中間期テストの結果発表
「リィカすごい! 一位だよ!」
「え? あ、ほんとだ!」
廊下に貼り出された結果を見て、クラスメイトが声をあげた。言われて見たリィカは、その通りの結果に驚いた。
学園の中間期テスト、その結果が発表されているのだ。テストは筆記試験の他に、剣と魔法のそれぞれの実技試験がある。今リィカが見ているのは、魔法の実技試験の結果だ。
「うわぁうれしい! 魔法だけは自信あったんだ!」
「……うんまぁ筆記試験は最下位だしね」
「それを言わないでよ!」
リィカはプクッと頬を膨らませた。その通りではあるが、わざわざ言われると悔しい。そもそも文字の読み書きを勉強するところから始めたのだから、しょうがないじゃないかとリィカは思う。
それでも、最下位にある自分の名前など見たくない。再び視線は魔法の試験結果へと向かう。やはり、一位にある名前を見ると嬉しい。
そこから二位へと目を移して……そこでようやくリィカは気付いた。
「……ねぇ、この結果って、もしかして貴族クラスも含まってる?」
二位にある名前は、貴族の名前だ。リィカも知っている名前。ダスティンから「覚えておくように」と言われた残り二人のうちの一人、「ユーリッヒ」の名前がそこにある。
「そうみたいだね」
「ほら、筆記試験は王太子が一位で、婚約者が二位だよ。次の国王夫妻が独占してる」
「剣の実技試験の結果は、同率一位の二人だしね。どっちも貴族クラスの有名人だよ」
クラスメイトが指さした先、確かに筆記試験の結果は、王太子とその婚約者の名前がある。剣の実技試験の結果は、一位が二人。一人は第二王子のアレクシス。もう一人が「覚えておくように」と言われた残り一人、騎士団長の息子であるバルムートだ。
ダスティンから説明を受けた五人、王太子のアークバルトに婚約者のレーナニア、第二王子のアレクシス。そして残った二人は、騎士団長の息子バルムート、神官長の息子ユーリッヒ。
全員合わせて、平民クラスでは「貴族クラスの有名人」と呼んでいた。
「……この結果って、貴族クラスにもそのまま発表されてるのかな? 平民の名前は抜かれてるのかな?」
「さ、さあどうなんだろう?」
リィカは畳みかけるように質問するが、クラスメイトたちも分からないと首を横に振るだけ。その様子に、リィカは血の気が引いた気がした。
「……この結果、もしそのまま見たら、貴族の方が気を悪くしたりするんじゃないかな」
「ど、どうだろう?」
「ダスティン先生、こっちにいるかな。ちょっと聞いてくる!」
「あ、リィカっ!」
慌てたように呼び止められたが、気にせずリィカは走る。貴族を差し置いて一位を獲得した平民なんて、絶対にマズい。
この「ユーリッヒ」という人は、神官長を務めている人の息子である。身分は伯爵。貴族位ではちょうど真ん中だが、この伯爵までが「上級貴族」と言われるらしい。
神官長自身が、歴代でもかなりの魔法の実力を有しているらしいが、その息子であるユーリッヒも相当らしい。父親である神官長と同等だとか、すでに抜いているとか言われているらしい。
まさかそんな人物を抜いて、自分が一位になってしまうなど、考えもしていなかった。
何か仕返しされるんだろうか、無礼打ちとかされるんだろうか。第二王子にうっかり遭遇して以降は貴族たちと会うことはなく、完全に油断していた。
せっかく楽しい学園生活を送っていたのだが、ここで終わりかと絶望的な気分になりながら、リィカはダスティンの姿を探したのだった。
※ ※ ※
「ダスティン先生! いたっ!」
ちょうど平民クラスの校舎に入ってくるダスティンを、リィカは発見した。
生徒は何か用事がなければ立ち入らない貴族校舎だが、先生たちはそうはいかないらしく、あちらへ行っていることも結構あるらしい。入ってきたということは、貴族校舎に行っていたのだろう。ちょうど良かったと思いながら、リィカはダスティンに駆け寄った。
「ど、どうしたんだ、リィカ」
リィカの慌てっぷりにダスティンが驚いている。――だけではなく、どこか落ち着かずに目が泳いでいるのだが、それにはリィカは気付かない。
「先生、あの試験の結果発表って、貴族クラスにも同じのが貼ってあるんですか!?」
「あ、ああ、そうだが」
ダスティンの動揺が強くなった。しかし、リィカはそれ以上に動揺していた。
「なんでですか!? 平民の情報って貴族たちに秘密なんでしょ!? こんなことしたら、バレちゃうじゃないですか!」
「名前だけな」
はぁとダスティンはため息をついた。そこに動揺はもう見当たらない。
「校舎は分けられていても、試験内容は皆一緒だ。人数の少ない平民クラスの中だけで結果を出しても意味がない。平民クラスの中で一位だからというだけでは、世間に通じない。だから、試験内容と結果は共通なんだよ」
「うー……」
リィカは唸った。反論が浮かばない。確かにその通りなんだろう。でも、と思うのだ。
「平民に一位を取られたら、貴族の方々だって面白くないですよね!? わたし、どうしたらいいですか!?」
「……あー」
もはや半泣きのリィカに、ダスティンは額に手を当てて上を向いた。そのままポソッと告げる。
「だから、無詠唱なんて、常識外れな真似をやらなければいいんだ」
「そんなこと言われても!」
試験なのだ。必死にやるだろう。やらなければいいと言われても困る。そして、やって結果が出てしまったものを、今さらどうにも出来ない。
「先生、どうしようー!」
「あー、まぁ大丈夫だから」
「なにがですか!」
「面白くないからと言って、権力に物を言わせて排除しようとしたりなんかしない。そういう人じゃないから、気にせず今まで通りにしてろ」
「ムリです! っていうか、なんで先生がそんなこと分かるんですか!?」
「分かるんだよ」
ダスティンの声音が優しくなった。リィカの頭に手が置かれる。
「大丈夫だ」
「……はい」
何か特別なことを言われたわけでもないのに、優しく言われて頷いてしまった。ズルいと思うが、そう言うなら本当に大丈夫なんだろうと思わせるものがある。
「ほれ、授業が始まるぞ。教室へ戻れ」
「はい」
素直に頷いて、リィカは教室へ向かう。
だから、その後方でダスティンが大きくため息をついたことには気付かなかった。
「どうしたもんか……」
そうつぶやいて、長く長く息を吐いたのだった。




