いつか会える日を
それから一ヶ月弱。
"魔王討伐"を知らせる早馬がアルカトル王国から届いた。これで、魔王が討伐されたことは公式のものとして扱われることになる。
「ですが、アルカトル王国からその報せが届くとは、どういうことなのでしょう」
「さあな。分かるのは、召喚された勇者様親子が自らの国へ帰還されたこと。残った勇者様ご一行四名が、いずこの国にも立ち寄らずにアルカトル王国へ帰還したこと」
王城に呼び出されたクリフとコーニリアスは、そこでルイス公爵……ではなく、国王に早馬で届いた内容を知らされた。
正式に国王となったフェルドランド国王だが、戴冠式などは行っておらず、行政上の手続きが完了したのみである。
魔王討伐が公式発表となった後、国内の情勢が落ち着き次第行う、としているが、いつになるのか見通しは不明だ。
知らされた内容にコーニリアスが疑問を投げかけ、国王が答える。話を聞きつつ、クリフは勉強したことを思い出していた。
アルカトル王国は、このモントルビア王国の南に位置している隣国である。勇者一行が向かった魔国は北にあるのだから、当然勇者たちとて北から帰ってこなくてはならない。
だというのに、なぜかいきなり南に位置している国に現れた、ということだろうか。
「勇者様がどうやって帰還されたのか。なぜ、どうやって、どこにも姿を見せずにアルカトルに帰ったのか。それらは勇者一行によって回答を拒否された、とのことだ」
「拒否、ですか。……まあ、この国に姿を見せたくない気持ちは分かりますが」
「はっきり言わないでくれ、コーニリアス。全くもって同感だ。リィカ嬢は特にな」
大きく息を吐いた国王を見ながら、クリフは口の中で「リィカ」と小さくつぶやいた。名前は聞いた。前国王たちによって、被害にあった平民の魔法使いの女性の名前だ。
「ところで陛下。それを伝えるために呼び出したわけではないですよね?」
「ああ、もちろんだ」
「そうなんですかっ!?」
コーニリアスの唐突な質問に、クリフが何言ってるんだと思う間もなく頷いた国王の言葉に、クリフは思わず叫んでしまった。
「当たり前でしょう、クリフ様。大体、魔王討伐の報が正式に届いたなど、我らだけに話すものではありません。国全体にその情報を伝えなければならないことなのですから」
「そ、そりゃそうだけど、でもさ……」
この一ヶ月みっちりしごかれたおかげで、「様」付けと敬語で話されることには少し慣れてきたクリフだ。
慣れてきたのはその辺りだけで、知識とか事情の読み合いとか、そんなものはまだまだだ。
国全体に伝える前に、自分に、というかコーニリアスに一言伝えておきたかったのではないか、とクリフは思ったのだが。
「クリフ。コーニリアスの言う通り、これだけで呼び出したりはしない。個別に伝える必要はないから」
国王が苦笑と共に伝える。そして、呼び出した本題を口にした。
※ ※ ※
その報告は、国王が息子のジェラードと共に執務している時だった。
「ディック・フォン・ベネットの供述では、クリフ様の母君の他に、二人の女性に手をつけているそうです。うち一人は国内で、この王都内ですので、さっそく調査を始めております」
困り切った様子の兵士の報告に、国王は眉をひそめた。そして目で続きを促す。
「もう一人の女性は、十八年前に訪問した隣国のアルカトル王国らしく……。合意の上だったのか伺うと、『なぜ合意を得る必要があるのだ』と……」
兵士の様子に納得がいった。自国ならいいというわけではないが、それでも対処はしやすい。他国でそんなことをして発覚すれば、下手すれば国際問題になる。
「はあっ!? 他国で何をやっているんだ、あの男」
そう怒ったのはジェラードだった。
クリフの母親の例があったから、念のため他にもいないか調べた方が良いのではないか、と言い出したのはジェラードだった。
まさかそれが、思いも寄らない面倒を引き寄せることになるなど、ジェラードは想像もしていなかっただろう。
怒るジェラードを横目に、国王は兵士に声をかけた。
「報告ご苦労。アルカトル王国でのことについては、私の方で考える。国内での調査は任せた」
