VSドラゴン
「そういえば、リィカもユーリも魔力は平気か?」
山に向かって歩きながら、アレクが思い出したように問いかけた。
魔族らしい気配がするのは、山麓よりほんの少しだけ上に上がった辺りだ。山は高いが、上にいけば行くほどに道は険しく、生息している魔物も高ランクのものになる、と言われているから、魔族たちもあまり奥に入り込むのは避けたのか。
そのおかげで、リィカたちもこれから夜になろうかという時間に、山奥に入らなくて済むが。夏で月明かりがある季節だとは言っても、夜間の登山は遠慮したいというのが本音だ。
アレクの問いに、まずリィカが答えた。
「わたしは平気だけど、ユーリは大丈夫?」
「僕も何とかなりますよ。最初は心配しましたけど、ほとんど《結界》しか使っていませんし」
「……《結界》だけ?」
リィカが首を傾げた。アレクとバルが疑問に思わないのは、理解することを諦めているからである。非常識を連発するリィカとユーリの魔法に、ツッコんでも無駄だと本気で思っている。
「《結界》は形を自由に変えられるでしょう? それで、細く尖った棒をたくさん出して倒していました。リィカも、やろうと思えば出来るでしょう?」
「どうなんだろう、そこまで形変えられるかなぁ? 基本的に防御以外に使えると思ったこと、ないんだけど」
ユーリは意地悪く問いかけるが、それにリィカは気付かず、頭に浮かべたのは自らがよく使う、火や水、風の混成魔法の《防御》である。
そのことにユーリも気づき、そうではなく通常の《防御》だと言おうと思ったが、止めた。リィカにとって、すでに《防御》と混成魔法がイコールになってしまっている。からかっても、開き直られて終わりそうだった。
※ ※ ※
「【隼一閃】!」
前方から来るBランクの魔物を、アレクが剣技の一撃で仕留める。
もう魔物は前方から来るのみだ。リィカの最強魔法が軒並み倒してのけて、その後キャンプ地周辺に残った魔物も全て倒した。今来ている魔物は、それ以降に生まれた魔物だろう。
「この先にいるのは、間違いなく魔族だな。三体か」
アレクが苦々しく言って、リィカが頷く。
「うん。でも、ジャダーカとか知ってる魔族じゃないよね」
「……なぜ口から出る名前が、それなんだ」
「え、なんでって?」
アレクの呆れ半分、嫉妬半分のツッコミに、リィカは聞き返した。そんなリィカに、ユーリは笑いたいのを必死に堪えて、バルが口を開いた。
「普通、この場合はカストルじゃねぇの? なんでジャダーカなんだよ」
「……あ、そっか」
言われてみればその通りだ。裏で画策しているのはカストルであろうから。だが、どうしてもリィカはジャダーカの方が気になってしまうのだ。
「ジャダーカは、リィカの好敵手でしょうからね。でも、アレクの恋敵でもありますし……。いやぁ大変ですね」
笑いをにじませたユーリの言葉に、リィカは首を傾げる。自分のライバルなのは確かだが、なぜアレクのライバルなのか。何が大変なのか、よく分からない。
(アレクもジャダーカと戦ったから、だからライバル……?)
リィカの思考は完全にズレた方向に向かい、アレクが落ち込んでユーリは面白そうに笑い、バルは深々とため息をついたのだった。
※ ※ ※
そんな緊張感のない状態も、距離がいよいよ近づけば四人の顔は真剣なものに変わっていく。
全員がほぼ同時に、上空を見た。魔物だ。リィカが目を見開いた。
「ドラゴン……?」
大きな羽を広げたトカゲ。日本のゲームなんかでよく見たドラゴンだ。アレクが頷いた。
「ああ、そうだ。気をつけろ、Aランクだ」
「うん」
この魔力量でAランクじゃなかったら、その方が驚きだとリィカは思いつつ、その手から凝縮魔法を放つ。しかし、簡単に避けられた。
同時に、その口に魔力が集まっているのを感じた。
「《結界》!」
ユーリが魔法を唱え、ドラゴンの口から炎が吐かれた。ユーリの顔が辛そうに歪む。攻撃が脅威だからではない。こんな森の中で炎を使ってきたからだ。木に火が燃え移るのが見えた。
「ギャウワッ!?」
突然ドラゴンが悲鳴を上げて、炎が途切れた。そして、半分落ちるようにして、地面に足をついて、リィカを睨んだ。
「ああ、凝縮魔法ですね」
ユーリが納得したようにつぶやいた。避けられたリィカの凝縮魔法だが、それを操作して魔物に命中させたのだ。
「《水塊》」
リィカは魔物を見据えたまま、静かに魔法を唱えた。火は、途中で炎が途切れたおかげで、大きな火事にはなっていない。リィカの中級魔法一発で、簡単に火は消えた。
そのままドラゴンとにらみ合いになる……かと思われたが、その前にアレクが動いた。
「【隼一閃】!」
唱えられた、横に薙ぐ風の剣技はドラゴンに命中し、その腹から出血する。
「ギャゥワアアアァァアァァッ!」
その攻撃の痛みか、攻撃に対応できなかった怒りか、ドラゴンが大きく叫ぶが、その時にはバルがドラゴンに近寄っていた。
「【獅子斬釘撃】!」
土の直接攻撃の剣技が、命中する。ドラゴンは驚いたような顔をして、そしてほとんど何もできないまま後ろに倒れた。
「……少し、解体したい気持ちもあるが」
すでに事切れているドラゴンを見ながら、アレクがつぶやく。ドラゴンの肉は果たして美味いのか、興味を隠せないアレクだが、リィカとユーリとバルのジト目に気付き、コホンとわざとらしく咳をした。
「まあ冗談はおいとくして、行くぞ」
「本当に冗談ですか?」
「いいから行くぞっ!」
ユーリのからかいに、アレクはごまかすように叫んで走り出した。そして、三人も後を追い、それから魔族の姿を目に捉えたのは、すぐのことだった。




