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【第一章改稿中】転生したヒロインと、人と魔の物語 ~召喚された勇者は前世の夫と息子でした~  作者: 田尾風香
第十九章 婚約者として過ごす日々

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女性陣のお茶会

 それからさらに数日。

 王宮での生活は、思ったより忙しい。


 まずは、鏡を作った。


 姿見としての役目を考えると、ルバドール帝国へ献上した正方形に近い形の鏡よりも、思い切って縦長にした方がいいかと考えて、そう作った。

 そのせいか、あるいは作り方を変えたせいか、微妙にサイズが大きくなったように感じる。アレクが何か言いたそうにしたが、結局何も言わなかった。


 国王とアークバルトへ渡して、それぞれ女性陣に贈られた。王妃は素直に喜んだが、話を聞いていなかったレーナニアの驚きはすごかったらしい。一から説明したが、それでも理解してもらえるまで、なかなか大変だった。



 そしてこの日は、王妃に女性だけで話をしましょうとお茶会に呼ばれて、レーナニアと一緒に参加した。


 そこで困っていることはないかを聞かれて、リィカは侍女との接し方を相談した。

 年上には敬語で話したくなるし、何かをしてもらえば「ありがとう」と頭を下げたい。悪いことをしてしまえば「すみません」とやっぱり頭を下げたくなる。そう言うと、王妃に笑われた。


「横柄な主人よりは、良いと思うわよ」

「そ、そうかもしれませんが、でも……」


 敬語も頭を下げるのも駄目というのが、キツイのだ。慣れなければ駄目だと言うのは分かるが、一向に慣れていく感じがしない。

 一方、レーナニアは何かを考えている様子だった。


「ヴィート公爵家でも、ぎこちなかったですものね」


 テスト勉強で泊まり込んでいるときの話だろう。ぎこちなくて侍女も変に思っていただろうな、とリィカは遠い目をする。


「どうしても無理なら、敬語くらいならいいわ」

「え?」

「とは言っても、例えば陛下と話すような最上級の敬語を使われるのは、困るけれど」


 王妃がコロコロ笑う。


「頭を下げるのも駄目よ。でも、少し丁寧に話すくらいなら構わないわ。侍女たちは、主人が快適に暮らせるようにするのが仕事なのに、逆にあなたが気を遣って疲れてしまうのは本末転倒よ。――どう?」


 最後は、リィカの近くに控えているいつもの年配の侍女へと話を振る。振られた侍女は、少し残念そうだった。


「できましたら、慣れるまで続けろと言って頂きたかったのですが」

「慣れることはできそうなの?」

「人はそのうち慣れるものです」

「それはつまり、今の時点では慣れそうにないということじゃないの」

「否定はいたしません」


 打てば響くようなそのやり取りに、リィカは驚く。王宮勤めも長いのだろうから、もちろん王妃と話をする機会もたくさんあったのだろうが、お互いにどこか気安い感じを受ける。

 その視線に気付いたか、王妃が笑いつつ言った。


「このコリンナはね、元々私の侍女だったのよ」

「正確に申しますと、"王宮勤めの侍女"でございます。王妃様個人の侍女は、フィオラのみでした」

「個人の侍女……?」


 リィカは首を傾げた。コリンナは年配の侍女の名前である。フィオラは、アレクの亡くなった母親の名前だ。それは分かるとして、侍女は侍女だと思うのだが、何か違うのだろうか。


「簡潔に言ってしまえば、給金の出所の違いでございます」

「それはちょっと、身も蓋もないのではなくて?」


 コリンナの説明に王妃がツッコミを入れる。それを見て、自分が説明した方が早いと思ったのか、レーナニアが口を開いた。


「王宮勤めの侍女は、文字通り王宮に勤めている侍女です。王宮に住む王族の世話をする人ですね。個人付きの侍女は、王宮という場所ではなく人に仕えている侍女なので、例えば仕える人が住む場所を移せば、その侍女も主人について場所を移すんですよ」


 そして給金は、王宮勤めの侍女には王宮から出る。個人付きの侍女は、主人の実家から支払われる。


「同じ侍女でも、違うんですね」

「ええ。でも王宮勤めの侍女であっても、それぞれに担当する王族は決まっていますから。王宮にいる限りは、個人付きと王宮勤めと、そう変わりはありませんよ」


 そうなんだと思いながら頷く。レーナニアの話は相変わらず分かりやすい。そこまで思って、また疑問が沸いてきた。


「だったら、今は王妃様についてないんですか?」


 コリンナへ向けてその質問をする。少し丁寧な程度なら構わないと言われたので、遠慮なくその言葉遣いでさせてもらった。やはりこの方が気楽だ。


 王妃は、"私の侍女だった"と言った。つまりは王妃担当の侍女だったはずだ。もしかして、自分のせいで担当が変わってしまったのだろうかと、少々不安になる。


 コリンナが見せた少し複雑そうな顔は、リィカの口調に対してか、昔のことを思い出してか。無言のまま王妃へと視線を向ける。その王妃は笑顔を見せるが、その目が少し悲しそうだった。


