盗みを働いた青年
時は遡り、まだ魔王が倒される前のこと。
勇者たちが出発したアルカトル王国の隣国、モントルビア王国の王都モルタナは、人で溢れかえっていた。
それに伴い治安も悪化。だが、それもギリギリの所で抑えられ、時間が経過すると共に、少しずつ改善傾向が見られていた。
そのことに王都に住む人々は安堵し、それらを担ってくれている兵士たちの労をねぎらった。同時に、それらの対応をしてくれているのが国王ではないということも、徐々に浸透しつつあったのだった。
※ ※ ※
「閣下、街の巡回から戻りました。異常ございません」
「そうか、ご苦労。少し休んでくれ」
「はっ、ありがとうございます」
モントルビア王国王弟であるルイス公爵は、兵士からの言葉に頷きとねぎらいの言葉を掛ける。
ここ最近、落ち着いてきたことと人員も増えてきたことで、ようやく休む余裕もできた。それまで休みらしい休みがなかったのだ。その分、休ませてやりたいとルイス公爵は考えており、そう考えていることを部下たちも知っている。
当のルイス公爵自身はあまり休んでいないことも知っているが、何かあったときに存分に動けるように、休めと言われれば休むようにしている。
報告に来た兵士が去り、その後すぐに別の報告者が現れた。
「閣下、ご相談があるのですが、よろしいでしょうか」
「なんだ?」
疲れは一切見せず、問い返すルイス公爵に、報告に来た兵士は頭を下げた。
「実は、盗みを働いた者を捕らえたのですが、それが……」
「どうした?」
ようやく落ち着いてきたとは言っても、まだまだ窃盗・盗難といった行為は多く見られている。悲しいが珍しいことではなく、その報告がわざわざルイス公爵の元まで上がるのが珍しい。
「……その、申し訳ありませんが、ご足労願えませんか。見て頂くのが一番早いかと……」
「ん?」
何のことだと思いながら、ルイス公爵は立ち上がる。わざわざ言ってくるのだから、それなりの理由があるのだろうと判断する。
兵士の後に付いていきながら、向かう先は一時的に犯罪を犯した者を捕らえている牢屋。その一つを示されて視線を持っていったルイス公爵は、危うく声を上げるところだった。
髪の色は、栗色というか茶色というか、平民の持つよくある髪色。だが、その顔に見覚えがある。というか、よく似た人を知っている。
「……とりあえず、報告に感謝する。そして悪いが、もう少し付き合ってくれないか」
「はっ、かしこまりました」
報告を上げた兵士に告げて、牢の中の青年を見る。ため息をつきたい気分だったが、これは放置できない。
(ユインラムと同じくらいか?)
いや、顔がそっくりだというだけで判断してしまうのは、いけないのだろうが。
その青年は、モントルビア王国の公爵、ベネット公爵とそっくりの顔をしていた。
ベネット公爵よりは、ずっと若い。だが、その長男であるユインラムと同年齢か、あるいは年上に見えたのだった。
※ ※ ※
青年を牢から出して、別室に移動する。もし何か不審な動きがあってもすぐ対応できるように、報告を上げた兵士がそのまますぐ後ろに立っていてもらっている。
さらに、ルイス公爵は自らの息子であるジェラードも呼んで同席させている。そのジェラードも、青年を見た時に絶句していた。
「クリフ、と申します」
名前を聞くと、その青年は思いの外丁寧な言葉遣いと所作で、逆らうことなく素直に答えた。
それに驚いてしまったのは、みすぼらしい身なりからは想像つかなかったからか。あるいは、ベネット公爵に似ているから、素直な返答があるなど思わなかったからか。
「なぜ、盗みを働いた?」
クリフと名乗った青年が盗んだのは、食料品ばかりだ。となれば想像はつくが、それでもルイス公爵が聞いたのは、この青年の背後を知りたかったからだ。
クリフが、拳を強く握ったのが見えた。
「僕は七歳の時に母を亡くして、孤児院で育ちました。その孤児院にいる子たちがお腹を空かせてるんです。入ってくるお金も減って、十分な食べ物がありません。だから、あるところから盗もうとした。それだけです」
怯むことなく、ルイス公爵の目を見て言い返す。それを見て内心で「ほお」とつぶやく。
度胸があることに感心し、さらに孤児院育ちであれば、知るよしもなさそうな敬語で話をしていることに、感心したのだ。
「その言葉遣いは、誰かから学んだのか?」
「…………っ……! 言いたく、ありません」
言えば、その相手に迷惑をかけると思ったのか。だが、それはつまり、学んだ相手がいるということを肯定したことに他ならない。
「ふむ。ところで、母親を亡くして孤児院に入ったということだが、父親は?」
「さあ、知りません。お偉い人だと母が言っていたことはありますけど、それ以上は何も。僕は顔も名前も知りませんが、母が僕と似てると言ってたことはあります」
興味なさそうに吐き捨てた。おそらく苦労してきたのだろう。それなのに、お偉いはずの父親が顔すら出さなかったことに、腹を立てているのかもしれない。
「なるほど」
ルイス公爵は頷いた。詳細を調べる必要はあるが、この話だけ聞くのであれば、間違いないと言っていい。
となると、一つの案がルイス公爵の頭に浮かぶ。
「クリフ、と言ったな。きちんと給料を支払うから、私の元で働かないか?」
「は?」
クリフは目を丸くして、黙って話を聞いていたジェラードは苦笑したのだった。




