魔物を生み出す魔物
「魔族っ!」
アレクが叫び、そのまま肉薄しようとするのを、その場にいた魔族たちは舌打ちせんばかりの表情を見せた。
その瞬間、魔族の後ろにあるものが、光った。
「アレク、気をつけて!」
今度はリィカが叫ぶ。
魔族の後ろにあるもの。それはまるで巨大なタマゴだ。白く巨大なそれが輝き、そしてその光が消えると同時に、一体の魔物がそのタマゴの前に出現していた。
それを見て、リィカは目を見開いた。巨大なタマゴが孵るのかと思ったのだ。しかし、タマゴはそのままで、魔物だけが生まれた。
「どういうこと……?」
厳しい目でタマゴを凝視するリィカだが、アレクは生まれた魔物に目を向ける。それは、先ほど見たばかりの魔物だ。
「またドラゴンか! 【隼一閃】!」
アレクが剣技を仕掛ける。そして、その間にバルがドラゴンに詰め寄った。
「【獅子斬釘撃】!」
直接攻撃の剣技がドラゴンに命中し、倒れる。先ほどの全く同じ攻撃で、難なくドラゴンを仕留める。そして、バルが魔族に剣を真っ直ぐ向けた。
「さあ、次はてめぇらだ」
「なぜ魔族がこんなところにいるのか、洗いざらい吐いてもらうからな」
バルの隣にアレクも立ち、魔族に向けて剣を構える。
魔族の一人が、一歩前に出た。
「さすが勇者一行だな。勇者がいなくとも、強い」
魔族の言葉に、リィカは眉をひそめた。勇者がいないことを、魔族が知っている。情報収集能力が、相変わらず高い。それはつまり、背後にカストルがいる可能性が高いということだ。
そして、それは当然アレクも気付く。
「カストルの指示だな。奴はどこにいる」
「言うと思ったか?」
その魔族はニヤリと笑うと、おもむろにタマゴに手を置いた。ふと気付くと、残り二人の魔族も、いつの間にかタマゴの後ろ側にまわって手を触れている。
「さらばだ。せいぜい頑張って倒してみることだな!」
「――待ってっ!」
捨て台詞のような魔族の言葉に、そう叫んだのはリィカだった。走り出そうとして、その腕をユーリが掴む。
「駄目です、リィカ! アレクもバルも、下がって!」
リィカが唇を噛み、同時にタマゴがドクンと鳴動し、アレクもバルも急いで下がる。
タマゴに触れている魔族たちの顔色が、みるみるうちに白くなっていくのが見える。それに比例するかのように、タマゴの鳴動が強く激しくなっていく。
「なんなんだっ!?」
「魔力付与を……生命力まで使って、魔力をあのタマゴに注ぎ込んでいるんです。もうすぐ……」
ユーリの言葉が終わるか終わらないかのうちに、魔族たちが崩れ落ち、倒れた。そして、タマゴが激しく震えて、ピシッと音が聞こえた。そして、その中央に縦に伸びる罅が入る。
「中の奴が、出てきます」
静かなユーリの言葉に、全員が身構える。――そして、タマゴが割れた。
「ギャァァァァァアァァァァ!」
それが、大きな雄叫びを上げた。
「ドラゴン……? いやだが……」
アレクがつぶやく。
確かにそれは、姿だけを見ればドラゴンだった。だが、先ほど現れたドラゴンより、体は一回りは大きく、その尻尾の長さは二倍以上。翼は、大きな翼が二枚ある他に、小さめの翼も二枚あり、合わせて四枚の翼がある。
それより何より、そのドラゴンから感じるプレッシャーが、比ではない。ユグドラシルの島で戦ったキリムに近いものを感じる。
アレクとバルが、前に出て剣を構えた。
※ ※ ※
「ティアマトが、現れたか」
カストルが、小さくつぶやいた。
タマゴの状態の時は魔力を注ぐことで魔物を生み出すその魔物を、カストルは"ティアマト"と名付けていた。
ただ魔力を注ぐだけで孵ることはない。だが、命までかけることで、タマゴを孵すことができる。
「そこまでしなくていいと、言ったのにな」
「どちらにしても、勇者一行と顔を合わせた以上、命はないと踏んだのでしょう。であれば、一矢報いることができるかもしれない手段に賭ける気持ちは分かります」
「………………」
オルフの言葉に、カストルは無言だ。静かに、悼むように目を閉じる。数秒の後、目をあけたカストルは、視線を遠くに向けた。
「だがこれで、ティアマトの有効性は確認できた。あとは、勇者一行をどうするかだな」
孵ったティアマトが倒してくれればそれに越したことはないが、おそらく無理だろう。勇者一行を葬らなければ、魔族に未来はない。
カストルのその目は、ただ静かに、覚悟を宿していた。