「アレクの母親が元は私の侍女であり、陛下の側室だったことは知っているわね?」

「はい」


 リィカは頷いた。正確に言えば元侍女の話は今聞いたばかりだが、それで知っていたことにする。


「フィオラはね、出産後に熱が出ていたの。でもその頃、私がアークを早産して王宮全体が忙しかったときで、熱が出ていることを一言も言わなかった」


 気付いた時にはすでに手遅れだった。王妃と早産した赤子に手がかかって、目が行き届かなかったのだ。そしてアレクが残された。


「コリンナは、自分からアレクの担当を願い出たのよ」

「何も言わずに一人で死んでしまった仕返しですよ。あなたが見られなかった子どもの成長をつぶさに見てやったと、フィオラに自慢したいですからね」


 コリンナは口元に笑みを浮かべて、そう言った。そしてリィカを見る。


「リィカ様が初めて王宮へお泊まりになるとき、自分であなた様の世話役になることを希望致しました。アレクシス殿下が初めて連れてきた女性ですから」

「あれはその、暁斗に教えるためにって……」


 リィカの頬が、少し赤くなる。「初めての女性」という単語が妙に恥ずかしい。

 初めて王宮に泊まったのはまだ旅に出る前。暁斗に魔法を教えるために通うのが大変だから、という理由でアレクからの提案でそうなっただけ。それ以外の意図など、あったはずもない。


「あら。あの時からあの子、あなたに気があったわよ?」

「はい、目が追っていましたね。他の男性と話をしていると、ひどく不満そうな顔をされていましたし」

「端から見ていますと、アレクシス殿下の態度はとても分かりやすかったですよ」

「……ふぇ」


 王妃、コリンナ、レーナニアと続けられて、リィカの顔が赤くなった。

 ……そういえば、魔法を使っている姿に一目惚れしたと、言われたこともあった気がする。それは魔王誕生直後に学園の敷地内で、魔物の群れと戦っている時の話だ。王宮に泊まったのは、当然その後。ということは、つまり。


「ふえぇぇぇえぇぇ……」


 恥ずかしすぎて、リィカは手で顔を覆った。あの時から、自分は「アレクの相手」として見られていたということなのだろうか。


「リィカは本当に可愛いわねぇ。私も癒されるわ。レーナはこんな反応、見せてくれないもの」

「わたくしに期待しないで下さいませ。リィカさんだから、こういう反応が可愛く見えるんですよ」

「レーナがやったら、リィカとは違った可愛さがあると思うわ」

「やりませんからね」


 二人の会話で、何となくからかわれているだけというのは分かったが、分かったところで恥ずかしいことは変わらない。このまま逃げようか、とか頭をよぎる。


「王妃陛下、レーナニア様も。あまりリィカ様をからかいすぎませんように。それでアレクシス殿下が、何度か真正面から魔法を食らっていましたから」

「やらないですよ!」


 クスクス笑いながら言ったコリンナの言葉に、リィカは言い返した。あれはアレクだからやれるんであって、他の人にはできない。……アレクが聞けば、自分にもやるなと言うかもしれないが。


