ナイジェルの謝罪とレンデルの本気
一晩たって翌朝。
昨晩は、寝ようかなと思ったらアレクから風の手紙で連絡が来た。やはり国王に連絡を入れたらしく、そこからアレクに話が伝わったのだ。
リィカは軽く「大丈夫だよ」と伝えたが、アレクの歯切れはやたらと悪かった。どうしたんだろうと思ったが、結局は「それなら良かった」とだけ言っただけだった。
今日会ったら聞いてみようと思いつつ、ミラベルとセシリーと一緒に寮を出る。そして学園に近い場所まできて、三人ほぼ同時に足を止めた。
――そこにいたのは、ナイジェルだった。
リィカは、キャンプ以降初の対面である。ギロッと射殺しそうな目でリィカを見ている……が、その目の奥に怯えのようなものが感じ取れて、リィカは内心で首を傾げる。
「キャンプの時は迷惑をかけて申し訳なかった。……確かに謝りましたからな。では」
「……はい?」
挨拶も何もなく早口で告げて、ナイジェルは背中を見せて去っていく。まるで逃げるような早足だ。呼び止める暇もない。
「ええっと……?」
これは一体何をどう判断したらいいのだろうか。困ってミラベルとセシリーを見たら、二人も去っていったナイジェルを見ているが、リィカとは違って呆れた様子を見せている。
「あれが謝罪?」
「違うわね」
ミラベルは肩をすくめる。困った顔のリィカを見て、ため息をついた。
「父親のガルズ侯爵閣下から、あなたに謝りなさいと言われたのでしょうね。昨日話したことの一端よ。問題の一つ、キャンプの時の暴走の件を、まずは謝罪して解決しようとしているのよ」
「……そうなんだ」
あんな一方的にまくし立てただけのものが、本当に謝罪なのかと、リィカも疑問に思うところだが、それ以上に気になったのがナイジェルの見せた怯えだ。明らかに、あれはリィカに向けられていた。
「確かに公爵になったけど、だからってそんなに怖がるものなのかな?」
「え?」
「あ、いや、ナイジェル様が怯えているように見えたから。逃げるように去っていっちゃったし。貴族の人たちにとって、重要なのは分からなくはないんだけど」
ナイジェルが怯えるとするなら、そこだろうとリィカは思ったのだ。今まで貴族位三位である伯爵相当の地位だったのに、一位の公爵になってしまった。二位の侯爵であるナイジェルを越えてしまったから。
だからといって、あんなに態度が変わるものなのだろうか。喧嘩を売って欲しいわけではないが、ここまではっきり変わってしまうと複雑でしょうがない。
リィカの疑問に首を振ったのはセシリーだった。
「たぶん違うよ」
「違う?」
「そ。身分じゃなくて、実力に怯えてるんだよ」
「……へ?」
それこそあり得ないと思ったリィカだが、セシリーの「レンデルに聞いた方が早い」という言葉に、またも首を傾げた。
※ ※ ※
すでに教室にいたレンデルに、セシリーが話をすると、レンデルは苦笑した。
「まだ怯えてるんだ、ナイジェルの奴。あっさり忘れて元に戻るんじゃないかと思ってたけど、案外引きずるね」
リィカは、あの時ナイジェルが押しかけてきたときのことを思い出すが、そんなに怯えていたのだろうかと思ったが、話を聞いて納得した。
怯えていたのは、あの時ナイジェルの上級魔法を凝縮魔法で相殺したことではなく、その後の《天変地異》だった、ということだ。
「よくよく考えれば、あの魔法の威力、非常識だもんね……」
リィカがそう言うと、呆れた目が向けられた。
「よくよく考えなくても、非常識だって」
「そうそう。僕だってあの時は本気でビビったんだから」
そうなんだ、とは思うが、リィカの中でその感覚は薄い。ジャダーカの《天変地異》の方が強力だし、魔王を相手にしたときだって、まともにダメージを与えられなかった。
基準がそっちなので、一般の基準から遠ざかってしまうのだ。
「ねぇリィカ、あれも混成魔法だよね?」
「……? うん、そうだけど」
身を乗り出してきたレンデルに、首を傾げつつ聞くと、レンデルの表情が少し緊張したものになった。
「……あれをさ、僕も使いたいって言ったら、使えるようになる?」
「《天変地異》を?」
「うん」
真剣なレンデルにリィカは口ごもったが、本気だからこそ言わないわけにはいかないだろう。
「レンデルの持ってる属性は、火と水だよね」
「そうだけど」
「《天変地異》を使うのにはね、火と水と風と土、四つの属性全部持ってないと使えないんだ」
「ええっ!? そうなのっ!?」
愕然としてレンデルが叫び、セシリーが「ありゃ」と言いたそうな顔をした。ガックリと落ち込んでしまったレンデルに、リィカは慌てた。
「ご、ごめんね、レンデル」
「……あ、いや、リィカが謝ることじゃないって。そっか、誰でも使えるわけじゃないのかぁ」
リィカの謝罪には手を振って否定したレンデルだが、やはり落ち込むものは落ち込むらしい。リィカは頭を猛スピードで働かせて、何とかフォローを試みた。
「でも、火と水があれば、記録に残ってる混成魔法、《熱湯》と《水蒸気爆発》は使えるよ。他にも、混成魔法の防御魔法は、火だけ水だけで使えるし」
レンデルは、少し驚いた顔でリィカの顔をマジマジと見た。そして、何かに納得したように頷いた。
「――なるほど。そっか、混成魔法ってそういうことか。自分の持ってる魔法の属性をかけ合わせて使うんだ。言われてみれば当たり前だけど、深く考えたことなかったな」
うんうんと頷いて、質問を重ねてきた。
「それって、無詠唱じゃなきゃ使えない? 俺でも無詠唱使えるようになる? 教えてって言ったら教えてくれる?」
「……あ、えっと」
リィカは目を泳がせた。無詠唱問題は、現在取り組み真っ最中だ。使えるようになるかどうかは分からないが、現状では教えるわけにはいかない。
「《熱湯》も《水蒸気爆発》も、記録に長ったらしい詠唱が残ってるから、まずはそれで試してみてもいいのかなと思うけど」
過去に発動に成功させた人がいるという、この二つの混成魔法だが、それを発動させるために、上級魔法の三倍か四倍はありそうな長い詠唱をして、発動させたらしい。
リィカも最初その記録を見つけて、それを見ながらやってみた。というか、やろうとしても、何度も途中でつっかえてしまって、結局発動には至らなかった。
つまりリィカは、無詠唱でしか混成魔法の発動に成功していないのだが、わざわざそれを言う必要もない。
順番で考えるなら、まずはそっちだろうと思って言ったリィカの言葉に、レンデルは真剣な目で頷いていた。




