クリフとのデート①
その日の朝。
侍女たちから、「アレクシス殿下がやけに不機嫌で……」という困り果てた報告を聞いたジェラードは、会いに行ってそれが紛れもない事実であることを悟った。
(リィカ嬢関連で、何かあったかな)
侍女たちは気にしていたが、彼女たちの不手際ではないだろう。その辺りのことを気にする人ではないし、気にするレベルであれば自分たちに言ってくる。何も言わずに不機嫌にはならない。
となると、残る可能性はリィカのことしかないだろう。二日続けてリィカはベネット家に泊まった。正直ここまで宿泊が重なると、鼻のきく貴族なら「何かある」と探りを入れているだろうから、露見するのも時間の問題だ。
(さて、どうしようかな。コーニリアスに聞いてみようか)
不機嫌な隣国の王子をそのまま放置しておけない。リィカ側で何かあったのか、それを聞いてから判断するしかなさそうだった。
※ ※ ※
「フン、フン、フーン」
一方、ベネット邸。ここの当主、クリフは朝からご機嫌だった。
「おっでかっけ、おっでかっけ、リィカとお出かけだー!」
ご機嫌すぎて、今にも踊り出しそうなクリフに、コーニリアスが釘を刺した。
「クリフ様、外出は認めますが、あまり変な行動をなさいませんように。ベネット家の新しい当主は変人だと噂が立ちますので」
「へんっな、こうどうぅなんーて、しーないよー」
どこからどう見ても聞いても変でしかないクリフに、コーニリアスはこっそりため息をついた。
昨日、アルカトルの大使邸から戻ったリィカに、一緒に出かけないかという話をされてから、異様なまでにご機嫌だ。今すぐにも出かけようとするクリフには、さすがに待ったをかけた。間もなく夕方だからだ。
納得を見せたクリフだが、次の日の朝に出かけようというのは、絶対に譲らなかった。仕事がないわけではないのだが、コーニリアスは早々に説得を諦めた。
そうして迎えた今朝はヤケに早起きだったし、朝から言動がおかしい。そもそも突然の"一緒に出かける"がどういう意味なのか、クリフは分かっているのだろうか。
間違いなく、アルカトル大使であるマルティン伯爵からの入れ知恵だろう。ベネット家の一員になるかならないか、その判断のための外出なのだ。妙な行動をすれば、リィカが離れる結果になりかねない。
「うっれしいなうれしいな、リィカとおっでかっけ、うっれしいなー」
……まあ何も分かっていないだろう。ただ純粋にリィカと出かけられることを喜んでいる。
コーニリアスは意識を切り替えた。リィカを相手に策を練ったところで意味がない。クリフの裏表ない態度だからこそ、短時間でリィカと仲良くなったのだ。だからここはきっと、ただ喜んでいて貰うだけの方が間違いないはずだ。
「リィカイエーイ! お兄ちゃんとデートだぞー!」
「…………」
自分の判断が間違っていないことを、心から願うコーニリアスだった。
※ ※ ※
「お兄ちゃん、ごめんねお待たせ」
「ううん、大丈夫。待ってないよ」
クリフの元に準備を終えたリィカがやってきた。クリフも、先ほどまでの怪しすぎる浮かれ具合を隠し、笑顔でリィカを迎え入れる。
二人とも街に出てもおかしくない、いたって普段着である。クリフはシャツとズボンにベストという、シンプルな装い。リィカは、濃い赤のワンピースで胸元辺りはレース状になっていて、その上から花柄模様の薄手のカーディガンを羽織っている。
アレクが見たら、「俺以外の男の前で可愛い格好をするな」とか本気で言うかもしれない。だが別にリィカが選んだわけではなく、侍女が選んだ服である。
「じゃあ行こっか、リィカ」
「うん。コーニリアスさん、行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」
