四ヶ月後
「クリフ、この書類の仕分け、よろしく」
「は、はい」
ジェラードから渡された書類の束をデスクにおいて、それぞれ内容ごとに分けていく。難しいことは分からないが、金に関することか、街に関することか、兵に関することか、程度であれば、読めば何となく分かる。
ジェラードが部屋を出て行くのを横目で見ながら、クリフは仕事に集中した。
「……いや、これ仕事なのかな」
ボソリと小さくつぶやく。
やってもらえると助かるとは言われているが、やらなくても問題ないことは知っている。だから、間違ってもいいから気負わずやってほしい、と言われた。
それが仕事なのか、と最初に思った疑問が、ついまた口に出た。これを仕事として与えられる理由は教えてもらったが、これでいいんだろうかと未だに思う。
※ ※ ※
自分が育った孤児院の子供たちの食べる物がない。その話を聞いたとき、クリフ自身もほとんど無一文だった。それでも犯罪だけは犯すまいと思っていたのだが、子供たちが「お腹空いた」と泣いているのを聞けば、それも吹っ飛んだ。
そして、盗みに入ったはいいが、結局はすぐ捕まった。そこで自分を尋問した相手にいきなり雇うと言われ、さらに公爵だと知った時には、本気で驚いた。
孤児院は国からの支援費の他、貴族からの寄付によって成り立っている。
今の国王になってから支援費が減額され、寄付も減り、それでも何とかやっていたのだが、魔王の誕生とその後の治安の悪化で、さらに寄付額が減った。
それで限界が来てしまったのだ。
実際に寄付するだけの余裕がないのだ。心ある貴族であっても、優先するべきは自分たちであり、使用人だ。それはどうしようもないと、クリフは納得するしかない。
いくつも孤児院があるのだ。寄付するなら平等に。
だから、ルイス公爵が自分を雇うと言ってくれたのは、"平等"をごまかすためだろうと思った。すべての孤児院に渡る寄付は無理でも、自分一人雇うだけなら問題ないだろうからと。
クリフは、他の孤児院とて大変だろうし申し訳ないと思いつつも、自分に払われた給料のほとんどを、育った孤児院に渡した。十分とは言えないが、何とかやっていける状態にはなったと聞いて、クリフはホッとしていた。
そんなこんなで、クリフはルイス公爵に仕えて仕事を始めた。始めたのだが、何かがおかしい。下働きのさらに雑用くらいだろうと思っていた。それでも真面目に仕事はするつもりだった。
だというのに、なぜかルイス公爵や長男のジェラードの下での仕事が始まった。書類確認など、ただの一平民がする仕事ではない。
なぜ、という疑問が解消したのは、働き始めて一ヶ月ほど後のことだった。
「父親? え、公爵、ですか?」
「そうだ。絶対とは言えないまでも、ほぼ間違いないと確認が取れた。あとはもう、顔がそっくりだからな。誰もが信じるだろう」
自らの父親の情報。
母親が「偉い人だった」と話をしていたことしか覚えていない、顔も名前も知らない父親。
ベネット公爵、という魔法師団長でもある男。このモントルビア王国に長く続く公爵家の現当主。それが自らの父親だと聞かされて、クリフは頭が真っ白になった。
同時に、ひどく納得もした。誰もが自分の顔を見て驚く理由。
「僕、そんなに父親に似てます?」
「ああ、よく似ている。顔は似ているのに、中身は父親と違って素直だし、威張らないものだから、違和感があってしょうがない」
「……僕と話していて、変な顔されるのって、それですか」
ルイス公爵もジェラードも、他の兵士たちも、最初は必ず驚き、そして話していると変な顔をされる。
一体何なんだと思いつつも聞けずにいたのだが、一気に疑問が解消された。
「クリフ、君に頼みたいことがある」
「何でしょうか」
改まってルイス公爵に言われて、クリフは居住まいを正した。ルイス公爵は恩人だ。自分に出来ることであるならば、何でもやりたいと思っている。