「ああ、部屋を水浸しにしたと報告を受けたわね」

「……水浸しにはなっていません」


 びしょ濡れになったことは否定しないが、水浸しにはなっていない。とは言っても、反論の声は小さい。一応、反省はしている。

 そして、報告はしっかりと王妃にまで届くことを知った。好き勝手なことはしないように注意しよう、と改めてリィカは思う。


「何かあったのですか?」

「アレクがリィカに色々手を出したそうよ。それに耐えきれなくて、リィカが《アクア》をアレクにぶつけたんですって」

「まぁ!」


 レーナニアの疑問に、リィカが何かを言う間もなく、王妃がさっさとバラした。それに、レーナニアが少し頬を染めて嬉しそうにする。


「手を出すとは、具体的にどんなことですか?」

「言えませんそんなこと!」


 興味津々のレーナニアに、リィカは顔を真っ赤にして言い返した。だが、レーナニアの興味は止まらず、コリンナに視線を向けた。


「コリンナはその場にいたの?」

「いえ、残念ながら私は席を外しておりました。ですが、アレクシス殿下は何かとリィカ様に触れたがりますね」

「まぁまぁ!」


 顔を輝かせるレーナニアとは対照的に、リィカは恥ずかしくて逃げたくてしょうがなくなっている。


「レーナはどうなの? アークは手を出してこないの?」


 リィカへのフォロー、というわけでもないだろうが、王妃がレーナニアへと話を振った。それに、レーナニアはほんの少し頬を染めつつ首を傾げる。


「リィカさん方が旅に出ている間は、アーク様も不安そうにされていて、抱きしめられることもありましたが、その程度でしょうか」

「それだけっ!?」

「やはりそうね。むしろ、それだけでも驚いたわ」


 驚くリィカを余所に、王妃は予想通りと頷く。そして、クスリと笑った。


「あのねリィカ。そこで、それだけなのかって驚くと、それ以上のことをされていることが分かってしまうわよ」

「………………」


 リィカはうつむいた。耳どころか首まで真っ赤になっているのが、周囲からは丸分かりである。


「それよりも、《アクア》で部屋を水浸しにしたのですか? そんなに何回も魔法を使ったということですか?」

「……ですから、水浸しにはなってません」


 いちいち振り回されているリィカとは裏腹に、レーナニアは冷静だ。自分一人で恥ずかしがって赤くなってるなと思いつつ、言い訳を試みた。


「それに一回だけです。パニックになって、それでやり過ぎてしまったというか……」

「…………」


 レーナニアは少し考える様子を見せたが、すぐに口を開いた。


「先日、階段から落ちたときの《ウィンド》もそうですけど、すごいですね。生活魔法なのに、そんなに威力があるなんて」


 でも、と穏やかに笑って続ける。


「学園の授業で見せる魔法の威力は、きちんと常識の範囲内と思えるものなんですよね。強いですけど、非常識とまでは感じない。その時の状況に合わせて魔法の威力を変えられるのが、素晴しいと思います」


 それが掛け値なしの賛辞であることを察して、リィカは口ごもる。どう返そうかを悩みつつ、口を開いた。


「ありがとうございます。……そうですね、それができるようになってからは、魔法の幅が広がりました。鏡を作れるのも、その一端です。旅の間の出会いに感謝しています。またいつか会えたら、ちゃんとお礼を言いたいなと思っているんですけど」


 サルマやオリー、フェリを思い浮かべる。話すだけならできないことはないが、それでもやはり直接会いたいなと思う。


 懐かしい目をして、リィカは少し笑みを浮かべる。旅の間に何があったのか、王妃もレーナニアも何も言えなかった。そこに踏み込めるのは、一緒に旅をした人たちだけだろう。


 少しの時間、静けさがその場を支配したが、それは王妃がおもむろに席から立ち上がったことで終了する。リィカの側に行って、その手を取ったのだ。


「王妃陛下?」

「少しは剣を扱えると聞いたけど、そんなにゴツゴツしているわけじゃないのね」

「……え?」


 何を言いたいのか分からず、リィカは首を傾げた。


「リィカ、アレクのことを、これからも頼むわね」

「え?」


 再び、疑問が口を衝く。


「あの子はどこかずっと、遠慮していたわ。アークにも私にも。自分がどうなっても構わない。私やアークが元気ならそれでいいと」

「……………」


 リィカは無言で王妃を見る。浮かぶのは、「俺にはお前しかいない」と言った、アレクの言葉だ。


「だから嬉しいの。あの子が人を好きになったことが。好きな女の子ができて、結婚したいと言ってきたことが、本当に嬉しいの。だからね、この手をアレクから離さないでほしいの」


 きっと、アレクがそう思っていることを、正確にではなくても察していたんだろう。分かっていて、どうすることもできなくて、見守ることしかできなかった。一体それは、どんな気持ちだったんだろうか。


「はい、もちろんです。しがみついてでも、アレクと一緒にいたいです」


 リィカは笑顔を浮かべる。大変なことも多いけど、初めてのことばかりで分からないことも多いけど、その気持ちがあるから、やっていける。


「それから、アレクは王妃陛下のこと、好きですよ。国王陛下のことも王太子殿下のことも、とても大切に思っています。それだけは確かですから」


 遠慮はあるかもしれない。でも、好きだから大切だから、その人の一番になれないことが、ずっと一緒にいられないことが寂しいのだと、リィカはそう思う。

 王妃は、その言葉に少し目を見張って、そして笑った。


「……そう。ありがとう」


 ほんの少し、涙ぐんでいる。リィカの手を握る力が、少し強くなった。


「結婚したら。あなたがアレクと結婚したら、どうか私を"義母はは"と呼んで頂戴ね」

「え……でも」


 この人はアークバルトの母ではあっても、アレクの母ではない。だから、自分もこの人をそう呼ぶことはないと思っていたのだが。


「アレクにもそう呼んで欲しいのよ。昔は呼んでくれていたのに、今は言っても呼んでくれないから。だから、あなたが呼んで。あなた方がどう思っていようと、私はアレクの母親のつもりでいるし、リィカとも仲の良い母娘関係を築きたいのだから」


 微笑む王妃をリィカは見返した。リィカにそう呼ばせることで、いつかアレクにもまた"母"と呼んで欲しいということなんだろう。そういうことなら、とリィカは頷いた。


「はい、必ず」

「ありがとう」


 そう言って笑った王妃の顔は、とても綺麗だと思ったのだった。 


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