教会にて
「《回復》」
そんな声と、暖かい光に包まれた気がして、リィカは目を開けた。
「おや、お目覚めですか?」
そこにいたのは、穏やかな顔をした壮年の男性だった。
「なるほど。これは確かにひどい怪我ですね」
そこにいるのが神官だと分かった途端、リィカは必死の形相でアレクの治療をお願いしていた。
「ずっと、目が覚めないんです。昨日……じゃない、一昨日かな? 夕方からずっと。時々《回復》はしてたんですけど、わたし、あまり得意じゃなくて……!」
「分かりました。落ち着いて下さい」
詰め寄るリィカに、神官は落ち着いたものだった。
「深い傷を負った人には、良くあることです。眠ることで体力の消耗を押さえるんですよ。傷を治そうとご本人が頑張っている証拠です。……だから大丈夫ですよ」
あくまで優しく、諭すように言われて、リィカから力が抜ける。
床に座り込んでしまったリィカを、微笑ましそうに見つめるが、その顔を少し曇らせた。
「これだけの傷です。できれば、《全快》が望ましいのですが、私は《上回復》までしか使えません。時間が掛かってしまうことと、傷跡が残ってしまうことは、ご了承下さい」
「……はい、よろしくお願いします」
しっかり神官の顔を見て頼むリィカに、神官は顔を綻ばせた。
「そういえば、まだ名乗ってもいませんでしたね。私はフロイドと申します」
「あ……! すいません。わたしはリィカです。で、こっちがアレク」
元はと言えば、神官と分かった瞬間にリィカが詰め寄ったせいで、挨拶ができなかったのだ。慌てて謝罪する。
「それでは、リィカさん。リィカさんはお一人で抱えてこられたのですか? できれば、アレクさんをベッドに寝かせたいのですが、お仲間は?」
「あ……。今は一人です。こうやって……《重力操作》。これで、軽くできるので、抱えて来れました」
実際に魔法を使って、アレクを抱えてみせれば、フロイドはしばし呆然とそれを見ていたが、
「……いやぁ、驚きました。そんな事、できるんですね」
そう言って、気を取り直したように、ベッドのある部屋へ誘導した。
「《上回復》」
ベッドに横にしたアレクに、フロイドが回復を始める。
時間が掛かると言われた通りに、目に見える変化はないが、アレクの表情が穏やかになった気がした。
「こうやって、定期的に《上回復》を掛けていきますね。――さて、リィカさん、お食事はきちんとしていましたか?」
「……え? ……食事?」
言われた途端、お腹が盛大に音を立てて、リィカの顔が真っ赤に染まった。
「……何から何まですいません」
穴があったら入りたいとはこういう気分なのか。
目の前に並べられていく食事を見て、リィカは縮こまっていた。
まともに食事をしたのがいつなのか、よく覚えていない。
どうぞ、と言われて、リィカは食事に手を伸ばす。
「……おいしいです」
一度食べ出せば、止まらなかった。
「ところで、今は一人だと言っていましたが、お仲間もいるのですか?」
リィカが落ち着いた頃に、フロイドが質問をした。
おそらく冒険者だろう、くらいにフロイドは思っているが、仲間がいるならどうしたのか。
「えっと、実は色々あって、二人で川に落ちて流されてしまったんです。どのくらい流されたか分からなくて……。アレクの怪我もあったから、まずは教会を探そうと思って、ここにたどり着きました」
リィカは、差し障りのない範囲で説明を行う。
「そうだったのですね。お仲間に、回復できる人はいますか?」
「はい。神官はいます。ただ、合流できるかどうかが分からなかったから……」
みんなはどうしているんだろう、とリィカは思う。
心配しているだろうな、と思うが、探すにしても、アレクが治らないと動きがとれない。
「フロイドさん、わたしも聞きたいんですけど……、なんでここに教会だけあるんですか?」
リィカの知っている教会は、街の中にあるものだ。
人々の、病気や怪我を治すことで寄付を得ているのだから、街の外にある意味がない。
ここの周りはほとんど荒野だ。おかげで助かったのは事実だが、人通りさえほとんどない場所になぜ、と思う。
「そうですね。ほとんどお客様も来ませんから、今日来てお二人が倒れているのを見たときには、驚きました」
「……それは、本当にすいません」
フロイドはニコニコ笑う。
「元々、この教会は、人々の治療のために建てられたものではないからです。一人の神官がある研究をするために、周りに邪魔されないところを、と、ここに教会を建てたんです」
「……………研究?」
「ええ。良かったら、ご覧になりますか?」
立ち上がったフロイドから、驚きの言葉が発せられた。
「約250年前、召喚された勇者様であるシゲキ・カトウ様。彼の方と一緒に旅をした神官が、勇者様を元の世界に戻すための研究を、ここでしていたんです」
次から二話続けて、アレクの追憶です。




