処分の内容
「リィカ」
レンデルやセシリーと話をしているところに、顔を出したアレクにリィカが笑顔になる。
「おはよう、アレク」
だが、それに対して、アレクの表情は微妙に硬い。
そういえば、いつもアークバルトやレーナニアと一緒に来ているのだが、今日は一緒ではないのだろうか。
「どうかした?」
「……昨日の件で、学園長から直接話があるから、呼びに来たんだ」
「うん、分かった」
頷いて、座っていた椅子から立ち上がる。そして主にセシリーに向けて「行ってくる」と言うと、セシリーが親指を立てた。
「ちゃんと退学になったかどうか、教えてよね」
「うん」
セシリーの言ったことに苦笑して頷いて、リィカはアレクに駆け寄ったのだった。
※ ※ ※
学園長室に行くまで、アレクは口を開かなかった。一体何があったんだろうと不安になりつつ、リィカも何も言えずにそのまま向かう。近づいてくると、学園長室にアークバルトとレーナニアもいることが分かった。
中に入ると、二人に笑顔を向けられるが、その笑顔がどことなくぎこちない。その一方、学園長はいつもと同じ笑顔だ。
「リィカさん、おはようございます。わざわざご足労頂いてすみませんでしたね」
「いえ、とんでもありません。こちらこそ、昨日はご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
その学園長に挨拶されて、リィカも返す。さらに謝罪も足せば、学園長に笑われた。
「あなたは迷惑をかけられた方でしょう。謝る必要はありません。それに、私たちだって仕事をしただけですよ。それでお給金をもらっているのですから、気にしなくていいのです」
おどけたような言い様に、リィカも少し笑顔になる。とはいっても、不安は消えない。
「さて、昨日の件について、加害者三人の処分をあなたにお伝えしようと思いましてね。殿下方三名のことはお気になさらず。話を聞いて、彼らの方から同席したいと言ってきただけですから」
チラッと視線を向けつつの言葉に、アレクたちは何か言いたげな顔をしたが、口を開くことはしない。それを確認して、学園長が再び口を開く。
「まず、取り巻きの女子生徒二名は、停学五日の処分です。側で文句を言っていただけですからね。退学にまではできません」
リィカは頷いた。正直、思っていたより重い処分だ、というのが本音だ。
「そして、肝心のエルモールンティンの娘ですが……」
「…………?」
その言い方に疑問が浮かぶ。"男爵"と爵位をつけなかったことが、意外だった。昨日は確かそう呼んでいたはずだったのだが。
「彼女は、入学自体がなくなりました。何せ貴族じゃなくなったものですから」
「……え?」
「つまりは、父親の貴族位が剥奪されました。その結果、当然娘共々平民となりました。よって、入学自体が取り消しになったのですよ」
リィカも知ったのは昨日だが、エルモールンティン男爵の娘は、リィカの二つ下。つまり今年入学したばかりの生徒だ。成績が優秀であれば、平民クラスへの編入もあり得たが、至って平凡……というか下の成績だったため、留めておく必要性もなかった。
そう説明する学園長の言葉は、耳に入らない。なぜ、という疑問だけが頭を占める。
「あの娘は、あなたを"オモチャ"と言いました」
「え、あ、あの、それは……」
当然、リィカの疑問に気付いているだろう学園長は、神妙な顔になっている。言われた言葉に、リィカは何かを言おうとして言葉が続かない。
少し前であれば、「自分が平民だったから、それもしょうがない」と言ったかもしれない。けれど、決して「しょうがない」で済ませていいことではないことも、今は分かっている。
「正直に言えばね、そういう貴族は多いんですよ。自らの領地に住む民たちをオモチャ呼ばわりして、遊んで楽しむような外道は残念ながら結構多いんです」
だから、学園長も最初はそういう類いの話かと思ったらしいが、聞いていくとどうも違う。"オモチャ"を指す先は、リィカ一人だった。
「ですが、具体的には娘も知らなかったようでね。それで申し訳ないとは思いましたが、あなたの母君に話を伺ったんです」
「――聞いたんですかっ!?」
黙っていられず、リィカは声を荒げた。なぜそこまでする必要があるのか。そんなところまで暴いて欲しいと、願ったことなどない。
