。
困るリィカに、アレクの表情が微妙に泣きそうに歪んだ。距離を詰めて、抱き付くように密着する。
「あ、アレク……!?」
「……分かっては、いるんだよ。別にリィカは悪くないって」
密着して、リィカの首元にあるアレクの口がボソボソと動く。声は小さくても、耳に近いからしっかり聞こえる。
「分かってても、それでも悔しいんだよ。……俺の知らないリィカを、あいつは知ってるんだから」
「え?」
「平民クラスでリィカがどう過ごしていたのかなんて、俺は知らない」
「それはまあ、そうだろうけど」
むしろ知ってたら、その方が怖い気がする。
「……おそらく、あいつだろう?」
「何が?」
「……リィカが、剣士と組んだときの戦い方を学んだのは」
「う、うん、そうだけど」
一学年のとき、平民クラスの皆と一緒に、王都郊外の森へと出かけた。魔物を倒しての、小遣い稼ぎが目的だったようなものだが。
別に、カタルからこうしろと教えてもらったことはない。けれど、実戦を通して自分がどう動けば剣士が戦いやすいのか、その勉強になったのは間違いない。
そして、その経験があったから、魔王誕生時に初めて組んだアレクとも一緒に戦えたのだ。
「……悔しいんだ。その相手が俺じゃないことが、悔しいんだよ」
「そ、そんなこと、言われても」
大体、魔物に取り囲まれたあの状況で、リィカにその経験がなかったら、持ち堪えるのも大変だっただろう。アレクにすべての負担がかかってしまっていたはずだ。悔しいと言われても、はっきり言って困る。
「分かっているさ。分かっているが、しばらくこのままでいろ」
「……えっと、うん」
リィカが理解できようとできまいと、きっとアレクには大切なことなんだろう。アレクの気が済むまでは、このままでいたほうがいいんだろう。
(授業中だけど)
結果的に、授業をサボったことになる。
けれど、授業中だからか、近くには誰もいない。こんなところを誰かに見られたら恥ずかしいから、そこは良かった。
リィカは背中の壁の冷たさを感じながらも、しがみついて動かないアレクを黙って受け入れ続けたのだった。
※ ※ ※
(我ながら、どうかしてるな)
アレクは、そう思わざるを得ない。リィカを困らせるだけだと分かっているのに、どうしても言わないではいられなかった。
何も知らなければ気にもしなかった。けれど、目の前に現れたカタルに、どうしたって嫉妬せずにはいられなかった。自分の知らないリィカを知っている男の存在に、こんなにも腹が立って不安になってしまうなど、思いもしなかった。
アレクは、口元を緩ませる。自分の言い様は理不尽でしかないだろうに、文句も言わずに黙って受け入れてくれているリィカに、怒りも不安も落ち着いていく。
(もう少しだけ、このままで)
リィカは間違いなく自分のものなのだと、そう感じていたかった。




