昼休憩
「よーし、ではここで昼休憩とする。昼食を教師が配るから、チーム単位で固まって待て!」
ゼブの声がかかったのは、森と森の半ば、草原が広がっている場所だった。その声に、生徒たちがガックリと地面に座り込む。
本来であれば、地面に座るなどしないだろうに、それを気にする余裕もないようだ。
「休憩したら、本日の野営地まで一時間ほどだ! あと少しだからなっ!」
ゼブは話を続けるが、はっきりいってこれは逆効果だ。「どこがあと少しだ」という文句を言う声があちこちから聞こえる。
リィカは周囲を見回しつつ、つぶやいた。
「結局、ほとんどの人がちゃんと歩いたね」
「何人か、教師が馬車に押しやってましたが、その程度でしたね」
「王太子殿下方が歩ききったからな」
「そろそろ兄上も義姉上も、限界そうなんだよな」
疲れ切って座り込んでいる生徒たちの中、リィカたち四人は平気そうな顔で立ったままだ。すぐ近くにはアークバルトたちがいるが、平然としている四人に驚くだけの余裕もないようだ。
教師たちが昼食を配っているのを、何とはなしに眺める。教師たちは、馬に乗っていたり馬車を動かしたりしていた。それに対しての生徒たちの不平不満は当然あるのだが、必要物品を運ばなければならない。生徒の休憩中に動かなければならないし、教師が疲労でダウンしてしまっては生徒の面倒も見られない。
「先生たちも、大変だね」
「まだ今年は楽な方だ。いいからお前たちも休め。全く疲れがないわけではないだろう?」
「ハリス先生」
リィカのつぶやきに答えたのは、担任であるハリスだった。苦笑しつつ、四人分の昼食が渡される。見れば、干し肉なんかの保存食と水だった。
「これだけかと文句を言うなよ。一応、軍隊の疑似体験なんだ。食事も相応のものになる」
「それは分かりますが、自分たちで取ってきて料理したら駄目ですか?」
「料理のできないアレクが言う台詞ではありませんね」
渡された食事を見て言ったアレクに、ツッコんだのはユーリだ。その様子に、ハリスはやや呆れた様子を見せる。
「まだまだ元気だな、お前たちは。悪いが、昼食はそれだけで止めてくれ。夕食は現地調達する分には、好きにしてもらって構わんから」
ただ他の人の分まで取り過ぎるなよ、と注意だけしてハリスは去っていく。それを見ながら、リィカも地面に座り込む。
「食べよっか」
声を掛けると、バルとユーリも座り、アレクがやや難しい顔をしつつも座る。
「どうしたの、アレク?」
「他の人の分を気に掛けるのが、面倒だと思った」
リィカは首を傾げて、ユーリは笑い、バルがアレクの頭にチョップを落とす。
「いてっ」
「しょうがねぇだろ。やろうと思えば、おれらはやりたい放題だ。周囲にペース合わせるのも、大切だぞ」
「――分かってはいるんだが」
「まあ、面倒と言えば、面倒ですけどね。何でしたら、ちょっと森に変な気配がするとかでっち上げて、今のうちに何か調達しちゃいます?」
周囲の目がなければ、アイテムボックスが使える。こっそり調達していても、バレることはない。……というユーリのあくどい意見に、アレクだけではなくバルまで目を輝かせる。
「賛成だ……」
「羨ましいくらいに余裕だね。だけど、そういうことはしないこと」
言いかけたアレクの言葉は、近づいてきていたアークバルトによって遮られた。元々近くにいたから、気配もあまり気にしていなかった。
「大丈夫です、兄上。出発時間までには戻ってきますから」
「そういう問題じゃないよ。でっち上げの理由で集団を乱す行為をしては駄目だ」
そう言いつつアークバルトが視線を向けた先には、Bクラスのナイジェルの姿があった。一体どこから持ってきたのか、椅子に座ってふんぞり返り、その脇には魔法を教えているザビニーがいて、何やらヘコヘコしている。
おそらく同じチームなのだろう生徒たちは、立ったままで緊張した顔を見せている。
「何をしているんだ、あいつは」
「さあね。ただ、現時点でああいう問題児がいるからね。アレクも程々にね」
それだけ言うと、アークバルトはまたチームの元に戻っていく。その姿を見て、つぶやいたのはバルだった。
「なんつーか、旅の前ほど、アレク第一主義じゃなくなったな、王太子殿下は」
「ああ、それ僕も思いました。以前は、アレクが自分を優先しないと不満そう……というか、優先するのが当然、という様子でしたからね」
「なんだそれは」
バルとユーリの言葉に、アレクが心底不思議そうな様子を見せる。リィカは訳が分かってないので、無言のまま話を聞いている。
「アレクも、王太子殿下を最優先に考える様子がなくなりましたよね」
「旅に出て、物理的に距離ができたおかげか? まあ、いい傾向だな」
バルとユーリの言葉に、アレクはやはりよく分からなそうな顔をしているが、リィカは二人の話を聞きながら「そういえば」と思う。レーナニアが、アレクとアークバルトの仲の良さに嫉妬気味だったことを思い出したのだ。
リィカ自身は、二人の仲睦まじい様子を見たわけでもないので、実感が湧かない、というのが正直な所だ。
そこまで考えたところで、リィカはハッとして顔を向ける。ユーリも同じように顔を向けた。二人の視線の先は、同じ。この先、向かっていく方向だ。
「どうかしたか?」
「何があった?」
アレクとバルは何も感じなかったのか。怪訝そうながらも、リィカとユーリの様子に周囲を警戒している。
「分かんない。けど、今一瞬、強い魔力を感じたの」
「ええ。一瞬だけ膨れ上がって弾けた、ように感じました」
リィカ、ユーリと言葉を続ける。だが、その先は自信なさげだった。
「今は何も感じないよね?」
「ええ、あれだけでしたね。一瞬過ぎて、何の魔力だったのかも、よく分かりませんでした」
不安そうな様子に、アレクもバルも気を引き締める。
「何も起こらなければいいが……」
そうつぶやいたアレクだが、何となくそれは叶いそうにない気も、したのだった。