クリフが手を差し出し、それにリィカが一瞬迷ってから、結局手を繋ぐ。コーニリアスは一礼して送り出した。
最初はついていくつもりだったが、クリフに嫌がられたのでやめた。どちらにしても、公爵家当主が街に行くのに、護衛もなしというわけにはいかない。リィカがいればいいという問題でもない。
護衛のリーダーに自分が信頼している者を当てて、そこからの報告を聞くことで納得することにしたのだ。
その一方、クリフは屋敷から出て、後ろをふり返って不思議そうにしていた。
「どうかしたの?」
「いや、護衛がつくってコーニ先生言ってたでしょ。でもいないなって思って」
リィカの質問に、クリフが素直に思った事を伝える。すると、リィカは笑った。
「ちゃんと来てるよ、護衛の人たち。三人かな」
「え」
「わたしもチラッと聞いただけだけど、お忍びとかで出かける場合、護衛対象ができるだけ自由にのびのびできるように、なるべく視界に入らないようにするんだって」
「……へぇ」
クリフが辺りを見回すが、それっぽい人は見当たらない。見つけるのは諦めて、今度はリィカを見た。
「リィカはそういうの分かるんだ」
「うん、魔力で探れるの。最初のうちは難しかったけど、今は結構慣れてきたかな。だから変な人がいたら、わたしも気付けるから、お兄ちゃん安心してね」
「うーん……それはとっても頼もしいけど……」
リィカは首を傾げた。クリフが眉をひそめている。
「けど?」
「頼もしいけど、できれば僕がリィカを守るって言いたいなぁ」
リィカは一瞬キョトンとして、そして笑った。
「お兄ちゃん、魔力少ないし、剣も使えないみたいだし、わたしが守るよ!」
「……ああ、お兄ちゃんの威厳が欲しい」
リィカの宣言にクリフは項垂れて、リィカはさらに笑ったのだった。
※ ※ ※
「ごめんねリィカ、最初に来るのがここで」
「ううん、いいよ。お兄ちゃん、ずっと来たかったんでしょ?」
「うん」
クリフが最初にリィカを連れてきた場所。そこにはお墓があった。誰のお墓なのかと、聞くまでもない。リィカは一歩下がり、クリフは手を合わせた。
「――母さん、久しぶり。色々あって来られなかったんだ。これからも、どれだけ来ることができるか、分からないけど」
クリフが七歳の時に亡くなったという母親。どんな人だったんだろうと思いはしても、ここまで話を聞く機会はなかった。
「母さんは、ちゃんと僕の父親のこと知ってたのかなぁ。父親は母さんのこと、何とも思ってなかったよ。迎えに来るはずなんて、なかったのに。本当に、母さんはバカだよ」
ほんのわずか、クリフの声が震えた。そうだったんだ、とリィカは思う。クリフの母親は、いつかあの男が自分自身と息子のクリフを迎え入れてくれると、本気で信じていたのか。
「……でも、僕は父親の……後を継いだつもりはないけど、それでも父親の血のおかげで、公爵家の当主なんてものになれたよ。だから母さん、安心してね」
そこまで言うとクリフはふぅっと息を吐き、後ろをふり返ってリィカを見た。手招きして隣に来たリィカを指し示しながら、さらにお墓に向かって語りかけた。
「母さん、この子が僕の妹。母親違いの妹だよ。ね、分かるでしょ。あの男、あっちこっちで子ども作ってさ。……でもね、すっごくこの子可愛いんだよ。僕の最高の妹だよ」
その言葉にリィカは笑う。恥ずかしいけれど、嬉しく感じてしまってしょうがない。
「さ、行こう、リィカ」
「わたし、挨拶しなくていいの?」
「いいよ。母親違いの妹なんて、母さんきっと怒るから。僕が自慢したかっただけだから、さっさと行こう」
クリフは手をひいて、お墓を後にする。最後にチラッとふり返った。
「しょっちゅうは来れないけど。できるだけ顔を出すようにするからね」
ほんの少し寂しそうな笑顔で、そう言ったのだった。




