王都モルタナへ
街の中を馬車が通る。
前方にいるアレクやジェラードは、街の人たちに手を振って応えているのが見えたが、リィカはそれはやらなくていいと言われた。
小窓からボンヤリと外を見つつ、門に近づいていくと、見えたのは研究所だった。
「……………」
思い出して、何となく目が据わった気がする。
忙しい合間を縫って研究所へ行った。もちろん、目的はドラゴンを閉じ込めた《氷柱の棺》を溶かすことだ。
そして、騎士団長が一緒に来て、研究者たちを抑え込んでいた。
なんでも、この夏の日差しの中でも溶けなかった氷を、研究したいから溶かさなくていい、と言い出していたらしい。けれど、それでは肝心の魔物の研究が進まない。よって、力尽くで抑え込むから、その隙に頼むと言われた。
後ろから聞こえる、研究者たちの悲鳴は聞こえない振りをしながら、リィカは氷を溶かしたのだった……。
※ ※ ※
道中は、特に何もなかった。母の緊張も、数日もすればなくなっていた。
ちなみに、馬車で大人しくしていることに飽きたらしいアレクが、時折馬に乗って魔物退治をしていた。そして、同行している魔法師団員から魔法を見せて欲しいと頼まれて、リィカが混成魔法を使って、ちょっとした騒ぎになった。
事件らしい事件といえば、この程度だった。
リィカは、バルとかユーリとか泰基とか、ストッパー役は必要だなぁとちょっと反省した。
そんな、笑い話とほんの少しの説教ネタを作りつつ、一行は王都モルタナへと到着した。
※ ※ ※
「本日は、こちらのお部屋でごゆっくりお過ごし下さい。食事もこちらに運ばせて頂きます」
一行は王宮に入り、その一室に案内された。リィカは緊張した……が、より緊張している母を見て緊張が緩んだ。
案内された部屋は広く、ベッドが二つある。どうやらリィカと母を同室にしたらしい。おそらく、母への配慮だろう。リィカも慣れているとは言い難いが、母よりはまだマシである。
「面会は明日、叶うと思いますが、決定次第ご連絡致します」
ジェラードが丁寧に言ったその言葉に、リィカの肩が跳ね上がった。結局、何をどうしたいのか、何もリィカは決められていない。
「では」
必要事項だけ伝えて、ジェラードは去っていった。やることがたくさんあるのだろうとは思うが、案内までしっかり行う辺りはさすがだと思う。
ちなみに、アレクは先に部屋へ案内されている。中は見なかったので、どんな感じかは分からない。
「お茶を入れますので、お座り下さいませ」
残った侍女に声をかけられて、母が「……はい」と小さく返事をしている。リィカも勧められたとおりに座りながら、手際よくお茶を入れている侍女を見る。まだ若い……とはいっても、二十歳は超えているだろうか。
以前、このモルタナを訪れたときは王宮に入ることはなかったから、どんな侍女がいるのか知らない。あるいは、アレクやジェラードがいなくなった途端、平民上がりのリィカや、真実平民である母に対して、居丈高に振る舞うのではないかとも思ったのだが、そんな様子はない。
「あの、いつからこの王宮に勤めているんですか?」
唐突なリィカの質問に、侍女は驚く様子もなく少し笑って答えた。
「勤めるだけなら、五年ほど前からです。今のフェルドランド国王陛下になってから、大半の侍女が交代となりましたが、私はこうして残っております」
「そうですか」
当時、まだルイス公爵と呼ばれていた頃のフェルドランド国王の屋敷に勤めていた人は、いい人たちばかりで、リィカにとって居心地は良かった。侍女の大半が交代する中残った人なのであれば、きっと問題ないだろうと思って、リィカは少し体の力を抜いたのだった。
お茶を入れたら、侍女は「用事があればお呼び下さい」とだけ言って長居はせずに、部屋から出て行った。その途端、母が座っていたソファに倒れるように横たわり、リィカは笑ってしまった。
侍女たちの介入も必要最小限で、その日は部屋でゆっくり休んで、翌朝。再び現れたのはジェラードだった。
「朝食後に、元ベネット公爵であるディックの元へ、ご案内いたします」
その言葉に、母は無表情になり、リィカの顔は強張ったのだった。




