カタルの思うこと
「やっぱり負けた……」
まぁ最初から勝つのは無理だとは分かっていたけど。
「いやいや、リィカ強いよ!」
「……うん、ありがとね、カタル」
興奮して力強く言われると、それがお世辞ではなくて本気で言っていることは分かる。それでも負けたのだが。
「落ち込むんじゃねぇって。よく頑張ったと思うぞ、おれは」
「……バル。うん、ありがとう」
近寄ってきた大きな体に、リィカははにかんで答えて、カタルが一気に緊張を増したのが分かる。
「よし、んじゃあカタル。今度はおれとやるぞ」
「えっ!? は、はいっ!」
カタルからしたら突然にも感じるバルの誘いに、肩を跳ね上げて、裏返った声で返事をする。当然、相手が誰なのか分かったのだろう。
「カタル、大丈夫だよ。バルはね、すごく優しいんだ。……強いけど」
「あ、う、うん……」
リィカがそう言ったところで、カタルの緊張がそう簡単に解けるわけでもないのだが。
ここで、ハリスが声をあげた。
「じゃあ、しばらくはお互い自由に打ち合え。それと、カタルとやるときはちゃんと自己紹介しろよ!」
「――ああ、やべぇ、そうだったな」
今まさにカタルの相手をしようとしていたバルが、少しバツの悪そうな顔をした。それをリィカが苦笑しながら見ていたら、腕を掴まれた。
「……アレク?」
どうしたの、と言おうとしたら、そのまま腕を引かれる。問答無用とばかりの強さに、リィカは驚きながらもついていくしかない。
アレクが後ろを振り向く。……が、その視線はリィカではなく、カタルだ。
「どうしたのアレク……わっ!?」
「いいから来い」
さらに強く腕を引っ張られた。明らかに不機嫌だ。そのまま教室を出て行こうとするのでさすがに抵抗したが、アレクの力が緩むことはなかった。
※ ※ ※
「………………え」
カタルは真っ青になっていた。間違いようもなく、アレクに睨まれた。その理由も分からないが、何かがいけなかったらしいということだけは分かる。
どうしたらいいんだろうか、と真っ白になった頭で考えていると、「ったく、あいつは」と呆れた声がその思考を遮った。
「気にすんな。あんたは悪くねぇから」
「で、でも……」
バルとリィカが呼んでいた人。名前はバルムートだ。剣術の実技で、一年目からずっと一位を取り続けている、勇者一行の一人。
そして、リィカを連れていった人は、第二王子だろう。やはりこちらもずっと実技一位で、勇者一行の一人。そんな人が、自分を睨んだのだ。悪くないと言われたところで、安心できるはずもない。
「本当に悪くねぇから。単に、アレクのバカが嫉妬しただけで」
「……え?」
しっと。……嫉妬? とその意味を理解するのに、少々時間が必要だった。
「え、え、嫉妬……? え、なんで……」
「あなたが、リィカと仲良くしているからですよ」
別の声が割り込んできた。
「ああ、僕はユーリッヒといいます。リィカの仲間の一人です」
「……知っています」
知らないはずもない。三学年に進級したあの日にも、この三人のことを見ている。そうじゃなくても、この学園入学時に、顔と名前を一致させられているのだ。
「それは嬉しいですね。――そんなわけなので、本当に気にしなくていいですよ。基本的に、アレクはリィカに近づこうとする男は全部睨んでますから」
「…………え」
アレクとリィカが去っていった方を見る。
嫉妬。仲良くしていた。リィカに近づこうとする。それらを聞けば、なぜ睨まれたのか、想像するのは容易い。
「い、いや、待って下さい! リィカは普通に友だちであって、そんな関係じゃなくて!」
とんでもない勘違いをされたということなのだろうか。ただ普通に話していたつもりだったが、駄目だったのだろうか。
すると、ユーリッヒが少し探るような目を向けてきた。
「まったく、そういう気持ちはなかったんですか? 可愛いですし、性格も悪くない。平民クラスでもモテたんじゃないんですか?」
この質問には笑うしかなかった。
「なかったです。顔と性格だけならまだしも、リィカの魔法はずば抜けてましたから。高嶺の花、というと違うかもしれませんけど。リィカの隣に立とうとするなら、相当の覚悟が必要でした。だから思っていたのは、今の友人関係を後々自慢できるかな程度でした」
学園を卒業すれば、リィカはあっさりと自分の手の届かない場所へ行くだろうと思っていた。最初から、カタルにとってリィカは恋愛対象外だった。手の届かない相手についていこうとも、自分に合わせてほしいとも、思えなかったから。
さすがに学園在籍中にそうなったことは意外ではあったが、少々早まっただけ。そういう認識だ。
「……なるほど」
ユーリがひどく納得したように頷いた。一方で黙っていたバルが口を開く。
「でも、そんだけ強くなったんだろ。それで何をしたいんだ?」
今度はフーッと息を吐く。ダスティンには機会があったら言っていいと言われた。入団テストを普通に受けても受かるかもしれない。けれどせっかくだから、ここでアピールしておきたい。
「この王都の隣町であるリマブルが、ぼくの出身地です。そこに常駐する兵士になりたいと思っています」
どこで勤めるにせよ、兵士になるためには騎士団への試験に受からないとなれない。そして、目の前にいるのは騎士団長の息子だ。
すると、バルがニヤッと笑った。
「なるほどな、親父に言っといてやる。けど、だからって贔屓するような親父じゃねぇからな」
「十分です」
剣を構えたバルムートに、カタルも構える。
気が付けば、緊張はなくなっていた。




