魔国との商売の可能性
「では、殿下。もう一つ、魔国の話を伺いたいのですが」
チャールトンの切り出しに、そういえばそんなことを言っていた、とリィカは思う。アレクは無表情だった。
「聞いてどうする? 何をしたい?」
「もちろん、商売ですよ」
「「は?」」
「そんなに驚くことでしょうか」
そりゃ驚くでしょう、とリィカは言いたい。アレクも同様だ。つい最近まで魔王がいて、魔族が南下して攻めてきていたのだ。その魔族に故国を滅ぼされたとも言っていた。だというのに、商売するなどと言われて、驚くなという方が無理だ。
「……正気か?」
「無論ですよ」
チャールトンは心外だと言わんばかりだ。だがさすがに説明が必要と思ったのか、話し始めた。
「幼い頃から、魔国のこと、魔王や魔族のことを聞かされて育ちました。普通なら嫌悪するものでしょうし、実際に両親を始め周囲は皆そんな感じでしたが、私は逆に興味を抱いてしまいまして」
魔国がどんなところなのか、魔王とはどんな存在なのか。魔族とはどんな種族なのだろうか、人間とどう違うのか。そういった興味を持って、実際に見てみたいと北へ北へと行ってみたこともあるらしい。
「たいして進むことなく、連れ戻されましたが」
チャールトンは苦笑するが、これは両親は苦労したんじゃないだろうかと、リィカは思ってしまう。
「国を飛び出して商人となりましたが、魔国への興味がなくなることはありませんでした。そして魔王が誕生して、こんな話を聞きました。『魔族の外見は、大きく人と変わらない』と」
リィカとアレクと、同時に息を呑む。それに気付いているだろうが、チャールトンは話を続ける。
「『人と同じ言葉を話し、同じ魔法を使う』とも。つまり、会話をすることは可能だということ。であれば、商売だってできるのではないかと思いました。――殿下、魔族相手に商売は可能でしょうか?」
「……………」
リィカはアレクを見て、アレクは難しい顔をしている。その顔を見て、チャールトンはわずかに笑みを浮かべた。
「否定なさらないということは、可能だと受け取ってよろしいですかな?」
「………………はぁ」
アレクが諦めたようにため息をつく。だが、可能か不可能かについては言及することなく、代わりにアイテムボックスに手を触れた。
「お前なら、これにいくらの値をつける?」
「あっ……!」
チャールトンは目を見張り、リィカが声をあげる。アレクの手にあったのは緑色の宝石。魔国を見て回っているとき無造作に拾った、魔石化した宝石だ。
「持って来ちゃったのっ!?」
「ああ、そのつい、何となく。俺もすっかり忘れてたんだが」
「もうっ……!」
いくらゴミのように捨てられていたとは言え、勝手に持ってきてしまうのは、いかがなものだろうか。リィカのジト目に、アレクが視線をそっと逸らせた。
「拝見させて頂きます……」
チャールトンが言って、宝石に手を伸ばす。そして、色々角度を変えて見る。さらには、カバンから何かを取り出した。
「魔石……?」
「はい、さようでございます」
それを見てリィカがつぶやく。チャールトンは肯定しつつ、しかし視線は宝石に向いたままだ。そして、宝石に魔石をくっつけた。
リィカが何をしているんだろう、と思ったのも束の間、魔石が光った。
「素晴しい……! まさか、このような大きな、魔石化した宝石を拝めるとは……!」
感動しているのを余所に、リィカはどういうことだとアレクを見る。無言の質問に、アレクは苦笑した。
「《光》が組まれた魔石だ。魔石化した宝石に、ああやって近づけると光るんだよ」
「へぇ」
確かに普通の人では、見ただけで魔石化しているかどうかなど分からないだろう。判別方法など気にしたこともなかったが、なるほどと思う。
「リィカ様は見たのは初めてですか? やってみますか?」
「あ、いえいえ」
興味深そうにマジマジ見てしまったからだろう。チャールトンにそんなことを言われたが、リィカは手を横に振る。別にやりたいとは思わない。
「……正直、もったいないし」
コソッと小声で加える。魔石化した宝石に近づけて光る理由は、中に封じ込められた魔力のおかげだ。つまり魔石を密着させるたびに、せっかくの宝石の中の魔力が使われてしまっている。
たいした量ではないとは言っても、やり過ぎて中の魔力がなくなってしまったら、ただの宝石に戻ってしまうのではないかと思うのだ。
隣にいたアレクはリィカの小声が聞こえたが、不思議そうにしているが、それにリィカは苦笑する。その顔を見て、アレクは追求を諦めたようだ。
「それでチャールトン、どうだ?」
「いや、素晴らしいですよこれは」
そう言って、宝石をアレクに返しつつチャールトンが上げた値に、リィカは頭がクラッとした。鏡の値段よりはまだ安いとは思ったが、何の慰めにもならない。
「そうか。――では、これが仮に百個あったとしたら、どうだ?」
「百ですかっ!?」
チャールトンは驚き、探るようにアレクの顔を見る。だが、数秒程度で諦めてため息をついた。
「百程度であれば、そこまで値段は下がりません。それ以上はない、という条件づきですが。仮にもっと数が出るか、出る可能性があるのなら、さらに値段は下がっていくでしょう。値を下げたくないのであれば、上手く出していく必要があるでしょうね」
貴重品であるから、値段が高くなる。希少価値が下がれば、値段も下がっていく。それは当然とも言えることだ。だからといって、貴族に人気のあるものなので、決して無価値にはならないだろう、と続ける。
「魔国に、それだけの宝石が、あると……?」
最後の確認と言わんばかりのチャールトンに、アレクはフッと笑った。
「今はまだ言えない。少なくとも、今の時点で魔国との商売は不可能だと思っておけ。だが……」
リィカがアレクの手を握る。すがるような、期待するかのような目に、アレクは笑う。
「ともかく、今日の話は覚えておく。今言えるのは、それだけだ」
「十分でございます。……殿下から声が掛かるのを、楽しみに待っています」
チャールトンは深々と頭を下げた。"今の時点では不可能"ということは、将来においては可能になるかもしれないということだ。それが分かっただけでも、今回の話には価値がある。
さらには、可能になったときには自分に声がかかるのも、ほぼ確実だ。満足するべき結果だろう。
どこかウキウキした様子で帰っていくチャールトンを見送りながら、リィカはアレクを見上げた。
「なんか、すごい人だね」
「全くだ。変わり者だと思っていたが、想像以上だ」
アレクは苦笑する。想像もしていなかった、とんでもない話だ。
「アレクは、どう思ったの?」
「あり、かもしれないとは思った。魔国には大量の宝石がある。それで商売は可能だ。宝石を売る代わりに、食料を買えばいい。だが……」
「それができるとするなら、カストルしかいない……?」
「ああ。あるいは、その近くにいる奴らか」
もしかしたら、あの魔族の村で出会った村長でも、できるかもしれないが。少なくとも聖剣グラムに「脳筋」と評された魔族たちでは無理だろう。
「カストルは、どこにいるんだろうね……」
「いて見つけたとして、こんな話ができるかどうかも分からんけどな」
肩をすくめるアレクだが、リィカの目は真剣だった。
「それでも、可能性があるなら賭けたい」
魔王が誕生しないために。勇者を召喚しなくていい未来のために。魔国の問題が解決する糸口となるのなら、リィカは諦めたくなかった。
「ああ、そうだな」
そんなリィカに、アレクも真面目に頷いたのだった。




