マディナ
「リィカは、王子様と一緒か」
リィカの母マディナは、自らに与えられた部屋で、一人そうつぶやいた。
知らないうちに貴族になっていたらしい娘は、今度は公爵なんてものになって、そして王子と夜を過ごす。
全く想像もしていなかった未来。その未来が、自らを強姦したあの男の血によるものだというのが複雑だが、それでも幸せになる娘をとても嬉しく思う。
「……本当ですね。あの子を愛することができれば、私も幸せになれる」
マディナはつぶやく。
思い出すのは、未婚のまま妊娠したことで、家族や周囲の人から白眼視され、父親から勘当されて、行く当てもないままに彷徨っていたときのこと。
多分、このまま死ぬのだろうと思った。クレールム村の村人に救われなかったら、きっとそうなっていたはずだ。
助けられて、村長の妻に全てを話した。最後に「妊娠さえしなければ」とポロッとこぼした。その時に言われたのだ。
『どんな事情があっても、この子はあんたの腹に宿った、あんたの子だ。すぐには難しいだろうけど、愛してみようと思いなさい。あんたが愛すれば、この子も愛してくれる』
そうなのだろうか。この子を愛せるのだろうか。愛せたとして、この子も同じ気持ちを持ってくれるのだろうか。
『そうしたら、いずれあんたの側からこの子が旅立つ時、幸せになる子を見て、あんたもきっと幸せになれるから』
そう言われても分からなかった。それなのに、涙が零れてくるのを堪えきれなかった。
そのまま村に迎え入れられて、穏やかな生活を送った。努力は必要なかった。どんどん大きくなるお腹とその中で動くのが分かると、この子が愛しくてしかたなかった。
リィカが生まれてから、色々なことがあった。村に盗賊が現れたときのこと。領主である男爵にリィカが目をつけられてしまったときのこと。
そして、魔力を暴走させて王都に来ることになった。魔王が誕生して、リィカが勇者と一緒に旅に出るなんて、とんでもない事態になった。
マディナは、フフと笑う。旅から戻ってきたときのリィカは、何度も何度も「アレク」の名を嬉しそうに……そして悲しそうに話をしていた。リィカがその「アレク」をどう思っているのか、想像することなど簡単だった。
騙されていなければいいなとは思ったが、その心配は杞憂だった。
ベネット公爵の話をするために訪れた「アレク」も、本当にリィカのことを大切に思ってくれているのが、分かったから。
「ちょっと、寂しいけどねぇ。王子様と結婚なんかしちゃったら、気軽に会えなくなっちゃうでしょうに」
贅沢は言わないが、もう少し近いところにいて欲しいと願ってしまう。
結婚式には出させてくれるんだろうか。孫が生まれたら顔を見せてくれるんだろうか。
――でもきっと。
こういうことを考えることができるというのが、幸せな証拠なのだろう。




