脅威か否か
「これはこれは、名誉貴族殿。副師団長より直接礼を言われるとは、ずいぶんご活躍だったようで」
ナイジェルがわざとらしくリィカに話しかけてきた。表情は、リィカを嘲るような笑み……を浮かべているつもりなのかもしれないが、怒りも隠し切れておらず、何とも言えない醜悪な表情になっている。
「その小さな胸でどのようにたらし込んだのか、参考までに伺いたいものですな」
言われた台詞の意味を、リィカは理解できなかった。そんなリィカを、庇うように前に出たのはレーナニアだった。
「たらし込んだのではなく、文字通りにリィカさんがその実力で、魔物を倒して兵士たちを助けていたんですよ。これまでの数ヶ月でリィカさんの実力をその目で見てきたはずでしょう? それなのに、そんな邪推しかできないのですか?」
「おやおやこれはこれは。王太子殿下のご婚約者様が、その元平民の肩を持つので?」
「肩を持つのではなく、ただ本当のことを言っているだけです」
レーナニアは毅然と言い返して、そしてリィカたちをふり返る。リィカよりもミラベルの無表情のほうが気になるレベルだった。
「行きましょう。明日もずっと馬車での移動ですから。――あなたたちも、さっさと休まれた方がいいですよ」
後半は、ギリギリ歯ぎしりしているナイジェルに言い捨てて、レーナニアは他の五人を伴って、その場を後にしたのだった。
※ ※ ※
「リィカさん、申し訳ありません」
「なんでベル様が謝るの。必要ないよ」
部屋に入って、ミラベルがリィカに頭を下げた。それが先ほどのナイジェルの発言であることに、リィカも察しがついた。
同時に、ナイジェルの言ったことにもようやく察しがついた。過去にも言われたことがあるではないか。「その顔と体で勇者たちをたらし込んだ」と。すぐに分からなかった自分が嫌になる。
……そう、あれを言われたのはモントルビア王国だった。
「でも、あの人は私の婚約者なのよ。あんな、失礼な事を、言うなんて……」
「気にしてないし、ベル様は悪くない」
声が震えているミラベルに、リィカはキッパリと言った。気にしてないというのは、嘘かもしれない。気にならないはずがない。けれども、もう"自分についてまわるもの"として、割り切ってしまうしかない。どうしたところで自分は"元平民"なのだ。
リィカは気付かれないように、フーッと息を吐く。
以前ほどに恐怖を感じないのは、ルシアに色々教わったからか、自分が貴族の身分になったからか。それとも、アークバルトに魔法の使用を許可されたからか。……最後の理由が一番大きいかもしれない。
怖いのは怖い。でも、旅の間に感じていた未知の怖さではなく、手の届く怖さになった感じだ。
「お二人とも、そこまでにしましょう。ミラベル様も、あんな方のために落ち込まないで下さい」
レーナニアが間に入ってきた。あんな方、という相変わらずのナイジェルの表現である。
「ですがリィカさん、正直心配です。そろそろ嫌味だけでは済まなくなりそうな気がします。少し伺いたいのですが、もしあの方が直接上級魔法を放ってきたとして……大丈夫ですか?」
その目に本気の心配が見て取れる。が、リィカは首を傾げる。大丈夫か、という質問の意味を測りかねたのだ。
「……ええと、自分の身を守るのは、何も問題ありませんけど」
それ以外に意味が思い当たらず、リィカは答える。答えつつ、懸念事項が一つ浮かんだ。
「わたしのことは問題ありませんけど、あの人って周囲の人を巻き込んで、平然と上級魔法を使いますよね。それが心配です」
思い浮かんだのは、マンティコアと戦っていた時のことだ。
ナイジェルには取り巻きたちがいる。彼らが、ナイジェルの詠唱時間を稼ぐために相手を攻撃するのだ。それを心からやっているのか、強制されたものなのかまでは分からないが、攻撃をしてくる人を守ってあげようとは思えない。
そこまで考えて、ふと一つの方法が浮かんだ。
「あ、そっか。あの人を《防御》で囲っちゃえば、その中だけで魔法が発動されるから……あ、だめか」
自分の魔法で自分がダメージを受けるだけ。他の人には攻撃がいかない。
とてもいい方法に思えるが、それだとアークバルトに言われた"相手に被害が出ないように"という条件を満たせない。
「……どうしたらいいんでしょう」
考えれば考えるほど、問題が見えてくる。確かにこれでは大丈夫とは思えない。
だが、レーナニアはなぜか額を手で押さえていた。
「レーナニア様?」
「……いえ、気にしないで。リィカさんがあの方の上級魔法を、何も脅威に感じていないことが分かっただけで、十分ですから」
「そ、う、ですか?」
まあ、脅威か脅威でないかと聞かれれば、脅威ではないとはっきり言えてしまう。ナイジェルの上級魔法より、ユーリの中級魔法の方が怖い。
首を傾げるリィカに、他のメンバーが笑った。
「ま、Aランクも倒せるっていうリィカだから、ナイジェルなんか目じゃないのは、仕方ないですよ」
「そうですよ、私たちの基準で考えちゃ、いけません」
セシリーとフランティアの尤もな言葉に、レーナニアも笑ったのだった。
ちなみに、この日は宿は静かだった。
文句を言う生徒もいたが、段々疲れがたまってきているようで、皆が早々に休んでいた。




