クリフとのデート②
「なるほど、クリフとリィカ嬢が一緒にお出かけですか」
コーニリアスからの情報にジェラードは笑うしかない。間違いなく、アレクの不機嫌はそこだ。
解決法がないわけではない。街の視察に誘えばいい。そこで、偶然を装ってリィカたちを見つけて、合流すればいいだけだ。
だが、おそらく行く場所はクリフの生まれ育った場所だろう。となると、一般街でもかなり外れの、貧しい地域になる。隣国の王子を、視察とはいってもそんな場所へは連れて行けない。
「気晴らしに、騎士団員たちに稽古でもつけてもらいましょうかね」
気晴らしというか憂さ晴らしというか。騎士団員に怪我人が続出するかもしれない、という考えは脇に置いて、ジェラードはその考えを実行するべく、動いたのだった。
※ ※ ※
「クリフ……?」
「院長先生、お久しぶりです。突然すみません」
「いえ、それはいいのだけど……だって、あなた……」
クリフの母の墓参りの後にやってきたのは、孤児院だった。レンガでできたその建物は、大分年季が入っているように見える。扉を叩いて出てきた人は、中年の女性だった。クリフを見て、その顔が驚きに染まっている。
「ちょっと、会いたいなって思って。……駄目だったでしょうか」
クリフが曖昧に笑いつつ言うと、院長先生と呼ばれたその人はクリフを見て、そして笑った。
「駄目なんてことはないわ、中に入りなさい。……後ろのお嬢さんは、クリフの彼女さんかしら?」
「あはは。そうじゃなくて、最近見つかった僕の妹なんだ」
「あら」
院長先生はまたも驚いてリィカを見る。リィカは黙って頭を下げた。その様子を見て、院長先生は優しげに笑った。
「そうですか。お嬢さんもどうぞ。小さなところで申し訳ありませんが、お入り下さいな」
「はい、ありがとうございます」
招きに応じてリィカも丁寧に言葉を返す。一瞬だけ外をチラッと見て、孤児院の中に入っていったのだった。
※ ※ ※
年季の入った外観と違い、中はリィカが想像したより綺麗だった。孤児院に来るのは初めてだったが、子どもばかりということで、もっと散らかっている様を想像してしまっていた。
「先生、前に来たときより綺麗になってるね」
「今の国王陛下になってから、補助が増えたから。それに、"ベネット公爵家"からも寄付を頂いたのよ?」
「……あはははは、そうでした」
意味ありげに院長に見られて、クリフは苦笑した。
もちろん、寄付をしたのはクリフ自身である。細かい手続きなどはコーニリアスが対応したが、それを命じたのはクリフだ。
「あー、クリフだ!」
そこに、子どもの声が響いた。まだ高い、変声期前の男の子の声。クリフを指さしているその男の子を、別の男の子が頭を叩いた。こちらはもう少し年上だ。
「人を指さすな! そして、クリフ兄ちゃん……じゃなくて、お偉い貴族様になったんだから、ちゃんと様をつけてだな……」
「スタン、今まで通り兄ちゃんでいいよ」
言いかけたその男の子の言葉を、クリフが遮った。顔をのぞき込まれて、スタンと呼ばれた男の子の顔は、当惑していた。
「でも、すごい家のご当主様になったんだろ?」
「そうだけど、だからって人間が変わるわけじゃない。この孤児院では今まで通り君たちの『兄ちゃん』でいたいんだ」
優しく語りかけるクリフに、スタンはまだ戸惑っている。そこに、また子どもの声が響いた。
「あー! 女だ! クリフが女を連れてきた! だれだれ!? すげーきれい!」
「こらっ! だからソル! お前言った側から……!」
先ほど、"クリフ"と呼び捨てにして頭を叩かれた少年が、今度はリィカを指さして叫んでいた。指を指されたリィカはと言えば、「あはは……」と苦笑いしている。
スタンがまたも叱りつけて頭を叩いて、ソルと呼ばれた男の子が叩かれた部分を押さえて「いたい」と言っているのを見て、リィカは視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「こんにちは、突然お邪魔しちゃってごめんね。わたしはリィカって言うの。クリフお兄ちゃんの妹だよ」
「いもうとっ!? こんな綺麗な人がっ!?」
「なんだぁ、クリフの彼女じゃないのかぁ。まあクリフじゃこんな美人を彼女にするのは……いてっ」
クリフが無言でソルの頭を叩く。とはいっても、本気で叩いてはいないから、叩かれた頭を押さえるソルも、さほど痛そうな顔はしていない。
「全く。まあでも、リィカを綺麗と言ったから許してやろう」
「クリフに許してもらわなくたっていいよ!」
「だからお前は、名前を呼び捨てにするな!」
仲良く言い合っている三人を見て、リィカが顔を綻ばせると、横から「クスクス」と笑う声が聞こえた。
「相変わらずなのね、クリフは。もっと貴族っぽくなっているかと思ったのに、変わらないのだから」
院長先生だ。リィカが見ると、その視線に気付いたように、院長先生もリィカを見て、視線が合った。
「あんな感じで、クリフは貴族としてきちんとやっていけているのでしょうか」
「わたしはお兄ちゃんに会ってまだ数日なんですけど、ちゃんとできているように見えます。でも、今みたいな感じのお兄ちゃんの方が好きですね」
「……そうなの」
少し驚いたような院長先生は、だがすぐにリィカにこう言った。
「それでも、きっとこれからクリフの側にいてくれるのは、あなたなのでしょう。色々世間で言われているのは知っていますが、とても面倒見が良くて責任感の強い子です。どうか、クリフのことをよろしくお願いします」
頭を下げられて、リィカは目を見開いた。
自分はどれだけ側にいられるかなんて、分からない。大体、アルカトル王国に帰ってしまえば、そう簡単にクリフと会うことはできない。そもそも、まだベネット家の一員になると決めたわけではない。
そう、頭では思った。だが……。
「はい」
気付けば、リィカは肯定の返事をしていた。




