魔法師団からの嘆願
レーナニアは一人馬車に乗って、学園から自宅に戻ってきていた。いつもアークバルトが一緒なので、一人でいることに違和感がある。けれど、今はそれで良かったと思う。
「……おにい、ちゃん」
改めて口にする。その動きに違和感がある。少なくとも、レーナニア自身の記憶の中では、兄のことを「お兄ちゃん」と呼んでいたことはない。それに「お兄ちゃん」の前につけていた名前は、兄とは別の名前だった、ような気がする。
「……ではこの記憶は、"ゲーム"をやっていた"わたくし"自身の記憶なのでしょうか」
この記憶が何なのか、唐突に思い出すゲームに関連した記憶は一体何なのか。ゲーム以外の記憶は全く思い出せないけれど、それを遊んでいた"自分"という存在はあったように思う。
「……………無理ね。何も思い出せない」
何かが引っかかって、すっきりしない。けれど、これ以上考えても意味がないと、頭を切り替えた。そうなると、気になるのはアークバルトとアレクの欠席の理由だ。
アレクはリィカと一緒にモントルビアに行っていた。今日が久しぶりの登校となるはずだったのに来なかった。
王子が揃って休まなければならない事態とは、何があったのだろうか。
※ ※ ※
「なんだ、バルとユーリも来たのか」
「来ちゃ悪ぃかよ」
「久しぶりだというのに、ずいぶんな言葉ですね」
放課後、バルとユーリと一緒に王宮を訪れると、アレクが出迎えてくれた。そして、その第一声にバルとユーリが憮然としている。いや、そう見せているだけで、実際には別に怒っているわけでも何でもないだろうが。
「い、いや、来たから来たのかって言っただけで、別に駄目とかじゃなくて」
慌てたように言い訳しているアレクを見て、リィカはクスッと笑う。こういう悪いようにも捉えられそうな言葉を、他の人に対してしているアレクを見ない。それだけバルとユーリには気を許している証拠だと思うのだ。
「魔封陣の中でも魔法を使ったこと、ちゃんと説明した方がいいのかなって思って。それで二人も一緒に来てくれたの」
フォローというつもりではないが、一緒に来た理由を説明する。さらにバルが追加をする。
「それにリィカ一人でいたら、また襲われるかもしんねぇだろ?」
「……ああ、そうだな。ありがとな」
「気にすんなって」
「そうですよ。それに今度はリィカじゃなく、アレクやバルかもしれないし、僕かもしれません。用心にこしたことはないですからね」
アレクが神妙な顔で頷く。相手が魔族であるなら、今回はたまたまリィカが狙われただけ、という可能性が高いのだ。
「じゃあ、三人とも来てくれ。予想通りに、魔封陣の中で魔法を使ったことに対して、父上たちが説明を聞きたがっている」
アレクも一応説明はしたのだが、自分が使えるわけではないのでその説明もあやふやだ。使える本人たちに説明してもらった方がいいだろうと、リィカが来るのを待っていたらしい。
ここまで聞いて、ユーリの口の端が楽しそうに上がった。
「でしたら、説明はリィカがして下さいね」
「なんで!? ユーリの方が絶対上手に説明できると思う!」
「だって、陛下方が説明を求めているのは、リィカに対してじゃないですか」
「ユーリがやってよぉ」
「あー、どっちでもいいから」
アレクが困って口を挟む。ユーリとバルが来ることは想定しなかっただけで、分かるように説明されればどちらでもいい。正直、リィカの言うように、ユーリが説明した方が分かりやすいだろうなと思う。
「やれやれ、しょうがないですねぇ」
肩をすくめたユーリだが、その顔がニッと笑っていて、アレクはゲンナリしたのだった。
※ ※ ※
「なるほど。つまりは、詠唱も魔法名も唱えず魔法を使えば、魔封じの枷をしておっても、魔法を使えるのか」
ユーリの説明後、国王が重々しく頷いた。そこにいるのは、国王とリィカたち四人の他、王太子のアークバルト、レーナニアの父であり国王の側近であるヴィート公爵もそろっている。
「話は分かった。……とりあえず、ユーリッヒとリィカ嬢は罪を犯すなよ。魔封じが効かないという事実が知れ渡るのは、あまり良くないからな」
「――は、はいっ!」
「リィカ、そんなにビクついて返事しなくて大丈夫ですよ。陛下の冗談ですから」
「……え、冗談?」
ユーリの苦笑しながらの言葉にリィカはキョトンとして、アレクが父王を軽く睨んだ。
「父上、リィカ相手に質の悪い冗談は止めて下さい」
「絶対に冗談でもないぞ。魔封じの効果がないなんぞ……分かった儂が悪かったから、睨むのはやめんか」
言いかけた国王は、アレクの視線が鋭くなっていって、苦笑いした。好きな女ができると色々変わるらしいと内心で思ったが、それを表に出すことなく、話を続ける。
「ちなみに、無詠唱というのは簡単にできるものなのか?」
問われてリィカとユーリは顔を見合わせる。そしてお互いに首を傾げながら、ユーリが口を開いた。
「僕はリィカに教わって簡単にできるようになりました。タイキさんもですね。アキトは詠唱の破棄はできても、魔法名は唱えないと駄目でした」
そして、アレクとバルは、よく使うエンチャントの魔法ができるだけだ。