そして、同時に察した。アレクたちのぎこちない態度は、それを知ったからだ。
「ええ、聞きました。母君はだいぶ躊躇っていましたけれどね、話してくれました」
だが、学園長はあくまでも穏やかな口調だった。
「大変でしたね、怖かったでしょう。そして、そのことに国が何も気付けなかった。まずはそれを、国王陛下に代わって謝罪します。申し訳ありません」
「……謝罪って、なんでですか。小さな村での出来事です。気付ける方がおかしいです」
そして、仮に気付いたとして何かあったというのか。今はともあれ、あの時のリィカは間違いなくただの平民の一人でしかなくて、相手は男爵という貴族だったのだ。
「貴族が平民に手をつけて、子どもが生まれる。そんな事例は珍しくありませんが、相手の同意を得ることが最低限の常識ですし、そもそも平民が相手の場合、未成年にそれをするのは、禁止事項です」
「……え?」
「つまり、あなたが十四だろうと十五だろうと、夜伽をしろなどというのは、れっきとした禁止事項なのですよ。認められるのは成人後、つまりは十八になってからです」
ちなみにその禁止事項が"平民"に限られているのは、貴族だと若いうちから婚姻関係を結ぶこともあり、どうしても守るのが難しい場合もあるからだ。それでも、最低限十五になるまでは待つように言われている。
この決まりを作ったのが、アルカトル王国の建国王アベルだった、と説明されても、リィカは呆然としている。
「これを破った場合、未遂であっても関係なく、貴族位の降格となります。ですが、男爵の下はありませんからね。よって、エルモールンティン男爵は貴族位剥奪となりました」
国によっては、準男爵や騎士爵というような、さらに下位の貴族位が存在する場合もあるが、アルカトルにはそれらが存在しない。男爵位は貴族位の一番下だから、それ以上降格はできないから剥奪される、というのはリィカも分かった。
「きちんと処分しないと、好き勝手やらかす貴族が必ず出るんですよ。だから、巡回に回る兵士たちにも気をつけさせているんですけどね。……本当に申し訳なかったです」
「あ……」
頭を下げられて、リィカは言葉が出ない。……あの時、リィカは忘れてしまった。怖くて怖くて、母に「忘れてしまいなさい」と言われるがままに、男爵に言われたことを忘れてしまった。
だから、母だけではなく村の人たちも何も言わなかったのだ。それならその方が幸せだろうと。来年、その時が来たときどうするかを悩みつつも、何も刺激せずに様子を見ることを選んだ。
きっとそのせいで、巡回にきてくれた兵士たちも、違和感を感じることがなかったんだろう。少なくとも、表面上は平穏に暮らしていたから。
「母君から、今のあなたはもう立ち直ったようだと話がありましたが、だからといって、その時の恐怖がなくなったわけではないでしょう。この話もするべきか悩みましたが、隠すべきではないと判断し、こうして話をさせて頂きました」
学園長にまっすぐ見られて、リィカも見返した。話してくれて良かったと思う。まさか今になって、あの記憶にケジメをつけられる日が来るとは思わなかった。
リィカの目を見て、学園長は満足そうに頷いた。
「彼女の処分は、学園内での発表としては普通に"退学"として発表しますから、そのつもりでいて下さい。――さて、話は以上です。四人とももう授業は始まっていますから、教室へ戻って下さい」
「はい、ありがとうございました」
リィカは頭を下げて、そして未だに複雑な表情のままのアレクたちに笑いかけて、学園長室を出る。その後ろを、三人が慌てて追いかけてきた。
「……リィカ、その、だな」
「大丈夫だよ」
アレクが何かを言いかけたのを遮って伝える。
「本当にもう大丈夫なの。――アレクが側にいてくれるから、大丈夫だよ」
「リィ、カ」
まだ戸惑っているアレクの腕に、リィカは自分の腕を絡める。そして、笑った。自分のできる、最高の笑顔で。
「ずっと一緒にいてくれるんでしょ?」
「――ああ、当たり前だ」
アレクも吹っ切ったように笑顔を見せた。
そのまま、腕を組んだまま歩いていくリィカとアレクを、後ろから見ていたアークバルトとレーナニアは、こちらは顔を見合わせてクスリと笑って、後を追いかけるのだった。