「はっ」
出て行く兵士を見送り、ジェラードが国王に声をかけた。
「面倒な事になってしまいましたね。如何しますか、父上」
「さほど面倒でもない。"誰なのか"の検討はついている」
「……え?」
国内であれば調べるのも難しくない。しかし、他国で好き勝手に調べて歩くわけにはいかない。目的としては、被害のあった女性への弁償と補償のためだが、他国の人間が国内を嗅ぎまわることを良しとする国などない。
相手の女性が誰かが分かっていれば、それだけで確かにずいぶん面倒は減るだろう。けれどなぜ分かるのか。視線を父王に向けたジェラードに、国王は腕を組んだ。
「思い出せ、ジェラード。ベネット公爵に聞いていた少女がいただろう。"十七年前に、アルカトル王国にいなかったか"と」
「……え? あ……リィカ嬢、ですか……?」
「そうだ」
水も食事も与えられず、睡眠すらできずに弱った状態のリィカは、ギリギリの所で仲間の勇者たちの助けが間に合った。
自分たちもベネット公爵邸に行っていて、その時耳にしたリィカの質問だ。
「ジェラード、リィカ嬢には父親がいない。母親が何者かに襲われて、その結果リィカ嬢が生まれた」
ジェラードが大きく目を見開いた。国王は頷く。
「リィカ嬢の持つ豊富な魔力量が、父親から継いだものではないか。リィカ嬢がベネット公爵に聞いた内容に、そう思った」
ルイス公爵邸に向かう途中の馬車の中で、国王はわざわざリィカにベネット公爵のことを説明している。
地下牢にいる間に起こった出来事について、話すのを躊躇ったリィカに、『情報をもらうだけでは不公平だ』と言っていたが、情報の対価として教えたわけではなかったのか、と初めてジェラードは目の前の父の思惑に気付いた。
「ですが、なぜリィカ嬢は自らの父親があいつだと思ったんでしょうか」
「さあな。私もそれを知りたかったから情報を投げかけてみたが、乗ってきてくれなかった」
あの時のリィカは、与えられた情報にただ「ありがとうございます」と頭を下げただけで、それ以上は何も言わなかった。
疑問は疑問のままだが、それでもリィカがベネット公爵に質問をした、というのは事実なのだ。
「アルカトルの国王陛下も調べているだろう。そしておそらく、答えは出ている」
あの時、アルカトル国王の使う『影』が近くにいた。リィカの発言も伝わっているはず。である以上、すでに調べもついているはずだ。
※ ※ ※
「え? じゃあ、その子って……」
説明を聞いたクリフは、呆然とつぶやいた。コーニリアスもさすがに驚きを隠せていない。
「リィカ嬢の単なる勘違いという可能性もゼロではない。だが、確かな証拠もなく、あのような質問はしないだろうし、状況から考えれば矛盾する点が見つからない」
国王は言いつつ、クリフを真っ直ぐに見た。
「国内の状況が落ち着かないから今すぐとはいかないが、アルカトルにジェラードを送る。先方の国王と、そしてリィカ嬢やリィカ嬢の母君との話にもよるから、現時点では何とも言えないが、事実として覚えておいてくれ」
「はい、分かりまし……ええと、承知致しました」
言いかけて気付いて、クリフは言い直す。そして、今度は別の思いで「リィカ」と口の中でつぶやく。
「……その子が良いと言えば、できれば会うだけでも会ってみたいです」
母親違いの妹、かもしれない子。自分の家族だったかもしれないベネット公爵とユインラムとは、何一つわかり合えることはなかった。
でももしかしたら……。そんな思いが、クリフの中に生まれていた。
※ ※ ※
それから一週間ほどたって、アルカトル王国から「ジェフ」と名乗る男が現れた。リィカが、ベネット公爵の娘でほぼ間違いないことが確認された。
そこから、色々とアルカトル王国とやり取りが行われたらしく、ジェラードが出発するまで一ヶ月以上の時間がかかった。クリフがヤキモキして「自分も行きたい」と言い出して、コーニリアスに怒られた。
クリフははやる心を何とか落ち着かせて、素直に待つことにした。いつか妹に会えるのを、楽しみにして。
以上で間章は終了です。
次話から十八章になります。




