思わぬ展開
「突き落とされたぁっ!?」
授業に遅れてやってきた四人に何があったのかと、昼休みまで待ってやってきたのは、バルやユーリの他、フランティアとエレーナ。そして、教室ではあまり話さないセシリーも、結果を聞きたいからか、近くに来ている。
そして、話を聞いて真っ先にそう叫んだのが、フランティアだった。が、リィカは慌てて否定する。
「いや、突き落とされたって程じゃ。強く押されて、たまたま後ろが階段だったってだけで」
「それを突き落とされたって言うんじゃない! 後ろに階段があるって分かって押したんだから!」
あの状況で彼女がそこまで分かった上で押したのかというと、それはないんじゃないかなというのがリィカの感想だ。突き飛ばしたのは事実であっても、落とそうとは考えていなかったんじゃないかと思う。
だが、結果だけ見れば階段に突き落とそうとしたように見えてしまうし、実際にセシリーもフランティアの言葉に頷いている。
「よく無事でしたねー」
エレーナに感心したように言われて、リィカは苦笑する。答えたのはセシリーだった。
「すごかったよ。風がブワッと吹いたと思ったらリィカの体が浮いてさ。で、空中で回転して見事に足から着地したんだ」
「え、何それ。どういうこと!?」
エレーナがセシリーに食い付く。それを見ながら少し思案したユーリだが、すぐ答えを出したようだ。
「《風》ですか?」
「うん、正解」
さすがユーリと思いながら、リィカは頷く。自分やユーリにとってはそれが常識だ。エレーナは「何言ってるの」という顔をして、セシリーは肩をすくめている辺り、他の面々にとっては非常識なのだろうが。
「なんで《風》で体が浮くんだよ」
「その疑問はもう昨日から何度もされている。諦めて認めろ、バル。リィカに常識が通じるわけないだろう。ついでにそれが分かるユーリもな」
「……そうだったな」
いや、仲間であるはずのバルとアレクにとっても、十分に非常識に当たることらしい。そのやり取りに、リィカもユーリも不満を示した。
「なんで。別に難しいことじゃないのに」
「そうですよ。大体、あなたたちだって十分に非常識ですからね。常識人のフリをしないで下さい」
「いやなぁ……」
「お前らほどじゃねぇっつーか……」
アレクもバルも微妙に視線を逸らせつつ言うが、そこにアークバルトが笑いながら話に入っていった。
「アハハッ。そうか、アレクやバルムートにとっても、リィカ嬢とユーリッヒの魔法は非常識レベルなわけか。となると、その逆も当然ありそうだけど」
「俺たちは常識の範囲内です。皆がやっていることを、ただ強くしていっただけですから」
「えっ!? 常識なの!?」
「……なぜ驚くんだよ、リィカは」
そのやり取りに一通り笑いが起きた後、セシリーが問いかけてきた。
「それで、処分はどうなった?」
「退学だって」
「そっか、良かった。同じ男爵でああいうのがいるとさ、あたしもそんな風に見られるから、嫌なんだよ。良かった良かった」
心底ホッとしたという様子を見せて、それだけ聞けば満足なのか、ヒラヒラ手を振って去っていく。やっぱりこの集団に混じる気はないらしいと悟って、リィカも誰も引き留めない。
「エルモールンティン男爵って、リィカのいたクレールム村の領主でしたよね」
思い出すように言ったユーリの言葉に、リィカは目をパチクリさせた。アレクと、アークバルトとレーナニアの表情が、少し強張る。
「――うん。知ってるんだ、ユーリ」
「ええ、ちょっと調べたことがあったんですよ。それに……」
「ユーリ、それ以上言うな」
アレクが強い言葉を発して、言いかけたユーリは口を噤む。そして、リィカはそうでもないが、強張った顔の三人に気付いた。
「……そうですね。すみません、リィカ」
「あ、ううん、わたしは全然平気」