「後は、デトナ王国の王子、テオドア殿下も無詠唱での魔法発動を、簡単にしていましたね。彼の国の魔法師団員も練習していたようですが、できるようになったのは見ていません」
ユーリが旅をしていた頃を思い出しつつ言うと、リィカも躊躇いがちに口を開いた。元々テオドアに教えていたのは、リィカだ。
「テオドア殿下には、詳しいことは何も教えなかったのに使えるようになりました。ベル様に……えっと、レイズクルス公爵家のミラベル様に魔法を教えていますけど、無詠唱で使えるようにはなっていません」
「……ふむ」
国王は考えるようにしながら、側に控えているヴィート公爵を見た。
「どう思う?」
「テオドア殿下は確か、魔力暴走を起こすほどの魔力量の持ち主です。思うに、ある一定以上の魔力量は必要なのではないですか? 練習を重ねた結果、どうなるのかは不明ですが」
「……そうであるな」
やはり何かを考え込む国王に疑問を持ったのは、リィカとユーリ、そしてバルだ。アレクもアークバルトも知っているのか、難しい表情をしている。
疑問を浮かべる三人に気付いて答えたのは、アークバルトだった。
「実はね、魔法師団の副師団長、ライアン伯爵から嘆願が来ているんだ。リィカ嬢に、魔法の指南をお願いしたいと」
「えっ!?」
驚愕するリィカに、アレクが苦笑しつつ付け足した。
「今、魔法師団員たちの力が下がっている。それをどうにかしようと考えた結果らしい。キャンプの時にリィカの実力を直接見て、最終的に決断したそうだ。だがそれで、無詠唱で魔法を使える者が増えた場合の問題がな」
「そうだな。そうでなくても軍人が罪を犯すと、捕まえんのも大変だってのに、捕らえておくこともできねぇってなると、大問題だな」
バルが難しい顔をして頷いた。騎士団長である父親からそういう話も聞いたことがあるだけに、問題が想像しやすいのだ。
「魔法名だけでも唱えれば魔封じは効果がありますから、完全な無詠唱の存在は隠すか……いえ、実際にリィカの戦いを見てしまっているから無意味ですね。それに練習しているうちに、できるようになってしまう可能性もありますね」
ユーリも考えるようにしながら言うが、自分で自分の意見を却下している。そして少し考えて、何かを思いついた顔をした。
「ああ、そういえば、リィカ……」
言いかけて、何かに気付いたように口を噤む。珍しいなと思いながら、リィカは聞き返した。
「なに、ユーリ?」
「……いやその」
ユーリの視線が、国王やアークバルト、ヴィート公爵に向いているのに気付く。リィカが気付くくらいなので、国王たちがそれに気付かないはずもない。
「なんだ、儂らがいたら話しにくいのか?」
「……その、申し訳ありません。詳細は省きますが、完全な無詠唱であっても魔法が使えない状況があったことを思い出しました。とはいっても、あれをそのまま使うことはできないので、色々研究や改良が必要になりますが」
もしそれを新しい魔封じの枷として実用化できたなら、問題も解決する。ユーリは言いながら、内心でため息をつく。一つくらいコソッともらってきてしまえば良かったと思いながら、それを口にした。
「小国群の国々では、未だに奴隷制度が健在だそうです。そして、我が国では使用禁止とされた隷属の首輪も、現役で使用されています。陛下、非常に頼みにくい内容ではありますが、その隷属の首輪を一つ、手に入れて頂けませんか?」
「――あ」
リィカが小さくつぶやく。その様子に、国王とアークバルト、ヴィート公爵が眉をひそめた。旅の途中で一体何があったのか。それを問いただしたいのを耐えて、国王はユーリに告げた。
「分かった。この城に保管されているものがあるから、一つユーリッヒに貸し与えよう。ただし、城外への持ち出しは厳禁だ。良いな?」
「……あるんですか」
まさかそう言われるとは思わなかった。が、わざわざ手に入れる必要がないのは好都合だ。ユーリは頭を下げた。
「承りました。城内のみで研究等を行います。……リィカ、辛いかもしれませんが、手伝ってくれませんか?」
「もう平気だから、気にしないで。手伝うよ。――ただね、その」
リィカは笑って手を左右に振った。カトリーズの街で、魔封陣を破り魔族たちを退けたあと、デウスに捕まって隷属の首輪をつけられた。あの時の痛みは忘れられない。
けれどそれよりも、あの事件のおかげで、暁斗が母親の……凪沙の悪夢を乗り越えられたのだ。決してあれは無駄じゃなかった。それでいいと思っている。
だから、リィカにとっての問題は、そこではない。
「……その、わたしが魔法師団の人に教えるのって、決定なの?」
リィカの言葉に、その場の全員が「あー」と内心でつぶやいた。それを前提に話をすすめてしまっているし、そうして欲しいと思っている。けれど、リィカの不安そうな表情に、どう話を持っていけばいいのか。
が一人だけ、皆のそんな悩みとは無関係に、笑顔で言い放った。
「もちろんですよ、リィカ。やって下さい」
「ええー……」
有無を言わせぬユーリの口調に、リィカはガックリ肩を落としたのだった。




