出発
ジェラードと会って話をしてから、二週間。リィカは母と一緒に王城の門にいた。今日、帰国するジェラードと一緒に、モントルビア王国へ出発する。
この二週間、リィカはほとんど学園へ行けず、王宮にいた。一応でも貴族となった身である。他国へ行く以上、それなりの準備が必要だと言われたからだ。
リィカとしては、母と一緒に父親と思しきあの男に会って帰ってくるだけだと思っていた。だが、母はともかく、リィカはそれだけでは済まない。
王宮に入る以上は、新国王となったルイス公爵……ではなくフェルドランド国王に挨拶しないわけにはいかない。そして、今のところ可能性レベルだが、新しくベネット公爵家の当主となった青年に会う可能性もある。
それらの衣装の用意と、道中の衣装も必要と言われた。道中は旅の衣装を着る気満々だったが、それも駄目と言われた。
ジェラードが一緒にいる以上、貴族としての体裁を整えるように言われて、拒否はできなかった。もう何度目になるか、王妃やレーナニアの着せ替え人形になっていたのだった。
「……これが外出用の衣装かぁ」
着せ替え人形にされたときにも思ったが、今また諦め悪く思う。動きやすい旅の衣装がなつかしい。
今着ているのは、上はブラウス、下はスカートだ。別に動けないわけではないが、旅の衣装ほど動きやすいわけでもない。特にスカートはくるぶしまで長さがあって、邪魔の一言だ。
これがパーティーなんかの短い時間であればいいのだが、モントルビアまでの道中をずっとこの格好だ。そういうものだと言われて受け入れたのだが、今からウンザリしている。旅の間、アレクが今の方が気楽でいいと言っていた理由が、よく分かる。
(……っていうか、アレクも一緒に行くんだよね)
昨日、アレクからそんな話をされたことを、リィカは思い出していた。
※ ※ ※
「俺も一緒にモントルビアに行くことになったから」
「……え?」
唐突に言われた言葉に、リィカは聞き返す。ポカンとしたリィカの表情に、アレクは嬉しそうだ。
「俺も一緒に行く。父上の、王の名代として新国王への祝いを伝えに行くことになったから。よろしくな」
「……あ、うん?」
一緒に行くことだけは理解したが、何のことかがよく分からない。疑問形で返事をしたリィカに、アークバルトが突っ込んでいた。
「素直に言ったら? リィカ嬢と一緒にいたいから、無理矢理理由を作ったんだって」
「兄上っ!」
アレクが叫ぶが、アークバルトはお構いなしに言葉を続ける。
「リィカ嬢、本当はね、最初は私が行く予定だったんだよ。それを、アレクが横から口を突っ込んできて、使者はアレクになった。全く、旅に出る前ならそんなものに行きたいと言うこともなかったのに」
「……………」
何と言っていいか分からず、リィカは黙ってアレクを見上げた。目が合うと、アレクの顔が赤くなる。
「……ん、まあその、な。ただ待ってるだけは、性に合わないんだ」
リィカは目をパチクリさせた。「待ってて下さい」と言ったことを思い出して、少し笑った。
「そっか」
なんだかんだで嬉しいと思ってしまうのだから、しょうがない。
※ ※ ※
今、目の前でバタバタと準備している様子をボンヤリ眺める。使者がアークバルトからアレクに代わって、その変更で忙しいらしい。とはいっても、私物程度の変更らしいが、それを聞いて、リィカは申し訳なく思った。
アレクが来てくれるのは、自分のためだ。それが他の人の迷惑に繋がってしまったのかと思うと、悪いなという気持ちになる。それを口にしても「気にするな」と言われるだけだろう。きっとそういうものなのだ。感謝だけは忘れないようにしよう、とリィカは思う。
「ふー……」
隣で大きく息を吐く音がして、そちらを見る。
「どうしたの、お母さん」
「緊張してきたのよ」
その言葉通りに、メチャメチャ緊張した顔をしている。それを見て、リィカは何となくおかしくなった。
道中は可能な限りの配慮がされていて、母が王族であるジェラードやアレクと接することはほとんどない。おそらく、出発時と到着時くらいだ。それを聞いて、母はホッとした顔をしていたが、それだけでは緊張は抜けないらしい。
この王都アルールから、アルカトル王国を出るまでにおよそ五日。モントルビア王国に入ってから、王都モルタナに到着するまでは二週間弱。その間は、馬車での移動だ。
母には旅の経験などない。せいぜい数日程度の移動である。それがいきなり、二十日も移動しますと言われたら、緊張もするだろう。
リィカは、道中の心配はあまりしていない。問題は到着してからだ。ベネット公爵と対面してどうしたいのか、その答えは出ていない。
そう言ったら母に笑われた。リィカとは逆で、到着してからの心配はしていないらしい。「顔を見たら、どうにかなるでしょ」と言っていた。
本当にどうにかなるんだろうかと思っていたら、周囲がざわついた。アレクとジェラードが王城から出てきて、リィカたちの方に近づいてきたのだ。
「リィカ嬢、マディナさん、本日からよろしくお願いします」
ジェラードに丁寧に挨拶されて、母が弾かれたように頭を下げる。リィカは、スカートの裾をつまんで頭を下げた。
挨拶はそれで終わりだ。アレクとジェラードが一緒の馬車に乗るのを見届けてから、リィカと母も兵士たちに案内されて馬車に乗る。旅の間に六人で乗った馬車よりは小さいが、それでも二人で乗るには広すぎるくらいに広かった。
「出発ー!」
その大きな声が聞こえて、馬車が動き出した。リィカも母も一言もしゃべらず、ただ外を見ていた。