一体ユーリが何を言おうとしていたのか気になるものの、聞こうとはしない。リィカ自身よりも、知ってしまった三人の方が気にしている。おそらくユーリの話もその関連の話なんだろうなと想像はつく。
アレクはといえば、「大丈夫」と笑ったリィカを信じていないわけではないが、気にしないのは無理だった。
あの、デトナ王国の王都テルフレイラで貴族たちに襲われて、その後に熱を出したときに、リィカが魘されていた中で口にしていた「男爵」の言葉。あの時、ユーリがエルモールンティン男爵の名前を出していたが、まさにそれが的中した形だ。
少なくとも、こんな場所で無遠慮に出していい話題じゃない。
「それよりも、みんなテストは大丈夫?」
少し暗くなった雰囲気の中、ある意味さらに闇に突き落とす話題を、アークバルトがにこやかに落としてきた。
誰かが「ゲッ」と言いつつ、視線があっちこっちに向かう。そんな中、レーナニアがアークバルトに食って掛かった。
「今度こそ絶対アーク様に勝ちます」
「……本当にそれでレーナ、成績上げてくるんだから。勘弁して欲しいんだよ。私が勉強大変なんだから」
「だったら一度くらい、抜かされて下さい」
「嫌だ。譲るつもりはないから」
筆記試験トップの二人の成績は、もはや他の誰も追いつけないレベルである。果たして一位をアークバルトが死守するのか、それともレーナニアが奪うのか、その二択しかない。この二人ができすぎるせいで、試験問題がだんだん難しくなっているという、もっぱらの噂である。
「えと、ユーリはテスト大丈夫なの……?」
「ええ、大体いけると思いますよ。一年の抜けはありますが、もともと予習はしていましたし、先生方の補講もありましたし。どうにかなります」
「……うわぁ」
平然としているユーリに、おそるおそるリィカが問いかけると、あっさりとした返事が返ってきた。信じられないレベルの話だ。
「……バルは?」
「……さぁな」
視線を逸らされた。だが、バルはモントルビアに行っていなかった分、まだマシなはず。
「アレクは、どうするの?」
「……昨日、兄上にびっしり講義され……そうになったところで、リィカの連絡が届いたから、何もしてないな」
ああ、やはり。アレクは兄に教えてもらえるらしい。「今日からやるからね」と言われてゲンナリしているけれど、羨ましい。
じゃあ自分はどうするか。と思って、レーナニアを見る。
「リィカさん、どうかしましたか?」
「勉強教えて下さい!」
そう一息に言い切ると、レーナニアはポカンとした。駄目だったかと思ったが、すぐその顔が笑顔に変わる。
「ええ、もちろんです。嬉しいわ、可愛い妹に頼ってもらえるなんて。今日から我が家にお越し下さいな。勉強会を致しましょう!」
「え、あ、はい。……あれ?」
手を握られて、リィカ自身よりも勢い込んだ様子に頷いてしまった。が、別にわざわざ家に行ってまで勉強を教えて欲しいと思ってはいなく、休み時間や放課後のちょっとした時間に、教えてくれればそれで良かったのだが。
「そうと決まれば、家に連絡しなくては。ああ、リィカさんにお泊まり頂く部屋も必要ね。あ、いえ、わたくしの部屋で一緒に寝るのもありかしら」
(ええっ、待って、泊まるのー!?)
何だか想像しない方に話が進んでしまっている。どうしようと思うのだが、張り切っている公爵令嬢を止められる人は限られている。
「良かったね、レーナ」
「ええ。ああ、アーク様、そういうことですので、明日……いえ今日の帰りの馬車から、リィカさんも同乗いいでしょうか」
「うん、もちろんだ」
(ええーっ!?)
一番止められそうなアークバルトが、あっさりレーナニアに同意してしまった。チラリとアレクを見てみるが、なぜか嬉しそうな顔で頷かれた。
こうして誰も止める人がいないまま、リィカのレーナニアの家であるヴィート公爵家への滞在が決まったのだった。




