調印の儀式
その翌日、ベネット公爵邸で調印の儀式が行われた。儀式ってなに、とリィカは思ったものだ。
リィカが正式にベネット公爵の一員になるために、書類にサインをするだけなのだが、なぜかそれが仰々しく"調印の儀式"なる名前で呼ばれて、リィカは卒倒してしまいたかった。
そして、当主のクリフはもちろんだが、ジェラードもいるし、アレクまでいる。もちろん正装していて、リィカも正装させられた。はっきりいって意味不明である。
名前を書くだけじゃないのかとコーニリアスに言ったら、「書くだけですが」となんてことない風に言われた。書くだけなら、なぜジェラードもアレクもいる必要があるのかが分からないと言ったら、「証人が必要なんですよ」と言われた。
サインした書類があるのにと思って、そこで気付いた。ようするに、きちんと本人がサインしたものであることの証明が必要ということなのだろう。詐欺防止だ。その証明が、王族の立ち会いというわけだ。
(つまり、王族が嘘を言っちゃえば、簡単に不正が成立しちゃうけど……)
まあだが、それは今論じることではないだろう。
リィカはドキドキしながら、書類の置かれた席につく。そこにはクリフのサインがすでにしてある。
リィカはペンを取った。自分の名前を書くだけで、こんなに緊張する日が来るとは思わなかったと思いつつ、指定された場所に名前を書く。
書き終わると、その書類をコーニリアスが手に取り、それがジェラードに渡り、そしてアレクに渡る。最後にクリフが確認すると、再びコーニリアスに手渡された。
「これにて、リィカ様は間違いなく、ベネット公爵家の一員と相成りました」
その言葉に、リィカはフーッと息を吐いた。名前を書いただけで疲れた。だが、なぜかこの後にパーティーがあるらしいので、まだ終わりというわけではない。
「リィカ」
クリフがリィカに手を差し出した。疲れた様子を見せたからか、心配そうな顔をしているが、リィカはほんのり笑みを浮かべて首を横に振り、クリフの手に自らの手を重ねる。立ち上がると、その両手をスカートの裾に持っていき、クリフに頭を下げた。
「若輩者ではございますが、これからどうぞよろしくお願い致します、お兄様」
「僕の方こそよろしく頼むよ、リィカ」
儀式の一環としての挨拶を交わし、二人で笑みを浮かべたのだった。
※ ※ ※
その後のパーティーでは、主立った貴族たちが招待され、リィカが紹介された。だいぶ人数は絞ったというコーニリアスの話だったが、「これで?」と異口同音にクリフと言ったものだ。
大半はコーニリアスが対応してくれて、というか大半がコーニリアスの知り合いらしいが、ジェラードやアレクも話に入って、パーティーは何事もなく終了する。
――そして、夜。
ジェラードは王宮へ戻ったが、どういう話になったのか、アレクは泊まることになったらしい。パーティー後、リビングでくつろいでいる一同に向けて、コーニリアスが爆弾発言をした。
「アレクシス殿下とリィカ様は、同室でよろしいですよね」
疑問形すらつけないその発言に、三者ともブッと吹き出した。
「待ってコーニ先生! 何言うんだよっ!」
真っ先にそう叫んだのはクリフである。よほど混乱しているのか、先生をつけて呼んでしまっている。コーニリアスはそれを指摘することはなく、ただ平然として、確認するように言ったのはアレクに対してだった。
「よろしいでしょうか、アレクシス殿下」
今度は一応、質問の体を成してはいる。真っ直ぐその視線を受けて、アレクは苦笑した。全く、外堀を完全に埋める気できている。
「ああ、それでいい」
「アレクっ!?」
アレクが頷くと、今度はリィカが叫んだ。その顔は真っ赤だ。アレクは笑って、その肩を抱き寄せたのだった。




