魔封じの作り方②
バルの首にはまった首輪を見て、予想通りの結果にリィカは頷く。
しかし、できればこれをユーリにやりたかった。そうしたら、かつてやられた仕返しができたのに、とリィカは少々悔しく思う。魔力が足りなかったことが残念だ。
「おいなんだこれ」
「こうやって使うんですよ、この魔封じ。さてバル、魔法を唱えてみて下さい」
「……んのやろ」
自分の首に手を当てて、首輪がはまっていることを理解したのだろう。バルの声が地を這うように低い。リィカはビクッとしたが、ユーリは全く気にすることなく要求している。
ユーリを睨むバルだが、結局は諦めたようで、魔法を唱えた。
「『水よ。我が指先に宿れ』――《水》』」
アレクは覚えていなかった魔法の詠唱だが、バルはしっかり覚えていたらしい。迷うことなく詠唱する。が、魔法は発動しない。
「魔封じの枷と同じですね。魔力が外へ出ていきません」
「うん、わたしも分かった」
かつて魔封じの枷で実験したときは、リィカ自身が魔封じをつけられていたため、実際に確認できなかった。こうして見ると声とともに動いた魔力が外に出ようとして、喉の辺りで押さえつけられたように、動かなくなったのが分かった。
「でも、首輪だけで魔封じが成り立つなら、こんな物騒な拘束っていらないと思うんだけど」
魔封じの枷は、首輪に手錠が繋がれているのだ。過剰すぎるんじゃないかと思ったリィカが疑問を口にすると、ユーリが口を開きかけた。――が、その前に扉が開いた。
「おい、部屋の中で何かが強く光ったと、報告があったんだが」
来たのはアレクである。何をしていたかは不明だが、別件で来るのが遅くなるという話はあった。
強く光ったのは、魔封じの完成時の時の話だろう。許可のある者以外立ち入り禁止になっているから、兵士たちは来ずに、アレクに報告が行ったのだろう。
アレクは部屋の中を見て、わずかに眉をひそめる。グッタリしているリィカ、首輪をつけているバル。ユーリは変わらないように見えるが、一体何があったのかと、疑問にも思うだろう。
ユーリはアレクにチラッと視線を送ったのみで、顔を向けたのはリィカへだった。
「首輪だけでは、アレクやバルのような人は、たいした拘束にならないでしょう? 魔法が使えなくても、その辺の兵士たちをぶっ飛ばして逃げることなんて、容易でしょうから。そのための、物騒な拘束ですよ」
「なるほど、よく分かった」
もっともだと、しみじみと頷く。確かにそうだ。魔力を封じたって体が自由に動くなら、殴る蹴るだけでどうにでもなってしまう。
「……何の話だ?」
「とりあえずいいから、これ外せ」
やはり状況が読めていないアレクだが、それに被さるようにバルが憮然とした声を出す。それにユーリが笑って、再度魔力を流して首輪をひくと、やはりすり抜けるように首輪が抜けた。
それを見て、アレクが当然ながら驚き、そして説明を求めるようにユーリを見た。
「簡単に説明するなら、魔封じを作ってみたという話ですよ」
「簡単すぎて分からないぞ」
「しょうがないですねぇ」
ユーリが笑って、一から説明していく。それを聞きつつ、リィカの魔力が空になった辺りで、アレクが眉を寄せた。
聞き終わると、グッタリしているリィカを抱き上げる。
「ふぇ?」
アレクはリィカを抱えたまま、椅子に座った。後ろからアレクが抱きしめているような格好だ。
「アレク……っ!」
「俺に寄りかかっていいからな、リィカ」
「大丈夫だよ! もう少し休めば……!」
「駄目だ」
リィカは顔を赤くして慌てるが、それで手を緩めてくれるアレクではない。前にも似たようなことがあった気がする……と思って、それがモントルビアでの出来事であったことを思い出す。
諦めて大人しくなったリィカに、アレクは満足そうに笑った。そして、打って変わって真面目な顔つきになる。