「君は十九歳だな」
「はい、そうですが」
「ベネット公爵の長男とされているユインラムは、十八歳だ」
「……はぁ」
それが何なのかと思いながら、話を聞く。ルイス公爵の言いたいことが分からない。
「ベネット公爵もユインラムも、過去に色々犯罪をやらかしたが、権力を乱用してなかったことにしてきた。だが今、私はそれらの証拠を掴むことができた。そして、それらを突きつけて、彼らを当主、そして次期当主の座から引きずり下ろすつもりだ」
「……え」
まさか、と思いつつ、ルイス公爵の顔をマジマジと見てしまった。
「必要なことは私やジェラードが教える。それでも、君は大変だろうと思う。その上で頼みたい。次のベネット公爵家当主になってくれないか」
「…………………」
あまりのことに、クリフは返事をすることができなかった。
※ ※ ※
そして、その話をしてから三ヶ月が経った。今行っている書類確認は、自分がベネット公爵家当主になるために必要な知識を学ばせるためだ。
さらにそれだけでなく、今のクリフは多くのことを知った。
誰も口にしない。当のルイス公爵自身も。
それでも、ルイス公爵が考えている事が、「ベネット公爵を引きずり下ろす」なんてことではなく、もっと先であることは察することができた。それは、今こうして街の治安維持に携わっている者たちが、望んでいることでもある。
本当に引きずり下ろしたいのは、ベネット公爵ではなく、国王であるということを。
(まあ、だろうな。国王たち、何もしてないものな)
治安維持に必要な金銭は、すべてルイス公爵の私財が投じられている。
国から出ないのかと言ったら、全部却下されたと疲れた顔で言っていた。けれど、そんな事を言いつつも、口の端は上がっていたのだから、その事実も利用する気満々だろう。
今、街に住む人々のほとんどは、王弟のルイス公爵を支持し、国王を支持している者はいない。その事実すらも、きっと国王は知らない。
ルイス公爵の元に人員が集まっている、とクリフは思う。
それは別に意図して集めたわけではなく、ルイス公爵の行っていることに賛同して、自らはせ参じてきているような人たちばかり。
今の国王になってから、権力から遠ざかっていた人や疎まれていた人。そういった人たちが今ルイス公爵の元に集まってきている。
誰も何も言わない。けれど皆は望んでいる。
おそらく準備は整っている。けれど、ルイス公爵に動く気配はない。最後まで治安維持に全力を尽くすのだろう。それが、人々の支持を受ける最良の方法だからだ。
だから、勝負の時はきっと……。
「報告! 今、北の地に光の柱が確認されました!」
「報告いたします! 魔物達が何かに怯えたように、一斉に街道から姿を消したとのことです!」
その声が聞こえて、クリフは立ち上がる。向かうはルイス公爵の元だ。
「閣下っ!」
「クリフか。……勇者様が、魔王を倒した。北の地に上る柱は、その証と伝えられている」
「はいっ!」
クリフも勉強して、それは知っている。興奮して頷く。
ルイス公爵は、続々と周囲に集まってきている人たちを見回した。
「最後まで気を抜くな。この後、旅に必要な物品類の買い占めが行われる可能性がある。そして、街から出ようとする者たちが門に殺到するだろう。最後まで治安維持に努めろ」
「「「はっ!!」」」
その場の大勢が、一斉に姿勢を正して敬礼する。
ルイス公爵はその様子を静かに見て、そして口を開いた。
「皆、ここまで私に協力してくれたこと、心から感謝する。あと少しだけ頑張って欲しい。そして……できればその後も私に協力してくれると、有り難い」
その言葉に、ワーッと大きな歓声が上がった。
クリフは、その歓声を受けるルイス公爵を見て、自らも興奮が抑えきれなくなるのを感じていた。