「魔封じ一つ作るのに、リィカの魔力が空になるって、相当だろう? だが、各国にある魔封じの枷を合計すれば、かなりの数になるはずだ。昔の人間が、それだけの数を作れたのか? そんなに魔力量が多かったということか?」
「わたしの魔力量が、たいしたことないのかなって思ったんだけど」
口を出してしまったリィカだが、後ろから何やらため息が聞こえた。
「そんなこと、あるわけないだろう」
「ええ、アレクの言うとおりですね。リィカがたいしたことなかったら、この世界のほぼ全ての人間の魔力は、ゼロに等しいことになっちゃいますよ」
やたらと呆れたように言われてしまい、リィカは「だって……」と小さくつぶやく。だが、ユーリの真剣な目に、口を噤んだ。
「魔封じの枷がいつどうやって作られたのかは知られていません。魔封陣を開発した者が作ったのではないかと思われている、というだけです」
リィカがコクンと頷いた。かつて、それはユーリから聞いた話でもある。
「よって、アレクの疑問に答えるのも無理ですが……。けれど、今回リィカが作ったものは、現代で使用できる者はいませんからね。昔作られたものと現存するものは、別物である可能性が……」
ユーリがそこまで言って、唐突に言葉を切った。話を聞きながら「確かに」と思っていたリィカは首を傾げる。
「どうした?」
そう聞いたのはアレクだが、ユーリは答えることなく魔封じの枷を手に取って、魔力を探るように集中している。
何か勘付いたことでもあるのかと、無言のまま見つめていると、やや自信なさげにユーリが魔封じを差し出した。
「リィカ、これもしかして、森の魔女が作っていませんか?」
「え? 香澄さん?」
差し出された魔封じの枷を手に取る。旅の途中で出会った森の魔女、香澄。日本から迷い込むようにこの世界に来てしまった彼女は、魔方陣を作るユニーク魔法を持っていて、魔力病に似た症状を発症していたリィカを治してくれた人物でもある。
渡された魔封じの枷の魔力を探るが、分かりにくい。年数がたちすぎて色々な人の手に渡っているせいか、元々のものがひどく薄れているのだ。
「……あ、うん、そうかも」
香澄に治療してもらったときのことを思い出しながら奥の奥を探って、自信なさげながらも頷いた。
「魔方陣を使って作ったのなら、多少の時間はかかっても数は作れるでしょうね。事前の準備は大変そうですが、逆に言うとそれさえ終えてしまえば、後はどうにでもできますから」
ユーリの言葉を聞きながら、リィカはふと気付く。香澄はこの世界に来て、四百年か五百年くらいと言っていた。それはつまり。
「もしかして香澄さん、アベルと知り合いだったりして……」
「あり得るかもしれないですね」
先々代勇者であり、アルカトルの建国王であるアベルの生存時の年数とバッチリ合っている。奴隷制度を廃止して隷属の首輪を使用禁止にしたアベルのために、魔封じの枷を作った可能性もあるんじゃないかと思う。
(もし本当に会ってたとしたら……どんな話をしたのかな)
お互いに日本からの転移者だ。城戸香澄として、安部悟として、日本人同士で話をしたのだろうか。それとも割り切って、森の魔女とアベルとして話をしたのだろうか。
考えたところで、答えが出る話でもないのだが。
「あのな、悪ぃんだが」
そんなリィカの感傷は、バルの声で断ち切られた。
「今やってんのは、完全な無詠唱でも封じられる魔封じを作ることであって、魔封じの作り方を検証してるわけじゃねぇよな?」
「あ」
「……いいですか、バル。何事にも順序というのがあるんです」
リィカがそうだったと小さくつぶやき、ユーリはもっともらしいことを言うが、視線が逸らされているため、説得力はなかった。




